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第十八話「それぞれの戦い」

 救助がきたことで安心したのだろう。少年の声には張りがあり、反響していた。

 しかし、直後に何かを思い出したように少年は口ごもる。そんな少年を前に、エッガも一瞥しただけで応えない。互いの視線は繋がることなく、冷たいまま地面に落ちていた。

 これを見て風間は瞬時に二人の立場を捉えていた。スラム街の住民と将軍たちの確執。どうやらそれは、家族間でもあてはまるらしい。

 だが、エッガがスラム街の住民である弟にまで冷酷であるという訳ではない。

 仲間の将軍たちにも秘密にしているエッガの素性。そこにエッガの深層心理を風間は垣間見た。

 そんなエッガの弟の声を切っ掛けに、ゴブリンに捕らわれた者たちの口から次々と、

「エッガ将軍がきてくれた」「ディステル将軍も一緒だ」「良かった。これで助かる」と、喜悦の声があがる。

 気がはやい者は、檻のようにつくられた石柱の間から抜け出そうとしている。しかし、その安堵の空気はすぐに破られた。

 奥のほうから纏わりつくような殺気を放つゴブリンたちが現れたからだ。しかも、その容姿は戦闘狂であるディステルも警戒して身を固めるものだった。

「黒いゴブリン……あんなの見たことない」

 通常のゴブリンは浅黒い肌をしている。出現場所によって赤黒かったり、青黒かったり、肌の色は様々だが、完全な黒のゴブリンは見たことがない。そして、それはゲームプレイをしていた風間も同じだった。しかも――。

「ゲゲゲッ」

 今まで戦ったゴブリンたちとは明らかに違う反応。風間たちの姿を見て、口唇を釣り上げて笑いはじめたのだ。戦いを欲し、死をも恐れない。そんな不気味な雰囲気を、黒いゴブリンたちは身に纏っていた。

「シンゴはさがっていて」

 ディステルから戦力外通告が出た。エッガもブリッツも真剣な表情で戦闘態勢を取っている。今の風間のレベルでは、得体の知れない敵と相対するのは危険すぎる。ディステルの指示に従うしかなかった。

「数は……ざっと見て二十くらいか。ブリッツ、五体くらいはいける? そうしたら、あとはエッガと私で半分ずつ倒すから」

「全力を尽くします」

 視線を向ける余裕もブリッツにはなさそうだった。途端に風間は歯がゆい気持ちになる。黒いゴブリンの情報があれば、少しは役に立てたはずなのだ。それなのに、風間のゲーム知識の中に黒いゴブリンは存在しない。

 いや――と、風間はそこで思い直した。悲観するのはまだはやい。今後も思いがけないモンスターと遭遇することがあるはずだ。そのためには前向きに、一戦一戦のなかで学んでいくしかない。自分の身を守るだけではない。すこしでも戦況を有利にするために。

 風間は戦闘フィールドを観察することからはじめた。鍾乳洞のため、天井にはつららのような石が垂れ下がっている。地下水だろうか。水も天井から滴り落ちていた。

 続いて、フィールドの広さを確認する。すると背後で重い音が響いた。

「チッ、退路を塞がれたか」

 大きな岩がおりてきて、出入り口を塞いだのだ。

 異常に気づいたエッガが、舌打ちをしてから目の前のゴブリンを睨みつけた。

 さすが将軍だ。瞬時の判断は兵士よりはるかに高い。脱出よりもゴブリンを倒すほうが先決と判断したに違いなかった。

 ――が、そのエッガよりも風間の観察眼は上をいっていた。

「岩にある文字、黒いゴブリンたちの体に刻まれている文字と同じですよね?」

 岩の中央には赤い不気味な文字が刻まれていた。その文字と同じようなものが、黒いゴブリンたちの体にも浮かんでいたのだ。額や肩、胸といったそれぞれ違う位置に。

「あの岩、もしかしたら封印なんじゃないでしょうか? 全てのゴブリンを倒さないと、岩がどかせないとかいう」

 ゲームでは、一旦戦闘がはじまると逃げられない設定になっているフィールドが多い。それによって難易度は高まっていく。このフィールド設定で最も厄介なのは、捕らわれた者を逃がすことができないという条件だ。そして、それはプレイヤーである風間も同じ。

