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第十七話「喧嘩するほど」

 神樹の光は洞窟内を照らすだけでなく、光の道もつくりだしていた。

 そして、風間に漠然とした思いが浮かぶ。この光はストーリー進行の道筋を教えてくれているに違いない。そんな考えがついて、一歩前に出ようとすると、

「光る枝なんて珍しいアイテムだな。一体、どこで拾ったんだ?」

 たいまつに火を点けようとしていたブリッツが訊いてきた。好奇な目つきは光る枝だけではなく、風間にも向けられているように見える。一体、どんな答えが返ってくるのかと期待しているのだろう。

 ただ、風間には神樹の枝が光る理由がわからない。ポケットに入っていたのにも気づかなかったし、持ってきたのも直感的な理由だけだ。

「これは神樹の枝だよ。使えるかなと思って折ってきたんだけど……部屋に置いてきたと思ったんだけどな。いつの間にか入っていたらしい」

 そのため、何の気にもなしに答えるしかなかった。すると、三人の表情が一変した。

「神樹の枝だと!」

 声を荒げて叫んだのはブリッツだ。エッガはというと唖然とした表情で見ている。

「置いてきたと思ったのに入っていたなんて、呪いのアイテムじゃあるまいし」

 ディステルが言うが、戸惑いも混在したようなくぐもった声だった。続いてエッガが進み出る。

「カザマ、自分が何を言ったのかわかっているのか? お前は神樹の枝を持ってきた。それでさえ驚きなのに、それが光って、しかもいつの間にか入っていた。その事実を」

「えっと取り敢えず、お三方の反応で何となく、まずいのかなということは」

「出身は、にほんだったな? ということは、伝説は知らないのか?」

「シンゴって、遥か外の世界からきたとか言ってたんじゃなかったっけ?」

「あの……お二人の質問の意図が知れなくて怖いのですが」

 風間は、倫理なき世界の世界観をゲームでされた紹介しか知らない。キャラクターに関してもそうだ。それを証拠にブリッツは警護兵Aとしか知らなかった。

 ゲームをプレイしている時にはわからなかった、倫理なき世界。その世界に飛びこんで知ったこと。ここにはゲームだけではわからなかった、人の心がある。命がある。生活がある。そして、世界や伝説がある。

 三人の動揺を前に、風間は困惑するしかない。ただ息を呑み、三人の発言を待つしかなかった。

「まあいい。その話は後にしよう。今はゴブリンたちに攫われた人を助けるのが先だ」

 そんな風間の反応を見て、話が長くなると思ったのだろう。エッガは皆に次の行動を促した。このエッガの判断に反論する者はいない。時間が経てば経つほど、攫われた人たちが危険にさらされるのが明白だからだ。

 そして、何故、人に害を与えなかったゴブリンたちが、結界内に侵入してまで人を襲い、攫うという行動にでたのか。それは、ゴブリンたちと接触して調べるしかない。

「攫われた人たちの安否がわかりませんから、慎重に行動しましょう。俺たちが来たと悟られたら、攫われた人たちが人質にされるかもしれないし、あるいは殺されてしまうとも考えられます」

「相変わらず面倒臭いことを考える奴だな。ゴブリンどもに、そこまで考える頭があるわけないだろう」

 即座にエッガに反論された。おそらく、今まで確立してきた自信が、不安要素を考えさせないのだろう。更にモンスターは知能が低いという固定観念が拍車をかけているように思える。

「いや、ですから。ゴブリンたちが何故、人を攫ったのか。それが、知能があがった理由にもつながると思うので慎重に考えないと」

「とことん、二人は相性悪いねえ。喧嘩するほど仲がいいとも言うけど」

「それはないです」「それはない」

 ディステルに返した風間とエッガの声が重なる。二人で顔を見合わせ、今度は同時に口を開く。そこで発言するのを互いにやめた。また異口同音になるのだけはごめんという意思の表れだ。

 そんな二人を見て、ディステルは埒が明かないと判断したのだろう。

「じゃあさ、シンゴが先頭で進むといいんじゃない? それに私とエッガがついていく。そうしたら、ゴブリンが変な行動を起こしても対処できるでしょ。ブリッツは後から敵がこないか確認してもらっていい?」

 自分の意見をはっきりと口に出した。この案にエッガは「そうだな」と同意する。

 こんな時のディステルの気遣いはありがたい。そして、エッガと自分が衝突するのは友好度が低いせいらしいと風間は感じた。

 仕方がないといえば仕方がないことだ。プレイヤーという特殊なジョブ持ちではあっても、風間のスタートは侵入者であり囚人である設定。将軍という立場のエッガから信頼を得ることなど普通はあり得ない。ディステルが好意を示して意見を聞いてくれるだけでもありがたいのだ。

