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第十三話「手合わせ1」

 木刀がぶつかり合う音が鼓膜を揺らす。時には気合いを高めるための声があがり、また違う場所ではストレッチがはじまっていた。

 ここは地下修練場。兵士や将軍たちが集まり、腕を磨く場である。

 そんな修練場の片隅で、風間は自分の右手首に嵌められた銀色の腕輪を見つめていた。

 アイアンウルフと逃亡して、子供たちと再会させることができたのもつかの間。将軍たちに追いつかれた風間は、その身柄をどうするのか、その場で議論されるはめになった。

 王女を攫って逃亡を謀った極悪人だとして、絞首刑にしたほうがいいと言ったのは将軍ゴードだ。エッガとマリアはというと、ディアナ王女の意向に従うと告げた。

 ディステルはというと「面白いほうに挙手するから最後に答える」という、妙な返事をした。どうやら、彼女にとっては面白いが判断基準らしい。

 そして、注目のディアナ王女の発言はというと――。

「勝ったほうが自由の身ですよね。引き分けはどうなるのでしょうか? 私は約束通り、ゴード将軍と私の権限のもと、勝者を監視するというのが適切だと思いますけど」と、いう考えを語った。この王女の理屈で将軍全員が反論できなくなってしまったのだ。更に、十六歳の少女は話を続けた。

「私はカザマさまに教わりたいことが、たくさんできたのです。それなので、兄が帰ってきたら相談してみます」

 四大将軍が唖然としたのはいうまでもなく。そこで話は一旦終了し、城に戻るとすぐに風間は、狭いながらも一人部屋をあてがわれ、監視用の銀色の腕輪を嵌められたのである。

 アイアンウルフにも同じように腕輪が嵌められたと聞いた。とはいえ、この腕輪は拘束具ではなく、姿が見えない時に、どこに行ったのか追尾できる効果があるらしい。

 開拓の話は王子が戻ってきた時に改訂案が出されることになり、また、風間と同じように争闘をする予定だった「死にたくねえよ」と泣き叫んでいた囚人の処分も保留というかたちとなった。

 これほど意向が変化したのは、ディアナ王女の気持ちが激変したからだろう。笑みを浮かべることなく沈黙していた王女が、この事件を切っ掛けに笑顔を振りまく雄弁な王女になったのだ。

 その原因が何なのか。他者が干渉するべきではない。そして、その理由は誰もが察しているようだったが、困惑は激しいものにみえた。

 そんなディアナ王女のお蔭で風間は独房に戻されることなく、ここで考察していられるのだ。

「うーん……ジョブがプレイヤー。HPが測定不能。知力と運が最高値。俺のステータスって、優秀なのか? しかもこのアイテムのこと、誰も知らなかったし」

 アイアンウルフに別れを告げた時、アイアンウルフは風間に黄金色に輝く丸い宝石を渡してきたのである。すぐにそれが何か風間にはわかった。そして、つい言葉が出た。

「アイアンウルフが落とすレアアイテム。光雷の珠だな!」

 アイアンウルフが「ガウッ(よくわかったね)」というような返事をする。同時に、「こいつ、何を言っているんだ?」という、突き刺さるような視線を皆から向けられたのは痛かった。

 最終的に、それが欲しいのなら勝手に持っていけと将軍たちに言われたのだが、光雷の珠はフィールド上の敵に光雷と同じ威力の雷を落とすというレアアイテムである。落ちる雷の数はランダムだが、序盤ではかなり活用できるアイテムだ。

 本来なら、喉から手が出るほど欲しいレアアイテムである。それなのに、誰も興味を示さなかったということは。

「この世界の者は、アイテムの価値がわからないのか? 価値はプレイヤーの俺だけが知っている?」

 光雷の珠を取り出してみるが、今は力を感じない。つまりこれは。

「バトルフィールドのみ使えるアイテムということか」

 キャラクターのターンを消費せず、指示を出す前のプレイヤーが使えるアイテムがいくつか存在していたのを風間は覚えていた。光雷の珠がそのアイテムのひとつでもあった。つまり、ゲームを忠実に再現している「この倫理なき世界」には、プレイヤーにしか使えないアイテムが存在していても不思議ではないのだ。

「ジョブがプレイヤーという設定を、どう解釈したらいいのか……」

「おい、また独り言か? ただ座って考え事をしているのなら、ちょっとお前の腕前を見せてみろ」

 風間の目の前には、木刀を二本持ったブリッツがいた。そして、木刀の一本を突き出す。拒否することはできそうだが、ここは地下修練場だ。しかも、王女暗殺の目的を持った侵入者という疑いをかけられた後の温情判決。風間に断れる理由などなかった。

 風間は仕方なく、ブリッツから手渡された木刀を受け取ってから立ちあがる。

「もう、右腕は大丈夫なのか?」

「ああ、痛みは完全になくなった。お前の言う通り、温めたからだろうな。心配せずに全力で打ちこんできていいぞ。攻撃力45以下相手に怪我する気はしないからな」

 反論したくても、それが事実なのだから仕方がない。

「じゃあ、胸を借りるつもりで。お手柔らかにお願いします」

 モンスターが存在する、この世界で生きていくということは、戦闘も経験していかなければいけないということだ。戦いに参加して戦力外ということになると、自分の命の危険だけならともかく、味方の足を引っ張ることにも繋がりかねない。

