第二十話「バグ的存在とバグ技」
子供の頃、あまり意識せずに得た知識がある。
それを得た情報媒体は、ドキュメンタリー番組だったり、漫画だったり、ゲームだったり、多種にわたる。本来ならば、難しい説明がなければ理解し得ないもの。
けれど、子供たちの中でも常識で、知らないほうが馬鹿にされる。
そして、授業で習って再確認するのだ。こんな理屈があったんだなと。
リンゴが落ちるのは重力があるから。風船が飛ぶのは空気よりも軽い気体が中に入っているから。水が氷になると体積が増える。気体になると更に増える。
自分の世界では子供でも知っている常識。しかし、倫理なき世界ではどうなのだろうか?
果たして、この世界には理科という科目が存在するのかと。
風間は、自分を信じてギガントオーガに向かっていった二人の背中を見ながら、そう考えていた。
後ろには大怪我を負って意識を失い、石柱に寄りかかっているエッガがいる。出血が激しいため、すぐにでも治療しなければ命の危険があるだろう。
更に後ろには、不安そうに戦況を見守るエッガの弟とスラムの住民たちがいる。抱かれている赤ん坊は雰囲気で危険を感じ取ったのだろう。声をあげて泣きはじめた。
そんな状況で、風間は上着に手をかけると脱ぎはじめた。
右腕が骨折しているため動かすだけで激痛がはしる。その度に顔をしかめた。
苦労して脱ぎ終わると、上着を近くの水溜りに入れる。
「少年、遊びや勉強は好きか?」
近くにいるエッガの弟に問いかけると、ハトが豆鉄砲を食らったと表現してもいいほどの驚いた顔をされた。
「俺の利き腕は右なんだ。物を投げようとしても、左じゃ全力で投げられない。だから、俺が合図をしたら、あの化け物の頭に向かって、その濡れた上着を投げてくれないか?」
「投げる? 投げればいいの?」
「そう、投げて、あいつの頭に載せるだけだ。そういう遊びは得意だろう?」
「兵士さん、俺たちにも何かできることがあったら、遠慮なく言ってくれ!」
薄汚れた服を着ている年配男性が言うと、つられるように「俺も」「私も」と次々と声があがった。皆、全員が助かるために何かできないかと必死だった。
「では、皆さん。俺の話をすこし聞いてください」
風間がスラムの住民に話しかけた時、轟音が響き渡った。
ギガントオーガの右拳が地面を陥没させたのだ。ギガントオーガが振りおろした攻撃を、激突直前でディステルが避けたためだった。
敵の急所を確実に捉えるディステルの目が、ギガントオーガの首筋一点に向けられる。
ディステルは、ギガントオーガの太い腕を踏み台にして跳んだ。そして、持っていたナイフをギガントオーガの首筋に深々と突き刺す。
「このっ……煩い虫どもめ」
ギガントオーガの意識がディステルに集中したスキを見て、ブリッツも作戦通りに左胸に剣を突き刺していた。
「シンゴ、指示通りにやったよ」
二人の完璧以上の働きに風間は感化される。ここで期待に応えられなければ男として廃る。そして、それはスラムの者たちも同じだった。
「よし、投げろ」
「おおおうっ!」
風間の合図でエッガの弟とスラムの男衆が、濡れた上着を一斉にギガントオーガに投げた。一番混乱したのはギガントオーガだろう。ダメージに値しない物を気合い十分に投げつけられたのだから。
「なんのつもりだ? こんなものはきかんぞ」
濡れた上着を被ったギガントオーガの体は、ずぶ濡れ状態だ。顎から水が滴り落ち、突き刺さったナイフと剣にも水がかかっている。
スラムの者たちも、風間の策略を見抜けていない様子だ。風間は軽く息を吐いてから、口を開いた。
「伝導率を知っているか? 俺が住んでいる世界では、子供でも知っていることなんだよ。水や鉄には電気がよく通るってね」
水のモンスターは電気に弱い。金属は電気を通す。これはゲーム好きな子供なら、当たり前のように知っていることだ。そして、首と心臓は血液が、たくさん流れているとも知っている。