「つまり、どちらか全員が死ぬまで戦わなきゃいけないってことだね」

 さらりとディステルが言うが、状況は深刻だった。何故なら、更に強大な存在が出現したからである。騒ぎを聞きつけたのだろう。洞窟の奥から、ひと際大きい黒いモンスターが姿を現した。

「ギガントオーガ……」

 ギガントオーガは巨大な鬼のモンスターだ。ゴブリンと並ぶと、その体躯は大人と赤ん坊くらいの差がある。

「あれが、シンゴが言っていた、ゴブリンの命を脅かす絶対的な存在?」

 このディステルの質問に風間は首を横に振った。何故なら――。

「俺ならまず、キガントオーガが狭い通路を通れた理由を考えます。ゴブリンもキガントオーガも転移魔法は使えません。では、誰が転移魔法を使って、巨大なギガントオーガを洞窟内に入れたのか? おそらく、あの封印を施した者でしょう」

 推測から結論に至る証拠があったためだった。更に、風間はこのフィールドのゴブリンたちの特徴を思い出す。

「ここのゴブリンたちは、遠距離武器や遠距離攻撃を使えるはずです。それなので注意してください」

 来たこともないフィールドの敵の特徴を知っている。そんな風間の説明を、誰も不思議には思わなかったらしい。いや、もしかしたら不思議には思っても、風間の特異点を徐々に理解してくれているのかもしれなかった。

 風間が注意を促したのとほぼ同時に、黒いゴブリンたち三体が動いた。矢を取り出して、弓を引く。その矢が、こちらに向かって放たれたのだ。

 それが戦闘開始の合図というように、剣と斧、棍棒を持った三体が突っこんでくる。

「魔力がこもっている矢ならともかく、そんな安っぽい攻撃は効かないよ」

 すかさず前に出たディステルが、矢を全てナイフで切り落とす。

 その横をエッガが抜け、棍棒を振り上げたゴブリンの腹に右拳を入れていた。

「グエッ」

 唸り声をあげてかがみこんだゴブリンに、エッガは反撃の余地を与えない。すかさず両手を合わせて組むと、後頭部に思いっきり叩きこんだ。ズゴンッという鈍い音とともにゴブリンは、地面にクレーターをつくって絶命していた。

 続けて駆けこんだブリッツも二体目のゴブリンの腹に剣を叩きこむ。ゴブリンは青い血を散らしながら、後方に弾け飛んでいた。

 風間は、三体目は? と思って、視線を移す。その時には既に、ディステルのナイフがゴブリンの頸動脈を断ち切り、黒い霧に変えていた。

「はやっ! アドバイスの必要なかったし」

 鮮やかな三人の連携攻撃を見て、風間は感心の声をあげてしまった。

 しかし、すぐにディステルの表情がくもる。

「ブリッツの攻撃が浅い。あの一撃では倒せないみたいだね」

 ブリッツが攻撃したゴブリンは、不気味な笑みを浮かべながら立ち上がっていた。自己修復能力は通常のゴブリンよりも高いらしく、傷は塞がりかけている。

 目の前にいるのは初遭遇した敵。ブリッツが受けている重圧は予想以上のものなのだろう。荒い息遣いをしていた。

「……すみません。次は必ず仕留めます」

「大きく振りかぶる一撃を入れるより、二撃くり出すほうがいいかもね。それで駄目そうなら援護する」

「あの……俺も参加したら駄目ですかね?」

 不躾だとは思いつつも、風間はディステルとブリッツの会話に割りこんだ。すこしでも力になりたいと思った故の発言だった。これに不快感を示したのはエッガだ。

「お前は馬鹿か? お前より攻撃力が高いブリッツが倒せなかった相手なんだぞ」

「ええ、それは理解しています。けれど、試したいことがありまして。それを使ったら、一気にゴブリンを倒せると思うんです。ただ、それだけでゴブリンにとどめをさせるとは思えないので、将軍やブリッツに援護してもらわないといけないのですが」

