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第二十一話「ゼロでなければ」

 城までの移動に要した時間は二分ほどだっただろうか。

 まず、ディステルがアイテム使用の声をあげると、効果範囲であろう半径五メートルが光の膜に覆われた。七色に輝く神秘的な光に魅入っていると、突如、急上昇するような浮遊感を覚える。

 スラム街の住民には風間と同じように移動アイテム初体験者も多かったようで、「おおっ!」とか「すごい!」という声があがった。

 しかし、移動魔法が使えたら楽だろうにと現世では考えていたのに、いざ利用となると、想像通りにはいかないようで。

 風間は浮遊感からくる気持ち悪さのせいで、移動アイテムには金輪際、お世話になりたくないと思ったのだった。

 そして、城中央の間に到着となっても、風間の思い通りにはいかなかった。

 避難していた者たちの真ん中に到着したため、喧騒に巻きこまれるかたちとなったのだ。

 ゴブリン再襲撃に備えて見回りをする者。怪我人の状態を確認したり、点呼をとっている者。誰もが忙しなく動いている。

「……我ながら、情けない姿だな」

 そんなふうに皆が動きまわる中、風間は足の怪我で立つこともできず、腕も骨折しているので下手に動くと痛みがはしる始末。出ていく時に想像していた勝利の凱旋というには、程遠い結果が待っていた。

「エッガに治療員の手配を。それと、被害状況を教えて!」

 着くなりディステルは指示を出して、その場を離れ、

「俺は馬を取りに戻ります。あと、ゴブリンたちが生存しているかの確認もしてきます。そのための移動アイテム使用許可をお願いします」

 ブリッツは、将軍並みの行動力を示していた。

 つまり、戦闘時が嘘のように、風間は二人に頼りっぱなしになってしまったのである。

 とはいえ、こういう状況下では経験豊富な二人に任せたほうがいいという選択にもなる。

「それにこれ、俺でなくても対応は無理だろ……」

 同時に、二人の体力と切り替えのはやさに感服したのだった。

 たとえばだ。バーゲンセールで大騒ぎをした直後に一瞬で自宅に戻った者が、直後に夕食をつくろうとか、違うところに出掛けましょうとか思うだろうか?

 おそらく、まずは一服したいと思うはずだ。そう思うはずだと、風間は信じたい。

「この切り替えのはやさは、移動アイテムに慣れているからなんだろうな」

 絶体絶命の状況を回避したという安堵感もあるのだろう。疲れがどっと出て、動こうという気持ちにもならなかった。

「一番の功労者が疲弊しまくってるな。兵士さんの名前はカザマでいいのかい?」

 駄目だ。眠くて落ちそうだ。と思っていた時に、後ろから声をかけられた。誰なのかと思って振り返ると、自分を背負って逃げてくれた中年男性だった。

「はい、風間です。えっと……先程は助けてくださってありがとうございました」

「ははっ、兵士さんに礼を言われたのははじめてだな。それと、助けてもらったのは、お互いさまだ。俺たちは助けがくるなんて、思ってもいなかったからな。だから、助けがきたとわかった時には驚いたくらいだ。ありがとよ、助けにきてくれて」

 赤くなった鼻を指先でこすった中年男性は白い歯を見せた。互いの地位も立場も関係なく向けられた偽りのない笑みに違いなかった。

「名前を教えていただけませんか?」

「俺か? スラム街のリーダーをやっているガラントだ」

「シンゴ、エッガの怪我はすぐに治せるそうだから、先にシンゴの足を見せて」

 全ての指示と確認を終えたのだろう。戻ってきたディステルが話しかけてきた。致命傷だと思っていたエッガの怪我の状態を聞いて、風間は驚く。

「すぐに治るって……あの怪我でですか?」

「外傷だからね。内臓や脳の損傷はないそうだし、この中ではシンゴが一番、重傷だよ」

 どうやら、怪我の概念に関しても、倫理なき世界と風間の知識は大きく異なるようだ。

「シンゴは魔法に詳しくなさそうだもんね。治療魔法の能力値は魔法力で左右されるんだけど、イメージも重要なの。つまり、怪我が治る経過のイメージ力ね。外傷だと治るイメージはしやすいけど、骨折や内臓損傷だとそうはいかない。神経や骨が繋がるイメージや、臓器が元通りの形になるイメージ力も必要ってわけ」

