第二話「この倫理なき世界へようこそ!」
翌日には、風間は就職活動をはじめていた。桂木よりもはやく就職先を見つけて連絡をするという強い想いがあったからかもしれない。
男としては有言実行といきたいところだ。店頭で見つけた求人募集の冊子を取り、ハローワークに行ってパソコン検索して仕事を探す。
しかし、希望に合う場所が見つからない。次第に風間にも焦りが募ってきた。
「うちの社だけじゃない。どこも経営難か。これ、桂木先輩も苦戦しているだろうな」
深い息を吐いて帰宅する。いつ就職できるのかわからない不安から、昼食で買うコンビニの弁当は安いものに決めた。コンビニ弁当では出費が大きい。食事もつくらないとと思いはじめる。
「こんなことになるのなら、母さんに料理の仕方を教わっておくんだった」
前と同じようにコンビニの弁当をレンジで温めているだけなのに、虚しい気持ちだけが頭の中を占めている。独り言をしている自分をおかしいとも感じなくなってしまっていた。
服装も社員だった時の正装とは打って変わって、ジャージというラフな格好だ。
食事を終えると、パソコンの前に座って電源を入れる。ひとり暮らしで相手もいないせいか、風間のストレスの発散場所は画面の中の世界になっていた。
「新着メール? 新ゲームだって? 胡散臭いな」
いつもなら破棄するメールだ。それなのに意思とは反対にメールを開いてしまっていた。
「やべっ、このメール、ウイルスが入ってないか? ……って、無料配布のゲームなのに、システムはしっかりしているな。『この倫理なき世界へようこそ!』か」
タイトルに惹かれた。まさに今、自分がいる世界だと風間は思った。
社のために尽くしていた者を、社の経営が圧迫されるからといってクビにする。
仕事をしたいという意気込みがあるのに、希望に合う仕事はなかなか見つからない。そして、開くつもりもなかったメールには、無料配布の面白そうなゲームが入っている。
「このゲーム。変な市販のゲームより、良く出来てるだろ。世の中、確かめないとわからないことってあるもんだな」
『このゲームは、シミュレーションロールプレイングゲームです。
あなたはプレイヤーであり、指揮官です。
フィールドでは戦闘がはじまります。
フィールドでは、ランダムに選ばれたキャラクターを動かし、ミッションをクリアしてください。
キャラクターを、ひとりも殺すことなくミッションをクリアしたら、次の面へ進めます。
時には、フィールド上に出たキャラクターが予想外の動きをする時があります。
また、予想外の場所から敵が出現することもあります。
キャラクターの予想外の動きは友好度を上げることによって、防ぐことができます。
予想外の場所から出現する敵も、賢さや運を上げれば、すばやく見つけることが可能です。
また、追加フィールドでは士気を上げることもできます。
如何にキャラクターの特性を生かし、敵の動きを予想し、キャラクターを指揮できるか。
全てはプレイヤーである、あなたの分析や判断能力次第です。
さあ、今すぐページを開いて、仲間とともに「この倫理なき世界」に、希望の光を与えてください。
プレイヤーの方々に、素敵な冒険を!』
と説明が書かれていた。
載っているキャラクターには、警備兵や男戦士、女戦士などが並んでいる。ビジュアルもなかなかの出来だ。武器の装備も変更可能。会話の選択や戦闘の位置取りで友好度が上がるらしい。
しかし、何よりも風間が惹かれたのは、
『キャラクターを、ひとりも殺すことなくミッションをクリアすれば』という説明だった。
社のためと社員をクビにしてきた勤務先。ずっと風間は後悔していた。もっと強く言えば、何とか持ち直せたのではないかと。
だが、過ぎた時や環境は、どんなに後悔しても返ってこない。
風間はゲームの登録ボタンを押した。世界観の紹介が入り、キャラクター紹介が入る。
敵はどうやら人ではなく、モンスターが大半のようだ。風間はほっとした。人と戦うゲームを今の精神状態でしたら、気持ちも混沌とするなと思ったからである。
更に、キャラクターにも好印象を持った。全員が全員、気迫十分な強気の性格設定だったからだ。困難なミッションを攻略する際、弱気の者がいたら統率は乱れる。勤務先が倒産した理由は、皆が途中で諦めたからだと風間は思っていた。
ゲームが始まり、一匹の魔獣が姿を現す。どうやら、森を開拓しようとした際に襲いかかってきた魔獣らしい。モンスター名はアイアンウルフ。背中は装甲のような硬い毛で覆われていて、ただの打撃では倒せそうにない。