「相変わらず、遠回しに説明する奴だな。もっと私にもわかりやすく説明しろ」

「意表を突かなければ意味がないってことでしょ?」

 ディステルがそう言うと、エッガは事を理解したのか黙った。

「戦闘中に俺が合図します。その合図が聞こえたら、ゴブリンから一旦、離れてください。直後にゴブリンたちの動きはとまります」

「わかった。そのゴブリンたちの動きがとまった時に、とどめをさせということだね」

「私はいつもと同じように暴れていいということだな?」

 どうやら、エッガには余計な説明は不要らしい。頭で考えるより早く体が動くタイプなのだろう。実力を発揮できる戦い方が個々には存在する。風間は首肯で応えた。

「はじめから、そう説明してくれたらいいんだ。どうやら敵も時間は与えてくれないみたいだしな。私は、このまま正面突撃するぞ!」

 エッガの戦闘スタイルに誰も文句を言わない。何故なら、この戦い方で皆が救われてきたからだ。ディステルもすぐに飛び出し、ブリッツは風間に視線を向けてから飛び出した。

 対するゴブリンたちはというと、中央に位置するゴブリン五匹が拳を引いていた。

 レベルが高いゴブリンだけが使える技「拳圧」だ。威力は低いが、三マス以内にいる一直線上の敵にダメージを与える。

 このゴブリンたちの動きを見てもエッガはとまらない。ディステルもブリッツもだ。

 ゴブリンたちの拳圧がとどく範囲にエッガが入る。それと同時に、風間は「離れてください」と声をあげ、懐から取り出した物を掲げた。

「光雷の珠の効果を使用!」

 アイアンウルフからもらった光雷の珠は、フィールド上の敵に光雷と同じ威力の雷を落とすというレアアイテムだ。落ちる雷の数はランダムで、落ちる雷の数が多ければ多いほど威力は分散する。だが、とどめをさしてくれる仲間がいれば、これほど頼りになるアイテムはない。

 風間が掲げた光雷の珠から、幾重にも分かれた電撃の筋が放出される。光の筋は突出したゴブリンだけでなく、遠距離攻撃を仕掛けようとしていたゴブリンにも直撃した。

 二十体ほどいるゴブリンのうち、ダメージを与えたのは半数ほどだろうか。それでも、最強を誇るエッガやディステルには十分すぎるほどの攻撃だった。

 エッガの拳が、ゴブリンたちの顔面や腹に叩きこまれる。その戦闘スタイルは疲れを知らず防御も考えない。鍛え抜かれた自分のステータスだけを重視した「動」ともいえるものだ。あっという間に数体のゴブリンたちが黒い霧となって消えた。

 ディステルも負けてはいない。彼女の戦闘スタイルはエッガとは対極的で、敵の急所を確実に捉えて沈める「静」。通りすぎた時には、既に敵は絶命していた。

 ブリッツも、将軍二人と比べたら動きは劣るが、一撃で倒せなかったことを念頭に入れて、二撃三撃と攻撃を繰り出していく。

 光雷の明滅が収まった頃には、ゴブリンたちとの決着はついていた。

 残るは奥で静観し続けていた、ギガントオーガのみ。しかし、ギガントオーガは臆することなく口唇を釣り上げて笑うと、驚くべきことを口にした。

「ようやく見つけた。プレイヤー……」

 重くて低い殺意をも含んだ声に、風間は寒気を覚えた。人語を話せないと思っていたギガントオーガが語ったのだ。しかも、プレイヤーという自分のジョブを知っている?

「そのアイテムを使えるのは、プレイヤーしかいない」

 何故、それを知っているのか。ギガントオーガは風間に一直線に向かってきていた。

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