第十四話「手合わせ2」
風間が小太刀を持って構えると、ディステルは満足そうな笑みを浮かべた。
ゲームの設定上では寡黙とされているディステルだが、戦闘民族であるためだろうか。戦いのことに関しては雄弁になるらしい。
「争闘の時、南蛮棒を短く持っていたから、槍のような長柄武器は得意じゃないと思ったんだよね。それなら刀剣に代えたほうがいい。けど、刀剣も扱えないとなると、短剣か特殊武器になる。木刀より構えは良くなった。首や胸をガードする構えになったから」
「いや、ディステル将軍が持っているのは、ナイフといっても真剣でしょう。嫌でも、この構えになりますよ」
「つまり、先程の勝負は手を抜いていたと?」
ディステルの真を突くような解説や質問に、風間は困惑した。おそらくディステルは、頭を使って戦う生粋の戦略好きタイプなのだろう。
「手を抜いていたというより、自分の未熟点をカバーしながら相手の得意面をどう叩くのか。それを確認するための勝負だったと言えます。俺は、ここにいる誰よりも戦闘経験がないわけですから。それは痛感していますよ」
そして、ディステルの解説や質問は、戦闘経験がない風間にとって大いなる糧となる。これに乗らない手はないと感じ、風間は正直に心の内を語った。
「やっぱり、手合わせをしようと言ったのは正解だった」
ディステルは風間から視線をそらすと、ゴードとの勝負を終えて休憩しているエッガに向かって手を振る。このディステルの行動には、なんの意味があるのだろうか。エッガが嫌悪感を示したのは、風間にもはっきりとわかった。
「傲慢ではない。相手の力量をはかれる冷静さもある。その考えで、その構えなら、初撃で致命傷にはならないね。いくよ」
風間がディステルが動いたと思った瞬間、刃と刃がぶつかる音が鳴り響いていた。ディステルが急接近して、風間の小太刀に攻撃を当てたのだ。
「いいっ!」
動きが全く見えなかった。まともに攻撃を受けずにすんだのは、小太刀で急所を防御していたからだろう。これでは未熟点をカバーしながら、相手の得意面をどう叩くのか考える余裕などない。風間は一歩前に踏みこむと、ディステルを押し戻し、後ろに跳んで距離をとった。
距離をとれば戦略を練れると思ったのだが、いくら考えても有利に持ちこめる策が浮かばない。とにかく、ディステルは動きがはやいのだ。その動きを封じない限りは、一方的に攻撃され続けるだけだ。
「あっ……」
そこまで考えてから、風間はひとつ思いついた。対し、攻めてこない風間に痺れを切らしたのだろう。ディステルは尚も攻撃態勢をとる。
「距離をとるだけじゃあ、いつまでも決着がつかないよ」
ディステルが動く。そう視認し、金属音が鳴り響いた瞬間、風間は攻撃を受けた小太刀を片手持ちすると、右手を突き出していた。
インパクトの瞬間は、どんな者でも動きをとめる。その時に捕まえてしまえば、反撃に転じられるのではないかと考えたのだ。その戦略は功を奏し、ディステルの襟首を捕える。このまま引き寄せて、日本の得意芸の体術に持ちこめば何とかなるのではないか。そこまでが風間の戦略だった。しかし――。
「つっ!」
右肘に衝撃を感じた途端、つかんでいた右手が離れた。つかみ合いを嫌ったディステルがナイフを手放し、風間の右肘を拳で突きあげたのだ。瞬間、視界からディステルが消える。そこからは彼女の独壇場となった。
後ろ回し蹴りを腹に受けて、蹴り飛ばされたのだ。倒れると思った時には、ディステルに押し倒され、首元にナイフを突きつけられていた。現実世界ではありえないシチュエーションに風間は息を呑む。これが戦いか。ディステルが敵であったのならと想像して、嫌な汗をかいた。
「……参りました」
気持ちいいくらいの完敗に笑みしか出ない。それがディステルにとっては不思議だったのだろう。少し驚いた表情をしてから、口を開いた。
「負けたのに、笑うなんて変」
互いに立ちあがり、反省会をはじめる。
「勝てるなんて、はじめから思っていませんから。ディステル将軍が敵じゃなくて良かったなと思ったのと、いい勉強をさせていただいたなという喜びの笑みですよ。ご指導ありがとうございました」
「負けてお礼を言う人なんて、あまりいないんだけどね。小太刀と相性がいいんじゃないかな。体術との連携もできているみたいだし。不足した点を知力でカバーできるタイプみたいだから、連携ができる武器のほうがいいかもね。その小太刀あげる」
「えっ、いいんですか? ありがとうございます」
風間はディステルに頭をさげた。妙な顔をされたのは、お辞儀の習慣がないからだろう。
「手入れの仕方を教えてあげるから、あとで私の部屋にきて」
そう告げると、ディステルはエッガとマリアがいるほうへ行ってしまった。ブリッツはというと、考えこむような唸り声を出す。
「その小太刀、ディステル将軍の愛刀だったと思うのだが……違ったのかな」
「そうなのか。それとなんだけど、部屋にきてと言われたのは、どんな意味だと解釈したらいい?」
「……ディステル将軍に限って、それはないだろう」
