第十九話「プレイヤーというジョブ」
ギガントオーガは将軍二人がいるにも関わらず無視して突撃してくる。明らかに、標的は風間にしぼられていた。
戦力外通告を受けた身としては、強敵ギガントオーガとの近接戦闘はすべきではない。風間はそう判断すると、再び光雷の珠を掲げた。
「もう一度、光雷の珠の効果を使用!」
しかし、光雷の珠は風間の期待を裏切った。先程の快進撃が嘘のように沈黙したのだ。 困惑している間にもギガントオーガは距離をつめてくる。一歩二歩三歩と。
ギガントオーガの移動距離は1ターン何マスだったのか。迫ってくるギガントオーガを見ながら、風間はそんなことを考える。
そこでようやく思い出した。ゲームの設定に忠実なら、光雷の珠は連続打ちができない。5~8ターンのエネルギー充填時間が必要なのだ。
「シンゴ、避けて」
ディステルの叫びで、大木のように太いギガントオーガの右腕があげられたのに気づいた。防御力40の風間が、この一撃を受けたら確実に即死だ。
「うひいっ」
慌ててギガントオーガの大振りをしゃがんで避ける。先程まで風間の頭があった場所を、強烈な一撃が通過した。
通常攻撃ではなく、特殊攻撃だったらどうなっていたのだろうか。一撃くらえば一巻の終わり。そんな恐怖が心理に働きかけ、嫌な汗がどっと出る。
「5ターン、5ターンだけ待ってくれ」
必死の懇願だが、敵に言っても聞いてくれるわけがなく。血しばった大きな眼球が風間の動きを追ってきた。
動き続けなければ捕まる。逃げ場を求めた風間は、腰蓑だけ着けているギガントオーガの股下を潜った。嫌なモノは見たくないので、潜った時は上を見ないようにした。
足が絡まりそうな状態で逃げきってから振り返る。すると、ギガントオーガが腰を低くして構えをとっていた。
「うわっ、次の攻撃は拳圧か」
近くにあった石柱の後ろに隠れると同時に、横を衝撃波がはしっていった。手で両耳を抑えないと、鼓膜が破れそうな勢いだ。
その威力で、身を守ってくれている石柱にも亀裂が入りはじめる。
この場にとどまっていたら、崩壊に巻きこまれる。しかし、石柱から離れたら確実に拳圧の的となる。
風間は究極の選択を迫られた。その時だ。
「取り違えるな。お前の相手は私だ!」
戦闘に割って入ってきたエッガの渾身の力をこめた右拳が、ギガントオーガの右頬に炸裂していた。
エッガはプライドが高い。そのため、眼中にないと判断されたことが許せなかったのだろう。トラックが壁に衝突したかのような衝撃音が洞窟内に響き渡る。
将軍エッガの一撃は、ギガントオーガを地に伏せさせる。その時は、誰もがそう思って疑わなかった。
しかし、ギガントオーガは倒れずに踏みとどまった。そして、体勢を立て直して不気味な笑みを浮かべたのだ。途端に、周囲一帯が鳴動しはじめた。
「まずい、怒号裂波だ」
怒号裂波は拳圧と同じ体術の高等技だ。その威力は拳圧の比ではない。
「エッガ将軍、そいつから離れてください!」
怒号裂波の攻撃範囲は周囲1マス。そのため、距離を取れば回避できる。
そんな風間の指示を聞かずに、エッガは更に前に出た。ここで一気に勝負を決めるつもりなのだ。その強気の判断が、エッガに逆境を与えた。
「がっ……」
ギガントオーガの咆哮とともに出現した衝撃波が直撃したのだ。体中に夥しい数の裂傷を負いながら、エッガは空中に弾き飛ばされて昏倒状態に陥る。
「エッガ将軍」「エッガ」「姉ちゃん!」
その場にいる、それぞれの声があがる。
危機的状況を確認した風間は、隠れることをやめてエッガに向かって全速力で駆け出した。戦略も何もない。助けなければいけない。それだけの想いが体を突き動かしたのだ。
ギガントオーガの挑発的な笑みが視界に入る。そこで風間は自分の考えを改めた。自分はこの中では最弱だ。こんな危機的状況だからこそ、皆よりも冷静でなければいけない。
ギガントオーガの1ターンの移動距離は最高でも5マスだったはず。自分の移動距離も5マスほどだろう。相手の動きを目で追えないというほどではない。
「カザマ、やめろ。死ぬ気か!」
ブリッツの悲痛な叫びが耳に入る。
駆けながら風間は小太刀に手をかけた。顔をあげると、怒号裂波を受けたエッガが落下してくるのが見えた。
気絶したまま地面に落ちたら、後頭部を思いきり打って致命傷になりかねない。
「うおおおおっ!」
滑りこむような体勢で、落ちてきたエッガを受けとめる。息が詰まるような衝撃を感じたが、痛いとは言っていられない。受けとめた直後には既に、ギガントオーガの攻撃が繰り出されていたからだ。
倒れこんだままの風間とエッガ。無防備な二人を狙って、巨大な右拳が落とされる。
「させない!」
これを阻止しようと接近してきたディステルが、ギガントオーガの右腕をナイフで斬りつける。ブリッツも大木のような足に一振り入れていた。
――が、ギガントオーガの攻撃はとまることなく、風間とエッガに叩きつけられた。
「シンゴ、エッガ!」
防御力40の風間、重傷を負って気絶した状態のエッガ。この二人がギガントオーガの一撃を受ければ、確実に命はない。
