第十五話「ゴブリン襲来」
人と同じようにゴブリンにも個体差があるらしい。
五体のゴブリンが向かってくるのが確認できたが、痩せている者、小柄の者、恰幅のいい者と様々だった。手に持っている武器も斧や棍棒、半月刀といったもので統一性がない。
「あの五体は、あなたと彼の二人で倒して。私はあれを倒すから」
ディステルが視線をやったほうには、他のゴブリンと比べて二回りは大きい巨大ゴブリンがいた。
どのように巨大ゴブリンを倒すのか気になるところだが、今の風間に見学する余裕はない。小太刀を構え、向かってくるゴブリンたちがどのような攻撃を仕掛けてくるのか、目を凝らして推測していく。
そんな風間を見て、何かしら思うところがあったのだろうか。
「あれをゴードだと思って斬ってくる。その小太刀、切れ味は抜群だから頑張って」
毒舌と健闘を祈る言葉を残すと、ディステルは巨大ゴブリンに向かっていった。まさかのディステルの発言に、思わず風間は噴き出しそうになる。
ブリッツはというと複雑そうな顔をしながら、長剣を鞘から抜いて構えた。風間も倣うように、小太刀を鞘に収めた状態で構える。
「初戦だ。俺が援護するから、経験値をあげることだけ考えて動け」
風間には、このブリッツの心根が嬉しかった。邪魔になるからさがっていろという指示ではなく、戦力として認めてくれた発言だったからだ。
「了解、頼りにしてるぜ。戦闘の大先輩。背中は預ける」
小太刀を鞘に収めたままゴブリンの群れに突っこむ。先頭できたのは、棍棒をもった痩せ型のゴブリンだ。小太刀の切れ味は抜群だというディステルの言葉を信じて、風間はゴブリンが棍棒を振りあげた瞬間を狙って刀を抜いた。
刀といえば剣道のイメージが強く、中段の構えで敵を迎え討つというのが一般の考えだろう。しかし、風間は初撃を居合切りに決めた。刀が本来の威力を発揮するのは居合切りであるということを、本を読んで知っていたからだ。
狙いはゴブリンの首。ディステルの戦いから学んだ攻撃だった。
空気を裂く音がし、棍棒を持ったゴブリンの腕が飛ぶ。小太刀はそのまま、ゴブリンの首筋を切り、人とは違う青い色の血を噴出させた。小太刀の予想以上の切れ味に、風間は息を呑む。
するとそこに斧を持ったゴブリンが奇声をあげながら襲いかかってきた。風間単独の戦いなら、ここで終わっていただろう。しかし、風間がそうなることを予想していたように飛びこんできたブリッツが、ゴブリンの腹を長剣で薙いでいた。
「動きをとめるな。俺がいなければ死んでいたぞ」
「すまん。ブリッツの動きが見えたから、それに甘えた」
「見えたって……もしかして、ゴブリンの動きもか?」
風間は首肯で応える。虚勢ではなく本当のことだった。おそらく直前に、ディステルと手合いをしたためだろう。素早い動きに対応しようとしたことで動体視力が養われ、ゴブリンの動きが遅く見えているのだ。
ゴブリンにも思考能力はあるらしく、風間とブリッツに仲間が倒されるのを見ると、不用意に突っこんでくることなく距離をとっていた。
その中の一体が近くにいた女性の気配に気づき、標的を変えて襲いかかる。
狙われたのは、先程、ディステルに救ってもらった女性だった。風間は即座に動くと、女性に襲いかかった半月刀持ちのゴブリンの首を斬る。
ブリッツも襲いかかってきた残り二体のゴブリンを斬り伏せていた。
「大丈夫か。怪我は?」
ゴブリンが倒れ伏して動かなくなったのを確認しながら、動けない女性に訊く。
「ないです。ただ……腰が抜けてしまったようで」
ディステルに助けられたのにも関わらず、逃げられずにいたのはそれが理由だったのだ。
危険は去ったのかと周りを見ると、ゴブリンの死体は黒い霧のようになって消失していた。誰も、この現象を不思議がらないということはゲームの設定と同じで、この世界では普通のことなのだろう。
耳を澄ましてみると、ゴブリンの声や悲鳴は近くでは聞こえない。このまま動けない女性を放っておいて、またゴブリンが攻めてきたら惨事は免れない。風間は女性の前でしゃがみこんだ。
「では、家まで送るので、背中に乗ってください」
「えっ、でも……」
「幸い、ゴブリンの声は近くでは聞こえませんし、仲間もいますから。安全な状態で家まで送れると思いますよ」
そこまで言って風間は気づいた。目の前にいるブリッツが奇妙なものを見るような視線を向けている。そこで考えた。もしかして、おぶるという習慣がここにはないのだろうか。
「こいつは変わり者なんです。遠慮なく、馬だと思って乗っていただければ」
「馬って! おぶるのって、ここでは、馬という喩えになるの?」
「馬以外の何物だ? お前にその趣味があるとは思わなかったがな」
「趣味じゃないっ! 安全に家まで送ろうとしているだけだろ」
どうやら、安全に家まで送るという手段に、おぶるという選択肢はここではないらしい。
「えっと……では、失礼します」
ブリッツとの掛け合いの内容より、風間の好意を正直に受け取ってくれたのだろう。女性は体を風間に預けていた。
「ブリッツ、なにかあったら援護を頼む。えっと……家はどっち?」
「あちらです」
女性が指差したのは商店街のほうだった。どうやら、店に隣接する家の住民らしい。思ったより近くに住んでいて風間は安心した。
腰を抜かしたという話だったので、女性の体に負担をかけないように慎重に歩を進める。
家の前に到着すると、ブリッツが扉に手をかける。鍵はかかっていなかったらしく、簡単に開いた。
「運ぶのならベッドがいいよな」