「うん、訊いた自分を叱りたい。首を狙われることはわかっていたんだけどな」
「その理由は?」
「アイアンウルフと逃げる時、すれ違いざまに言われたんだよ。もし、首を狙われていたら、どうしていた? って。だから、手合わせをしようと言われた時、試されているのかもなと思った」
負けたとはいえディステルが武器をくれたということは、それなりの友好度はあるということだ。鞘に収めて腰に差すと、様になった気がする。戦国武者の気持ちがわかる気がした。
「こうなると、すぐにでも使いたくなるな」
「不謹慎なことを言うな。ただでさえ、結界の力が弱くなっているというのに」
「俺が城内でフォックスバードに襲われた理由がそれだったのか。結界が弱くなっているというのは、神樹と何か関係があるのか?」
と、風間はブリッツに訊いた途端、激しい耳鳴りと頭痛を感じた。そして、脳を揺らすような声が響く。
『さあ、第二ステージのはじまりだ』
敵意にちかい深く重い声。その声に風間は聞き覚えがあった。暗闇の中、話しかけてきた男の声に間違いなかった。
同時にマリアが電撃を受けたかのように、突然立ちあがる。顔面は蒼白。その表情に余裕は感じられない。
「ゴード将軍。結界が破られました!」
息を切らしながら修練場に飛びこんできた兵士が叫んだのも、ほぼ同時だった。
「なんだと、敵の数は?」
「モンスターが侵入してきた場所が多く、現在のところ把握できておりません。負傷者も多数出ています」
ゴードと兵士のやり取りを聞いてうちに、風間の記憶が呼び起こされていた。これは、ゲームの第二ステージだ。襲撃してきたモンスターはゴブリン。侵入してきたのは東と南、北西の三か所だったはずだ。すぐに風間は行動にでた。
「侵入してきたのはゴブリンで間違いないな? マリア将軍、結界を張っている身なら、どこの結界が破られたのか把握できているはずだ。確認するから答えてくれ。東と南、北西の三か所で間違いないな?」
「えっ? はい、三か所で間違いないです。けど、なんでそれを知って……」
マリアの答えを聞いたゴードが武器を持って、修練場から飛び出していった。敵を迎撃しに行ったのだろう。続けてエッガも飛び出そうとする。
「エッガ将軍。ゴード将軍は東に向かったから、エッガ将軍は北西のほうに行ってくれ。スラム街のほうだ」
「お前に言われなくても!」
「マリア将軍は外に出ずにここに待機で。じきに負傷者も運ばれてくる。その救護にあたってくれ。それと、ディアナ王女のことも頼む」
エッガが飛び出していったのを確認してから、風間はディステルの姿を捜すが、既に修練場にはいないようだった。
「行動がはやいな。確か、ディステル将軍の配置場所は南だったはず」
風間の指示を聞いていた兵士たちが唖然とした様子で見ている。ブリッツも同じで、風間を呆然とした状態で見ていた。
「ブリッツ、俺たちも出るぞ」
風間が呼びかけると、ようやく我に返ったのかブリッツは「おおっ」と間の抜けた返事をした。他の兵士たちも状況を把握したのか、ようやく動き出し、風間とブリッツを追うかたちでゴブリン殲滅に向かう。
修練場を出て廊下を駆ける。城の正面から出ると、街の被害状況が目に飛びこんできた。
ゴブリンたちが火を放ったのだろうか。東側のほうに火柱と巨大な黒煙が見える。北西からはモンスターの声だろうか。奇妙な吠え声が聞こえる。
そして、南のほうでは人の叫び声が聞こえていた。その悲鳴につられるかたちで、風間は、南のほうへ向かって駆け出す。
「おい、カザマ。お前、まさか戦うつもりではないだろうな!」
「そこは臨機応変に対処する。今はディステル将軍に合流するのが先だ。あの人の戦いから、学べることも多いはずだしな。それに、この小太刀の使いかたも実戦で教わりたいというのもある」
風間は力押しのエッガやゴードよりも、ディステルから教わることが多いと感じていた。
戦略を駆使する。それはまさに自分が目指す戦いかたであると思ったからだ。攻撃力もない。防御力もない。スピードもない。その自分の欠点を、風間はしっかりと受けとめていた。
目的地に近づくにつれ、悲鳴が大きくなっていく。そして、道の傍らにゴブリンの死体がいくつか見えた。しかし、ディステルの姿は見えない。ゴブリンの血だろうか。点々と落ちている血の跡を頼りにディステルを捜す。
そして、角を曲がった瞬間、女性の悲鳴が再び聞こえた。同時にゴブリンの断末魔が響き渡る。女性を襲おうとしたゴブリンをディステルが鮮やかな動きで倒していたのだった。
「ナイフで首筋を一刀か。実際に見ると凄いな」
ゴブリンには自己修復能力がある。そんなゴブリンを一刀で倒したのは、自己修復能力よりナイフの攻撃力のほうが勝っているという証拠でもある。
「やっぱり来た。その小太刀、魔を打ち払う効果があるから、あなたの攻撃力でもゴブリンを倒せるはずだよ!」
そうアドバイスしてきたディステルは嬉しそうだ。
「了解、自分の身は自分で守ります!」
近づいてくる奇声に気づいて見てみると、数匹のゴブリンたちがこちらに向かってくるのが見えた。