「なるほど」

「マリアに治療を頼んだから、くれぐれも怒らせないようにね。怒らせたら、変な形につなげられるかもしれないよ」

「えっ、なにそれ怖い」

 マリアには一方的に指示を出した後なだけに、冗談が脅しにしか聞こえない。

「あと、マリアには耐性がないから、上半身裸の男どもは向こうに行って」

 不安で怯える風間を尻目に、ディステルがスラム街の男たちに告げていた。

 そう、男性陣のほとんどが、ギガントオーガに濡れた上着を投げつけたので、上半身裸のままだったのである。風間は上着の下にシャツを着ていたので平気だが、マリアは僧侶であり、多感な年頃。そんなマリアに彼らの姿は、刺激が強すぎるのかもしれない。

「ちぇっ、マリア様にもお近づきになれると思ったのになあ」

「大怪我したら、お近づきになれるかもね」

 ディステルが絶妙な皮肉返しをすると、ガラントは肩をすぼめてからニヤリと笑った。

「お近づきになるために、大怪我するのかは考えておくよ。いくぞ、お前ら。俺らも被害状況の確認だ」

 去っていくガラントを見ながら、ほっと一息吐いた風間だったが、激痛で呼吸を忘れる。傷の確認のため、ディステルに無理やり靴を脱がされたのだ。

「ちょっ……ディステル将軍。お願いだから、もっと優しくして」

「男なのに、乙女みたいなこと言うんだね。足を上げた時にやられたみたいだね。かかとが砕けてる。太腿も骨にまでは達していないようだけど、かなりの重傷だね」

「傷の具合は、あまり知りたくないです」

 回復魔法ですぐに治るというのなら、余計な情報は欲しくなかった。というのも、傷の状態を聞くだけで痛みが倍増しそうだからだ。

「じゃあ、話題を変える? 被害状況は死亡者ゼロ。負傷者数は十三名。兵士九名に住民四名だったそうだよ。あの数のモンスターの侵入を許して、この被害の低さなら誇れる功績といっていいんじゃないかな」

「けれど、負傷者は十三名なんですよね? ゼロにできなかったのが、悔しいな」

 この風間の言葉に、ディステルは目を丸くした。

「ゼロにするのは無理でしょ」

「ええ、ゼロにするには、避難時におけるマニュアルが必要ですね」

「シンゴって、時々、難しいことを言うよね。それも当たり前のように」

 ディステルに返されて風間ははっとした。改善策は誰もが考えていることだと思いこんでいたからだ。

 こういった考えが自然と浮かぶのは、経営コンサルタント学を学んできたからなのだろう。あるいは、仕事をしていく中で積んできた経験がそうさせるのか。

「ゴードはそういうこと絶対に言わないからさ。そう考えるとシンゴは対極的だよね。指導者に恵まれていたということかな」

「尊敬する人はいました。多分、その人の影響かもしれないです」

 倫理なき世界にきて五日。風間は外の世界のことを思い出した。

 そろそろ桂木が、自分が退職したことを誰かに聞いた頃だろうか。

 メールがあるという通知画面が頭に浮かぶ。メッセージの内容も想像して、ぞっとした。

 あの桂木先輩のことだ。「何で辞めたの?」「辞めた理由はなに?」といった、尋問めいた怒りのメッセージがあるに違いない。

 微かに頭痛を感じて、額を手で押さえる。続けて重い息を吐くと、ディステルが対応に困った顔をした。

「次の機会でいいから、そういった話も詳しく教えて。あっ、マリア! こっち」

 人がたくさんいるため、捜すのに苦労していたらしい。ディステルが声をかけると、マリアは駆け足できた。しかし、顔には疲れが見え隠れしている。

「おつかれさまです。お世話になってしまって申し訳ない」

 そんなマリアを気遣うと同時に、治療が必要な怪我をした自分が情けない。そう感じて、風間は正直に謝った。

「いえ、これが私の仕事ですから。それと、あなたの指示を受けた直後に負傷者が運ばれてきました。中には、すぐに治療をしなければ、命にかかわる者もいました。あの襲撃で死亡者が出なかったのは、奇跡にちかいことだと感じます。それはあなたの的確な指示があったからでしょう」