「弱い電流でも心臓を通れば死に直結する。そして、俺たち人間の血は赤い。これは鉄分が多く含まれているためだ。お前たちモンスターの血は青い。青いということは、成分に銅が多いからなんじゃないか? 銅は鉄より電気をよく通すぞ」
ギガントオーガは風間を不思議そうに見た。理解が追いついていないのだ。
「簡潔に言うと、その状態で光雷の珠を使用したら、どうなるのかなってこと」
全てを理解してはいないだろう。しかし、ただならぬ事態であると、ギガントオーガは察したようだった。
怒号をあげながら、風間に一直線に向かってくる。
「ついでに言うと、お前の足よりも光は速いぞ……標的はギガントオーガ。光雷の珠の効果を使用!」
敵の数が多ければ多いほど威力が分散するのが光雷の珠の特徴である。つまり、敵が一体だけなら、威力は光雷と同じということだ。
天駆ける竜のように力強く出現した光の帯は、ギガントオーガを飲みこんで力のほどを示した。
強烈な光の迸りから発生する轟音。どんな一撃を受けても笑みを浮かべていたギガントオーガが、突きぬける電撃で激しく痙攣し、口から呻き声を漏らす。
その懐から脱出用のアイテムが転がり落ちるのを風間は見逃さなかった。
全速力で駆け、地面に落ちる直前に空中で受けとめると振り返る。
「ディステル将軍、これを」
下手投げで素早く渡すと、今度は小太刀を取りにいくために駆けた。
「それを……ぞれをがえせ」
しかし、ギガントオーガの体力も尋常ではなかった。口から黒い煙を吐き出しながらも、ディステルに向かって猛進していく。
脱出できなければ、洞窟の崩壊に巻きこまれるのは目に見えている。そのため優先すべきはアイテム奪取。誰を先に倒すのかと考える余裕はない。
――はずなのだ。
そう、風間は読んでいた。
「そうするよな。だから小太刀を拾ったんだ」
今のギガントオーガに風間は見えていない。背を見せたため、完全に無防備状態だ。
左手に持った小太刀を構えると、風間は一閃した。ギガントオーガの巨躯を支える両足の膝の裏の腱に向かって、鋭く早く。
その一閃は、狙い通りの場所を斬り裂き、青い血を飛び散らせる。途端に、ギガントオーガの巨躯がぐらついて、派手に転倒した。
「どんな強靭な奴でも腱を切られたら、まともに動けない」
「ぐごっ……があっ!」
ギガントオーガは声をあげたが、それは言葉にならない。光雷の珠のダメージで喉が焼けているためだ。
「怒号裂波をするつもりなんだよな? 無理だよ。その可能性もあると思ってやったんだ」
「くぞっ、殺じでやる……」
歯噛みしたギガントオーガは風間を睨みつける。最上級の殺意ある視線に、風間は睨み返すことで応えた。
「シンゴ、洞窟が崩れるから早く!」
ディステルの忠言がかかったことで、風間はギガントオーガに背を向ける。
脱出アイテムを持ったディステルを中心に、皆がひしめき合っているのがわかった。これは、脱出アイテムの効果範囲が限られているためだ。
効果範囲の輪からはずれてしまえば、洞窟の崩壊に巻きこまれて一巻の終わり。
しかも多人数だ。スラムの男衆の中には、あまりない機会だと考えている者もいるのか、必要以上にディステルに密着しているように見える。
そう思ってしまうのは、男の悲しい性なのかもしれないが。
怒号裂波で重傷を負ったエッガは、弟に支えられるように輪の中にいた。あとは風間が輪の中に入って、脱出アイテムを使用するだけだ。
しかし、ブリッツが目を見開いたのが視界に入り、
「カザマ、避けろ!」
警告が鼓膜を揺らした瞬間、風間は自分の右足がはねあがったのを感じた。
「痛っ……」
続けて右足が焼けるような感覚。反射的に右足をついてはいけないという指令が脳にきた。
右腕も骨折しているため、右側で倒れるのは避けたい。一体、なにが起きたのか?
