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第十二話「住む処」

 通行人の目に触れるのを恐れた風間は、アイアンウルフの足を路地裏に向かわせた。

 直線の大通りだと追手に見つかってしまうが、路地裏なら道が入り組んでいるため見つかりにくい。それと同時に風間はディアナ王女に見せたいものがあった。

「ディアナ王女は、こちらのほうには足を運んだことがないですよね。実は見ていただきたいものがあるんです」

 風間がそう話すと、ディアナは興味を示したのか被された法衣を少しあげて隙間から覗き見ていた。

「ここはスラム街です。貧しい人たちが雑居ビルやテントで暮らしています。身寄りのない子もいれば、ひとり淋しく暮らす年寄りもいます」

 アイアンウルフがやっと通れる狭い路地。道の隅には金属製のゴミ箱や雑談するために置いてある朽ちたイスが並べてある。アイアンウルフの姿を見て驚いたのだろう。痩せこけた犬が逃げていくのも見えた。

 頭上には洗濯物が大量に吊るされていて、風で揺れている。道には子供たちが遊んだ跡の落書きがあった。丸がいくつも並んでいるのは、けんけんぱをするためだろうか。ここにもある遊びなんだなと風間は思った。

 その時、少年が横の路地から姿を見せると、ひどく驚いた様子で風間を見た。

 というより、アイアンウルフを見て驚いたのだろう。しかし、風間とディアナが乗っているのを見て安心したのか、目を輝かせながら「かっこいい」と呟く。

「ねえ、お城からきたの? そのモンスターって強いの?」

「強いの?」と訊いてくるあたり、男ならではの質問のような気がする。

「強いぞ。将軍たちにも手間を取らせた奴だからな。けど、俺とは仲がいいんだ。だから、城の奴らにはここにきたことは黙っていてくれよ」

「言わないよ。城の奴らは俺も嫌いだもん。困っていても誰も助けてくれないからさ。けど、兄ちゃんは城の奴らとは、ちょっと違う感じがするよな」

「あははっ、褒め言葉として受け取っておくよ。気をつけて帰れよ」

「うん、バイバイ!」

 アイアンウルフをひとしきり撫でた少年は、出てきた路地に入っていった。少年と話していた風間を見ながら、なぜかディアナが不思議そうな顔をする。

「あの……カザマさまは、先程の少年と会ったことがあるのでしょうか?」

「いえ、初対面です。気さくな少年でしたね。約束も守ってくれると思いますよ」

 ディアナに話しかけられたことで風間は安心した。友好度がかなりさがってしまったと思っていたからだ。

「こんなところがあるなんて、はじめて知りました」

「城内の者はこない場所でしょうね。俺たちを追ってここにくることもないでしょうし」

「風間さまは、私に庶民の生活を見せたかったのですね」

 十六歳とは思えないディアナの洞察力の高さに、風間は思わず口ごもってしまう。

 こんな庶民の生活があるんだという認識だけで、確認で訊いてくるとは予想もしていなかったからだ。

「言い訳はしません。察しの通りです。それと、もうひとつ見せたいものがあります」

 風間は正直に心中を語ると、アイアンウルフの脇腹を軽く蹴り、行き先を示す。アイアンウルフも風間の意図を察したようで、指示通りに歩を進めた。

 スラム街を抜けると、アイアンウルフは軽く駆けはじめる。丘に向かう道を駆け登り、その走力で見晴らしのいい高台まですぐに辿り着いた。

「すごい……」

 眼前に広がる壮大な景色を見て、ディアナが一番先に口にしたのはその一言だった。

 地表を覆い隠す巨大な木々たちは、互いの生命力を主張している。切り立った岩山は何十年もかけて雨水を濾過して源流となり、旅を続けるうちに大きくなり、渓谷に辿り着いたとともに流れ落ちていた。

 特にディアナ王女が関心を示したのは、木から飛び立つ鳥や、聞こえてくる動物たちの声のようだった。アイアンウルフも自分の住処が見えて嬉しいのか、尾を振っている。

「では、そろそろ最終目的地に行きましょうか。アイアンウルフ。走っていいぞ」

 風間が言ったのとアイアンウルフが地面を蹴ったのは、ほぼ同時だった。スピードを落とすことなく、丘を一気に駆け降りていく。

 アイアンウルフは森に入ると、道なき道を進んでいく。それは、森を熟知した獣の帰巣本能ともいえた。しばらく駆けると、目の前が一気にひらける。腐葉土と乾燥した土の臭い。そこには切り倒された木々と潰された野草たち、掘り返された大地があった。

 ここは、生が途切れた場所ともいっていいだろう。何故、このようになったのか。「開拓」の話を聞いていれば、誰でも察するものがあるはずだった。

 ディアナ王女も例外ではない。この惨劇を見て、口を両手で覆っていた。

 そんなディアナの反応を知ってか知らずか、アイアンウルフは「ウォウアオウッ」と高い声で鳴く。それは、将軍たちが聞いたという妙な鳴き声に違いなかった。

 すると、直後に「キャウキャウーン」という声が、輪唱のように聞こえてくる。アイアンウルフがすかさず「ガウッ」と答えると、穴から小さな獣の顔が三つ出た。

「ええええっ!」

 それを見て声をあげたのはディアナだ。かわいらしい六つの瞳は、ディアナの声に驚いて、また引っ込んでしまう。それでも好奇心が働いたのか、すぐに顔を出した。

 風間は法衣のポケットを探ると、肉の塊を取り出す。それは昨晩、固すぎると思って残した肉を乾燥させたものだった。

「ホラ、腹がすいているだろう。これをやるから怖がらずに出てきな。パンも入れたはずなんだけど、崩れているかな」

 もう片方のポケットも風間は探る。パンはというと原形を留めることなく粉になっていた。仕方がないので近くにあった平らな石を取ると、皿代わりにしてパン粉を載せる。手際良く作業する風間を見ながら、ディアナは口を開いた。