はじめは丁寧語だったのに、今は友人のように話しかけている。女性の返事を背中越しで聞いた風間は、「お邪魔します」と言って入室すると、女性をベッドまで運んで座らせた。
「ありがとうございました。あの、お名前は何とおっしゃるのでしょうか」
「カザマです。では、お邪魔しました。お大事にです」
無事に送り届け、安心して家を出る。すると、待っていたディステルと鉢合わせた。
「馬になるなんて変わってる」
ブリッツと同じことを言われて、風間は溜め息を吐きながら肩を落す。
「いや、あれは俺が住んでいる、日本では普通にやる行為で……理解されないのは仕方ないと思うけど。馬になる趣味があるとか言わないでくれ。じゃなくてください。へこむから」
「じゃあ、私は理解してあげる。ところで、ゴブリンが組織的に行動をとるなんてことは今までなかったんだけど、その理由は何だと思う?」
試すような質問だと思ったが、そう感じたのは一瞬だった。
「ゴブリンの命を脅かす絶対的な存在が現れたとかですかね。従わなければ殺されるから、命令を忠実にきいたとか」
「なるほど……もっと強い存在か」
ディステルの瞳がキラキラと輝いたような気がした。さすが戦闘狂といったところだろうか。強い者の存在を知って喜ぶのはディステルらしい。
「取り敢えず、城に戻って被害状況を確認しましょう。城にいるマリア将軍やディアナ王女のことも気になりますので」
風間が戻ろうとした時だった。突然、横道から飛び出してきた人影にぶつかりそうになる。慌てて避けると、ディステルのほうが声をあげた。
「エッガ! 敵は?」
人影の正体はエッガだった。しかし、いつもとは打って変わり、動揺している様子だ。
「侵入してきた奴は全て倒した。けれど、何人かがゴブリンに攫われた。今、追跡している最中だ」
ゴブリンの微かな気配を頼りに、ここに辿り着いたのだろう。そこに、ゴード将軍も姿を見せた。しかし、エッガとは対照的に堂々とした様子だ。
「攫われるような住民など捨て置けと言ってとめていたのだがな。我が国に弱者は必要ない。必要なのは即戦力だけだ」
思いがけないゴード将軍の言葉。強さこそ人の価値と考えている男の真意を見た。
風間は拳を握りしめた。そして、必死に否定した。これは真の将軍のあり方ではないと。
「弱者が必要ないというのなら俺もそうだ。ゴブリンの襲撃が激しいと思いながらも、エッガ将軍だけにスラム街のほうを任せ、俺はディステル将軍の後を追ったのだから」
「ほう、面白いことを言う。ならば、失態の断罪を受けるか? 俺はいつでも歓迎するぞ。お前はもとは侵入者で囚人。王女を攫った罪もあるのだからな」
「よせ! お前に同情されるほど、私は落ちぶれてはいない」
ゴードの言葉を遮るようにエッガが叫ぶ。しかし、構わず風間は続けた。
「今の反応で大体理解した。攫われたのは、スラム街の住民で間違いないな?」
風間のこの質問をきいて、ディステルが「へえ……」と声を出す。
城の者がスラム街の者を嫌悪しているというのを風間は理解していた。スラム街の子供が「城の奴らは俺も嫌いだもん。困っていても誰も助けてくれないからさ」と言っていたからだ。そこから考えるとゴード将軍の主張は辻褄が合う。同時に、スラム街での戦闘を任されたエッガが責任を感じている理由も。
そして、ゴードに責められなくても、風間の考えは決まっていた。
「断罪か。では、失態を帳消しにしたらいいわけだ。俺が攫われた住民を助けにいく」
「お前が? それは面白い。死体になっても墓はつくってやらんぞ」
「ここに来た時点で、そういうことは期待していない」
倫理なき世界にきた自分の体は、どうなっているのか。それすらも風間には把握できていないのだ。ここにいる自分は意識だけの存在なのか。体ごといるのか。この世界で死んだら、向こうの世界でも死んだという扱いになるのか。それもわからない。
しかもここは戦場だ。ゴード将軍ほど、人徳があるわけでもない。命を落とした時に、手厚く埋葬されるとは一切、考えていなかった。
「面白そうだから、私も参加表明する」
風間がはっきりとした意志を伝えた途端、ディステルが挙手して告げた。
予想外の展開だったのだろう。ゴードは身を乗り出すようにして叫んだ。
「そんな勝手が許されるものか!」
「私も行く。そもそも、私がスラム街に入ったゴブリンを始末できなかったせいだからな」
続けてのエッガの主張で、ゴードは反論するのをやめた。
ディステルはというと、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ブリッツを見る。ブリッツにも、答えを求めている仕草に違いなかった。
「えっと、自分はカザマの監視役を前に任されているので、必然的にカザマについていかなければならないということになるかと思われます。それなので、カザマについていく許可をいただきたいです」
「もういい。勝手にしろ。俺は何が起きても知らん! だがこれだけは言っておく。兵を出す許可はせんぞ。お前たちだけで何とかしろ!」
吐き捨てるように叫んだゴードが去っていく。その背中に向かってディステルが言った。
「ゴード将軍。私たちがいない間、ディアナ王女と城をお願いします」
その言葉に、ゴードへの健闘を祈る気持ちはほとんど感じられない。何故なら、言った直後に楽しそうな笑みを浮かべて風間を見たからだ。
面白いほうに挙手をする。そんなディステルの本心が表に出た発言だと風間は感じるとともに、怒らせないようにしようと誓うのだった。