視認するため、片足でたたらを踏みながら体を捻り、ギガントオーガに視線を戻す。
すると、手を突き出しているギガントオーガの姿が見えた。
「死ね」
言葉とともにギガントオーガがデコピンのように指を弾く。
風間は、勘としか説明できない反応で首を横に動かした。直後に見えない何かが顔の横を通過し、後方でドゴンッという音が響いた。
おそらく、何かが壁を貫いたのだろう。
左半身から思い切り倒れた風間は、痛みで唸り声をあげた。
「はじめがら、こうすれば良がっだんだあ」
狂気の笑みを浮かべるギガントオーガを見て、緊急事態が起きたのだと察した。
「拳圧の指バージョンか」
拳圧と比較して威力は落ちるだろうが、拳を引く必要はない。連発できる圧力系の技なのだろう。しかし、こんな技があったというのを風間は知らない。
「もしかして、バグ技か……」
愚痴るが、プレイヤーという特殊なジョブを持った自分もバグのようなものだ。
攻撃を受けた右足から、大量の出血をしている。傷は骨まで達していないようだが、この足では逃げるどころか立ちあがることも困難だ。
「次のは、どうずる?」
ギガントオーガが新技を繰り出す動きをする。
「カザマ!」
これに反応したのがブリッツだった。ディステルは、脱出アイテムを持っているため動くことができない。自分が動くしかない。そう判断したためだろう。
「くるな! お前が死んだら、悲しむやつがいるだろう!」
ブリッツが足をとめたと同時に、ギガントオーガが指を弾く。直撃すれば命はない。
風間は座ったまま手に取った石を投げた。ギガントオーガの技は視認できない。そのため、投げた方向は、ギガントオーガが構えた指が示す軌道と、自分がいる直線上だ。
一弾目は狙い通りだったのだろう。技は風間に達する前に石に直撃し、破裂させた。
「では、これならどうずる?」
ギガントオーガが次の構えをとる。それを見た風間は、自分の死を確信せざるを得なかった。
構えているのは右手三本、左手三本。合計六発の技が次にくる。
人の想像力というものを恨んだ。鮮明に絶命した自分の姿を想像して、無意識のうちに鼓動が早まり、呼吸が乱れる。
先程は一発だったため軌道を読み取ることができた。
しかし、今度は六発だ。どんなタイミングで打ってくるのか、全て同時なのか、石を狙い通りの場所に投げることができるのか。
「これでゲームオーバーだ。プレイヤー」
ギガントオーガが右手の三本の指を同時に弾く。途端に、風間の目の前は黒に染まった。
そこで、誰もが予想していなかった結果が目の前で起きたのだ。
「これはっ!」
先程まで余裕の笑みを浮かべていたギガントオーガの表情が一変し、恐怖で引き攣る。
風間の目の前が黒に染まった理由。それは、ギガントオーガの指の先からが黒い霧に変わっているためだった。
次に――。
『小ボスでもボス設定だろ。ボスらしくない、せこいバグ技を使ってるんじゃねーよ』
激しい耳鳴りと頭痛を感じた途端、脳を揺らすような声が響いた。
それは前に聞いた男の声ではない。もっと若い。自分と同じくらいの年か、それ以下の男の声だ。
『つまらねえから、お前は破棄』
ギガントオーガの右肩にあった赤い文字が消えていく。更に、黒い体も徐々に青黒く変化していった。
ただ、目の前で起きる衝撃的な光景を、風間は息を呑みながら見つめるしかない。
「兵士さん!」
この状況下で声を張りあげたのは、薄汚れた服を着ていた年配男性だった。
そこでようやく我に返って辺りを見ると、洞窟が崩れはじめていて、自分より大きい岩があちこちに落ちている。
「すこし乱暴な運びかただが、はやく逃げるためだ。許してくれよ!」
そう言われてから、脇の下に腕を通される。そして、年配男性は風間を背負子のように背負っていた。
駆けはじめると、ギガントオーガとの距離がみるみるうちに広がっていく。
「ディステル将軍さま、脱出アイテムを!」
「脱出アイテムを使用。行き先はゴールドマイン城、中央の間」
皆の元に辿り着いて、年配男性がそう言うと、ディステルは即座に声をあげた。
周囲が光に包まれ、皆から安堵の表情が生まれる。
しかし、ここで風間が意識を集中していたのは皆ではなく、
「力を、力を返してくれ。俺は、俺は、まだ戦える!」
声の主に懇願するであろう、ギガントオーガの姿だった。