「けど、シンゴは負傷者ゼロにしたかったんだってさ。素直に結果を喜べないなんて、変わってるよね」

「あの……その負傷者のひとりが、カザマさんだと思うのですが」

「だよね。そういうところも変わってる」

「詰めが甘かったと反省はしていますよ。あそこで敵に背中を見せたらいけなかったです」

 風間の足の傷の確認をしたマリアが、治療魔法の準備に入る。治療している間に、話を終わらせようと思ったのだろう。ディステルが口を開いた。

「あっ、シンゴ。それと、報告書の提出をゴードに頼まれるだろうから、一緒にまとめる作業もよろしくね」

「ギガントオーガの件ですか。説明が難しそうですね」

 黒い肌のゴブリンとギガントオーガがいたと説明して、見ていない者は納得するのだろうか。

 更に、モンスターが人語を扱えたという報告をしたら? 追求の嵐に遭うに違いない。

「今日はお互い疲れているだろうから、ゆっくり休んで、明日にでも私の部屋でまとめようか。その時には、エッガも来られるだろうし、ブリッツも呼べるから」

 あれだけの大怪我でも治療してもらえば、エッガは翌日には万全ということなのだろう。

「小太刀の手入れは後日だね。刃こぼれもしているだろうし、曲がっているだろうし」

「ごめんなさい。借りた初日から、荒っぽい扱いをして」

 ギガントオーガの一撃を刃で受け止めたというのは、間違った刀の扱いだと断言できる。

 本来、日本刀は洋剣とは違い、繊細な扱いを必要とする武器なのだ。力で切るのが洋剣であり、日本刀は技術で切るという武器なのだから。

「刀は打ち直してもらえばいいことだから、あまり気にしてはいないけど。その話も明日にしようか」

 遠慮なしの手合いをした相手だからこそ、体力や性格をわかってくれているのであろう。冷酷で容赦なしともいえるゴードとは違う、ディステルの優しさに風間は感謝した。

「治療が終わりました。まだ痛みはありますか?」

 ――と、話しているうちに、マリアに伝えられる。足や腕に触れられていたのはわかっていたが、想像以上の治療のはやさに驚いた。

「もう? マリア、治療魔法のレベルあがったの?」

 そう感じたのは風間だけではなかったらしく、ディステルもマリアに訊く。

「いえ、レベルはあがっていないはずです。けれど、回復のはやさは感じました。それなので、カザマさんには治療魔法の効力があがるステータスがあるのかもしれないですね」

「うーん、自分にはそんな特殊能力があると思えないんだけどなあ。いや、けど助かりました。もう痛みはないです。マリア将軍の治療魔法のありがたみを知ることができました。このお礼は必ずしようと思っています」

「いえ、痛みがなくなったのであれば良かったです」

 視線を落したマリアの顔は、何故か紅潮しているように見える。

 年頃の彼女に何か迷惑なことでも言ってしまったのか。そう風間は心配したが、すぐに顔をあげたマリアは、そのまま逃げるように離れていってしまった。

 一体、何があったのだろうか? 

 今は深く考えず、他の怪我人の様子を見に行ったのだろうと思うことにする。

 ゴブリンの巣を確認しにいったブリッツの報告があったのだろう。

 再襲撃の可能性はなしと判断されたのか、中央の間にいる人の数は減りはじめていた。

 スラム街の者たちも家路につくことにしたのだろう。続々と門から出ていっている。

「カザマの旦那、ディステル将軍。ありがとう!」

 門を出る直前のガラントと目が合うと、大きな声の礼とともに手を振られた。

「カザマの兄ちゃん。助けてくれてありがとう!」

 ガラントに続いて、エッガの弟も大きな声で礼を言う。

 助けてくれての主語がスラム街の者たちであるのか、落下するエッガを助けたことであるのかはわからない。

 ただ、少年の純粋な気持ちが表に出た言葉。

「おうっ、服を投げてくれてありがとうな。それと、気をつけて帰れよ」

 弾けるような笑顔を浮かべた少年は、「うんっ!」と返事をすると、ガラントのほうに駆けていった。

 そして、

「感謝されるというのも、悪くないね」

 ディステルも笑みを浮かべながら、風間にそう言ったのだった。

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