「足を狙えば倒せそうだな。男戦士の横からの槌攻撃で引っくり返して、あとは女戦士や兵士に鎖で抑えさせれば終了だ。このゲーム、こんなに細かい戦術にも対応しているってのが驚きだな。やばい、就職活動を忘れてハマっちまいそうだ。いや、けど朝まで時間はあるし……このまま進めよう」
二ゲーム目、三ゲーム目と順調にクリアしていく。追加フィールドでの会話も間違っていないのだろう。友好度も順調に上がっていった。
「この男戦士の友好度、なかなか上がらないな。自尊心強そうだし。こんな奴が現実にいたら、絶対に気が合わなそうだ」
キャラクターの性格が把握できてくると、そういった分析も可能になってくる。世界観からくるキャラクターの苦悩も、自分のことのようにつかめるようになってきた。
主人公。つまり自分がいる国家の王は重病で寝込んでいる。その原因は、病気なのか呪いなのかわからない。王妃は若いうちに、男の子と女の子を生んで亡くなったらしい。そのため、国の上に立っているのは、その王妃が生んだ子供である十八歳という若さの王子だった。
「王子の印象としては、人を心の底からは信じないようなタイプか。利用されるのではないかとか常に考えていそうだな。王女は兄に守られている気がする」
次に女戦士に目がいく。常に気が張ったような鋭い目。負けん気が強そうなタイプだ。
戦闘が開始されると、男戦士と女戦士を交互に先陣に使った。どちらも好戦的なタイプで、自分が先頭に立たないと不満を言いそうなタイプだ。こういう人物には、重要な役割を持たせると予想以上の功績をあげてくれることが多い。
そして、その予想通り、友好度の上がり具合はすくないものの、下がることはなかった。
後衛には女僧侶を使う。女アマゾネスもいて、そのキャラクターは縦横無尽に動かした。
気づけば時も過ぎ、夜の十二時になっていた。日付が変わる前にクリアしたかったが、まだ先は長いようだ。面白いが、セーブして寝なければ、就職活動に支障が出る。
しかし、その時だった。戦闘フィールドに切り替わると、画面の右下に数字があるのに気づいた。そのカウントは、一面の時と比べてかなり減っている。
「数字が3になっているな……これ、資金とかの数値なのかと思ったけど違うのか?」
しばらく考えてから、その数が示すものがわかり、興奮して武者震いをした。
「まさか……キャラクターをひとりも殺すことなく、ミッションをクリアしていっているプレイヤーの人数か」
つまり、自分を含めて残り二人だけだということだ。こうなると興奮して眠ることができない。
「よし、勝負だ」
息を呑み、ゲームを開始する。フィールドには今まで見たことがないモンスターが出現した。キャラクターの位置もバラけている。キャラクターの能力値は其々高いが、個々で戦わせたら死亡は回避できないだろう。
「逃げて逃げて、皆を一緒にするのが先だ。大丈夫だ。このパーティなら絶対に負けない」
大丈夫。それは桂木の口癖だった。キャラクターを移動選択する指が震える。キャラクターたちに感情移入してしまっている自分を風間は感じ取っていた。
お願いだ。死なないでくれと祈る。キャラクターを移動させると、右下の数字がひとつ減った。
風間の指が一時とまる。移動中の死も即座にカウントされるらしい。残りは自分ともうひとり。女戦士のダメージが酷い。ひとマスでも選択を間違えば命を落とす可能性もあるギリギリ状態だ。
敵はどんな動きをする? 敵の増援はこないか? 回復は間に合うのか?
「回復させる余裕はない。攻撃だ。先制攻撃があたれば何とかなる」
女戦士を動かそうとしたが、指がとまった。今考えたマスに女戦士を移動するのではなく、そのマスからひとつ下げた場所に移動させたらどうなる?
「敵の移動速度は遅い。敵が手前でとまれば、次のターンで集中攻撃ができるんじゃないのか?」
敵が移動するマスを抑えているとしたのなら、敵のターンで終わりだ。しかし、そんな頭脳作戦をノンプレイヤーキャラクターがするのか? 風間は決断した。
ひとマス下げて女戦士を配置する。そして、敵が動きはじめ、手前でとまった。
その瞬間、右下の数字もひとつ減った。つまり、ここまでキャラクターをひとりも殺さずにクリアしたのは自分だけ。
「よおおおしっ! あとは敵を集中攻撃してクリアだ」
勝利の雄叫びをあげ、続きをプレイしようとする。しかし、風間は突然、目を閉じなければいけないような激しい光に包まれていた。
あまりの光の強さに脳が危険を感じたのだろう。続きをプレイしなければと思う意思に反して、意識が混濁していく。
ただ、最後に、風間はぼんやりと画面に映った文字だけを確認していた。
『この倫理なき世界へようこそ!』