ディステルもブリッツも最悪の結末を予想した。しかし、突如としてギガントオーガが声をあげて、飛びのいていた。
「ぐあああっ、このっ……このバグめ!」
「ははっ、バグか。俺にとっては、褒め言葉だな」
ギガントオーガの拳が叩きつけられる直前に、風間は小太刀を抜いていた。
その小太刀の頭部分を地面に据え置いて、ギガントオーガの一撃を小太刀の切っ先で受けとめたのだ。
ギガントオーガの攻撃力と小太刀の切れ味が相乗効果をもたらし、刀の刃の三分の一が、ギガントオーガの拳に埋もれ、切っ先は突き抜けていた。
突き刺さった小太刀を抜こうとしている間にディステルが、風間とエッガの様子を見にくる。すぐにでも立ちあがって逃げたいところだったが、今の風間にはできなかった。
「シンゴ、その右腕……」
「すみません。無茶をしました。おそらく、折れています」
エッガを受けとめた時か、ギガントオーガの一撃をくらった時かはわからない。ただ、動かそうとする度に、右腕に激痛がはしっていうことをきかない。
この状態では、気絶したエッガを抱きあげて逃げることはできない。
風間はディステルにエッガを任せて、自分も後を追って距離をとるしかなかった。
そうこうしている間にもギガントオーガは小太刀を引き抜いて、今まで以上の殺意ある眼光を向けてくる。
小太刀は遠くに投げ捨てられたため、拾いに行くことはできないだろう。それに骨折したため、刀を振ることもできない。
「あの攻撃で、骨折だけですんだのなら幸運のほうだろう。今は好しとするしかないな」
救助に入ってきたブリッツに、すかさず諭された。ディステルの表情も良くはない。
「ギガントオーガの拳圧とか、さっきの攻撃で洞窟も崩れそうになってる。どうする?」
洞窟には亀裂が入り、天井から落ちてくる水の量も徐々に増えている。ここは数時間後には崩壊するか、地下水で満たされるだろう。
戦闘の要であるエッガは気を失ったまま、覚醒する様子がない。更に、封印を解くためにはギガントオーガを倒さなければいけないし、戦闘が長引けば長引くほど、攫われた人たちとともに逃げる時間も削られていく。
「脱出アイテムがあれば、何とかなるんでしょうけど、それは持ってないですよね?」
風間の質問を聞き、ディステルは回答を求めるようにブリッツを見る。ブリッツは首を横に振って応えた。攫われた者たちも近くにいるが、良い返事はない。
「では、光雷の珠の効果を使用します。ギガントオーガに通用したらの話ですが、それで倒せたら逃げられるはずですから」
「エッガ将軍の一撃でも倒せなかったのにか? 倒せたとしても、洞窟が先に崩れそうだ」
ブリッツの口から、そう考えたくもない反論できない事実が告げられる。更に――。
「諦めろ。お前たちは、ここでゲームオーバーだ」
ギガントオーガが笑みを浮かべながら、見せつけるように青く輝く珠を突きつけていた。
「それは脱出アイテムか? だから、洞窟が崩れるような攻撃を繰り返したのか……」
絶体絶命の状況に陥った時、いつでもギガントオーガたちは脱出アイテムで逃げることができた。最初から最後まで風間たちは、敵の手の内で踊っていたにすぎなかったのだ。
光雷の珠がギガントオーガに通用しなかった時が、自分たちの最期なのだろう。誰もが、そう考えたに違いなかった。
「どうせ死ぬのなら、私は一矢報いるよ」
あのディステルから悲観的な発言が出る。
「自分も同意です。このまま死んだら、あいつの相手として生きることができたと胸も張れない」
ブリッツが言った『あいつ』とは、婚約指輪の相手のことだろう。
そんな二人を横に、風間はずっと考え続けていた。
ここで、諦めたら終わりだ。一筋の光明でもいい。一本でも多く手繰り寄せて、束にして勝利に導く。それが、自分が目指してきた経営コンサルタントの志ではなかったのか。そう、自分を奮い立たせた。
「ディステル将軍、奴の首筋にナイフを突き刺せませんか? ブリッツは剣を、あいつの左胸に刺してほしい」
ようやく、脳内で構築された戦略をディステルとブリッツに伝える。途端に、二人の驚いた視線が風間に集中した。ブリッツはというと、半ば乗り出して風間に問い詰めてくる。
「何か考えがあるのか?」
「できるかできないかだけ教えてもらえたら」
「私はできるよ。頸動脈を斬ることは無理だけど」
「俺も刺すだけなら可能だ。しかし、それをして次はどうする?」
「意表を突かなければ意味がないってことでしょ?」
ディステルがそう言うと、ブリッツは事を理解して黙った。
「できるだけ深く刺してください。そして、俺が合図したらギガントオーガから、すこしでも遠く離れてください」
「わかった。シンゴを信じる。そして、この戦いが終わったら、みんなで美味しい紅茶を飲もう」
「それはいいですね。そのためには、ここにいる全員が助からないといけないですね」
骨折の痛みが引いたわけではない。ただ、前向きになる気持ちは力を与えてくれる。
「死ぬ覚悟はできたか?」
ギガントオーガの挑発に応えることなく、ディステルとブリッツは無言で駆け出す。
敗北を一片も考えていないギガントオーガを前に、三人の戦略が進行された。