「では、神樹が道を示してくれているというのもありますし、それに従って進みます。途中で光が消えてしまうことも考えられるので、たいまつは点けておいてください」

 左手に神樹を持って洞窟の奥に入る。右手をあけていたほうが小太刀をすぐに抜けるからだ。通路は狭く、二人並んでようやく通れそうな幅だった。

 風間は、第三ステージは洞窟の奥で戦闘に突入したと記憶していた。しかし、万が一のことも考えられる。慎重に慎重を重ね、警戒して進むことにした。

 洞窟の中は、本当にモンスターの巣なのかと思うくらい静寂を保っている。思った以上に洞窟は深いらしく、横穴もいくつか見つけた。

 けれど、どれも人が通れるような幅ではない。ゲームではアイテムが落ちていそうな場所だが、アイテム欲しさに穴を覗きこむと、変態扱いが悪化しそうなのでやめた。

 神樹が道を示してくれているので安心して進むことができる。その考えが、いつの間にか警戒を解いてしまっていたことに風間は気づいていなかった。

 目の前にわかれ道が見えてきたと思った途端、片方の道からゴブリンが飛び出してきたのだ。

 鉄斧を持った筋肉質のゴブリンが奇声をあげながら風間に襲いかかる。対応が遅れた風間は一歩後退し、体勢を整えようとする。その瞬間、ひとつの影が通りすぎたかと思うと、ゴブリンの顔面がへこんでいた。

 ドゴンッという鈍い音が洞窟内に響き渡る。「あっ」と思った時には、ゴブリンが壁にめりこんで瀕死の状態で痙攣していた。

「下等モンスターが、調子にのるなよ。かかってくるのなら、一斉にかかってこい!」

 攻撃されたと見るや否や、エッガが飛び出してきて必殺の右拳をゴブリンの顔面にめりこませたのである。それもただ殴るのではなく、壁に磔にするという恐ろしい攻撃力で。

 しかし、この攻撃と宣戦布告の叫びは問題を生み出す切っ掛けにもなる。

「ちょっ……慎重に行動をしてくださいと言った矢先に。大きな音や声を出すのはまずいですって!」

「それは臆病者の意見だろう。私なら、攫われた者に手をかけさせる前にゴブリンの群れを瞬殺できる」

 騒ぎを聞きつけたのだろう。エッガが壁にめりこませたゴブリンが黒い霧となって消えたのと同時に、ゴブリン数匹が姿を見せた。

「やはりきたな。カザマ、邪魔だからどけ! この狭い通路だと、一対一でしか戦えないだろう。私が先頭にたって進んでやる」

 エッガの不敵な笑みは頼もしくもあったが、ここでは風間は青ざめるしかなかった。何故なら、

「腹が立って仕方がなかったところだ。鬱憤晴らしには丁度いい。お前ら、私のストレス解消の糧となれ」

 正義側とは思えないセリフを吐きながら、ゴブリンの武器攻撃を拳で殴り弾き、反撃の余地すら与えることなく一体二体三体と黒い霧に変えていったからだ。

「エッガは何にストレスを感じているんだろうねえ」

 後ろにいるディステルが、ぼそりと口にする。

「いや、洒落になってないですから。とめないと、ゴブリンたち全匹に気づかれますって」

「あれをとめられると思う? 私はとめるのは嫌だよ。とめようとしたシンゴが殴られるのを見るのは面白そうだけど」

「そこで面白い選択をしちゃいかんでしょう!」

 後ろに配置しているブリッツに助けの視線を送るが、場が悪そうに目をそらされた。こうなるとエッガの独壇場だ。戦闘が終了するまで待つしかない。

 エッガが最後の一体を倒した時には、壁にめりこんだゴブリンの跡がいくつも残っていた。

「ふう……大方片付いたようだな。ほらっ、もうこないだろうから先に行け」

 汗を手で拭い、清々しさを感じさせるエッガの満足げな表情に、言い返す言葉が見つからない。

 気を取り直して進むしかなかった。ただ、あれだけの数のゴブリンたちが出てきたということは、洞窟の最終地点まではもうすぐのはずだ。

 そう思って少し進むと、洞窟内では存在しないはずの風の流れを感じた。耳を澄ますと、水音が聞こえる。どうやら洞窟の一部に亀裂が生じ、そこから水が流れこんでいるらしい。

 水があるところに生は集う。ゴブリンたちが洞窟を拠点に決めたのは水場があったからなのだろう。

 今度は光の道を辿るのではなく、風の流れと水音に導かれるように進んでいく。そして、風がひと際強くなったかと思うと開けた場所に出た。

「すごい……奥は鍾乳洞になっていたのか」

 天井にはツララのような石が垂れ下がり、目の前には流線型の石柱がいくつも並んでいる。

 そんな長き年月をかけて作りあげられた自然の凄さを知る洞窟の奥。いくつも並ぶ流線型の石柱の奥に、攫われた人たちの姿が見えた。

 大人だけではなく、子供や母親に抱かれている赤ん坊の姿もある。ゴードの命令を聞いていたら、ここにいる人たち全員がゴブリンの餌食になっていたのだ。

 そう思うと、制止を振り切ってきた甲斐があったと感じた。

 そして、その攫われた人たちの中には、風間が知っている者の顔があった。

「モンスターに乗っていた兄ちゃんと姉ちゃん!」

 目が合うなりに叫んだ少年はスラム街で会った気さくな少年に間違いなかった。しかも、その少年はエッガを見るなり、姉だと叫んだのだった。

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