 自分の身は自分で守る。最低限、その努力からは逃げてはいけないと風間は考えていた。

 互いに木刀を持って構えて向き合う。その風間の構えを見て、ブリッツが眉をひそめた。

「妙な構えだな」

 風間の構えは見よう見まねの剣道の構えであり、刀を頭上まで上げて構える上段の構え。ブリッツはというと刀を立てて右側に構える八双の構えというものだ。

 この風間の構えに兵士たちは興味があるのか、訓練をやめてこちらを見ている。

「では、いくぞ!」

 そんな見物人たちを気にもせず、ブリッツが合図とともに踏みこんできた。風間は頭上に上げていた木刀を、迫ってきたブリッツに一気に振りおろす。そして、風間の一打はブリッツの木刀と頭に当たった。

 これは一本とれたのでは? と、思った風間だったが、

「げふっ! でふっ!」

 直後に腹に打ちこまれた後、すれ違いざまに背中を思いっきり打たれた。

 腹と背中、前後から襲いかかってくる激痛を我慢しつつ、風間は片膝をついて唸る。そして、ブリッツに文句を言うのが先だと思って口を開いた。

「ちょっ……俺が先に一本とったはずだろ! それなのに、二回打ちこんでくるって、どういうことだ?」

「一本って何だ? それだけ騒げるのなら、まだ平気そうだな。では続けるぞ」

「いやいやいや、えっ? ちょっと待って……もしかして、ここではそういうルール?」

「今の打ちこみを受けて参ったと言わない、その根性は認めてやらなければいけないな」

「根性違うっ! ルールに関しての問いだから。もしかして、どちらかが倒れるまでやるとか、そんな末恐ろしい勝負のつけかたとか……じゃないよな?」

「それ以外に、どんな決着のつけかたがあるというんだ?」

「……参りました。許してください」

 これでは、自分の身は自分で守るという以前の問題だ。身の危険を感じた風間は、即座に白旗をあげた。ブリッツに呆れられた視線を向けられたが、今の風間にとってはそんな評価より、目の前の災難から身を守るほうが大事だ。

 その時、修練場に金属がぶつかり合う轟音が響き渡った。途端に兵士たちの視線は一点に向けられた。

 修練場の真ん中で互いの闘志をぶつけ合う将軍二人の攻防。これに兵士の誰もが息を呑み、一打打ちこまれるたびに感心の声を出す。

 将軍ゴードと将軍エッガが真剣な表情で本気の攻防を繰り広げていた。

「いつものがはじまったね」

 風間が声に気づいて見ると、隣にはいつの間にかディステルがいた。気配を断って近づいてきていたのだろうか。まるで忍者だ。誰に話しかけているのかと周りを見るが誰もいない。そのため、視線をディステルに戻すと意味深な微笑みを向けられた。

「えっと……いつものとは?」

 将軍直々に話しかけられて黙っているのもと思い、風間は即座に問い返す。

「ゴードの手の指九本に指輪があるのは見える? あれは全て結婚指輪でね。最後の十本目にエッガとの結婚指輪をゴードははめようと考えているのよ」

「結婚指輪? ということは、ゴード将軍には九人の嫁がいるということですか?」

「そう、強い男には一夫多妻制が認められているから。あの勝負はエッガがゴードの求婚を拒否しているから起きているの」

「つまり、勝負で負けたら、エッガはゴードの求婚に応じなければいけないと?」

 この風間の問いにディステルは首肯で応えた。二人の武器を見る限り、ゴード将軍が好んで使う武器は重量級の武器。エッガ将軍が好んで使うのは鉄拳系の武器のようだ。

 スピードはエッガのほうが上らしく、ゴードの攻撃をかわしつつ反撃している。しかし、ゴードの渾身の一撃がまともに当たれば、エッガは負けを認めざるを得ないだろう。

「五分以内で倒せたらという時間制限つきではあるけど。最近は、ほぼ毎日といっていいほど、ゴードは勝負を求めてくるから」

「重武器の攻撃を毎日受けて、心身ともに無事であり続けることは難しいと思いますが」

「だよね」

 ディステルは何故、このタイミングでそんな話をしてきたのか。風間は彼女の意図を探りつつも、まだ向けられている意味深な微笑みに困惑するしかない。

 そして――。

「五分経過。終了です!」

 ゴードとエッガの勝負の時間切れをマリアが伝えていた。両者一歩も譲らなかった攻防に、感嘆の声をあげる兵士もいれば、健闘を讃えて拍手をする者もいる。

 しかし、ディステルはというと、関心が薄れたように息を吐き、風間を見てこう言った。

「あのさ。私の武器を貸してあげるから手合わせしてみようか? エッガとマリアを翻弄したっていう、あなたの戦略も気になるし」

 戦闘民族のディステル直々の誘いを横で聞いたブリッツの表情が曇る。

「いや、カザマは自分と手合わせをしましたが、ほぼ戦力外で。とてもディステル将軍と手合わせができる腕前だとは思えませんが」

「けど、武器や手合いをする者との相性もあるからさ。はい、この武器貸してあげる」

 ディステルから渡されたのは小太刀だ。ディステルが持っているのは二本のナイフ。それは模造刀などではなく真剣だった。

「本気できていいよ。スピード28の攻撃が当たるなんて気はしないし。それと、勝負というより、あなたの能力を確かめるだけだから、思いつくことを全部試してみて」

 ディステルの思いがけない申し出に、風間は息を呑みながら、渡された小太刀を受け取っていた。

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