「あの……カザマさまは、アイアンウルフに子供がいると知っていたのですか?」

「ええ、開拓をしようとした時に襲いかかってきたと聞いたので。アイアンウルフは思考能力が高い生き物なので、何故襲いかかってきたのかと、まずは考えました。そこでブリッツに質問をしたら、妙な声で鳴き叫んだと答えたので……これは、子供がいるんじゃないかなと思ったんです」

 アイアンウルフの子供たちは、風間が置いた肉やパンの粉に目もくれず、母親に飛びついていた。子供たちが無事なのを見て安心したのだろう。穏やかな表情になったアイアンウルフの母親は、子供たちの顔を一匹ずつ優しく舐めていく。

「アイアンウルフは凶暴だときいていたのに……こうやって見ると、そう見えませんね」

「思考能力が高い生き物ですから、相手を観察してくれるんですよ。こちらの誠意が伝われば、決して襲いかかってきたりはしません」

 母との再会を喜び合うと、子供たちは風間が置いた肉にかぶりつく。三匹で激しい引っ張りっこをして、肉を噛みちぎっていた。そして、一番はやく肉を飲みこんだ一匹がパン粉に飛びつく。興奮して飛びついたため、鼻息で大量のパン粉が舞った。

「おいおい、慌てるな。ちゃんと拾ってやるから待ってろ。おすわり、待て! と言ってもわからないかー」

 そう言った途端、風間は後ろから飛びつかれた。子供といっても中型犬並みの大きさだ。体重があるので、押し倒されて前に突っ伏す。

「うわっちっ……食事の後の運動開始か? よし、じゃれ合ってやるぞ」

 風間は振り向きざま、アイアンウルフの子供の両脇をつかむと、そのまま仰向けに寝転ばせた。そして、胸と耳元を掻いてやる。自分ではなかなか掻けない場所なので気持ちがいいのだろう。恍惚の表情だ。すると、他の二匹も風間に飛びついた。

「ちょっ……一対三は反則だぞ。こらっ、靴を脱がすなー」

 風間はアイアンウルフの子供たちと遊んでやっているつもりなのだが、ディアナはというと、心配そうにこちらを見ている。

「ああ、この子供たち。うちのナッツにそっくりなんですよ。犬でラブラドールレトリバーという種類なんですけどね。やんちゃで好奇心が旺盛で。アイアンウルフの子供は親と違って、背中がもふもふしているんですね。気持ちがいいですよ」

「もふもふ?」

「そう、もふもふ。柔らかくて温かいという意味です。ディアナ王女も触ってみるといいですよ。大丈夫、噛まれても痛くない甘嚙みですから」

 風間は大人しい一匹を捕まえると、恐る恐る来たディアナに手渡した。その途端、その子供がディアナの手を舐める。

「くすぐったい」

「好意を示してくれているんですよ。その子の目は赤いでしょう。アイアンウルフは個体によって属性が違うんです。親は金の目をしているので雷属性ですね。その子は赤なので、炎の属性です」

 その説明でディアナは興味を示したのか、他の子供の目も確認しはじめる。

「青は水。緑は風です。アイアンウルフは、個体によって違う属性魔法が使えるんですよ」

 その時だった。吠え声とともに、大きな足跡が近づいてくる。何事かと顔をあげると、牙をむき出した巨大な生物が襲いかかってきていた。

「ブラックベアー!」

 全身黒い体に、赤い目と裂けたような口。中レベルモンスターのブラックベアーだ。

 ブラックベアーより向こうにはゴードたち四大将軍の姿も見える。どうやら、ディアナ王女を追ってきた途中で、ブラックベアーとの戦闘になったらしい。

「ディアナ王女、お逃げください!」

 マリアがそう叫ぶが、ディアナ王女の足では逃げたとしても追いつかれてしまうだろう。

 追いつめられたブラックベアーは必死だ。逃走経路にいる邪魔者を攻撃することに迷いはない。ブラックベアーの腕があがったのを見た風間は、咄嗟にディアナ王女の前に出て庇った。次にどうするかなど考えてもいなかった。

 ブラックベアーの鮮血をも想像させる赤い眼光が、風間に突き刺さる。その途端、風間は金縛りに遭ったかのように動けなくなった。レベル差が大きかった時に発生する、ブラックベアーの特殊能力「睨み」の効果だった。

 ブラックベアーの爪が振り下ろされるのを風間は待つことしかできない。絶命を覚悟して目を閉じる。しかし、次の瞬間に風間を襲ったのは、瞼の上からでもわかる激しい光と、つんざくような轟音だった。

「グオッ……」

 唸り声をあげたブラックベアーは、白目をむいて倒れ伏す。轟音の正体は、アイアンウルフの雷の属性の技、一体に大ダメージを与える「光雷」だった。

「ありがとう。助けてくれたのね」

 そう言ったディアナは、アイアンウルフの母親に抱きつく。アイアンウルフの子供たちもブラックベアーの出現で、少し驚いたようだったが、次々とディアナに飛びついた。

「あははっ、怖かった? あなたたちのお母さんは凄いわね」

 弾けんばかりのディアナの笑顔。集まってきた四大将軍たちが、驚いた表情で見ているのが、風間の印象に残ったのだった。

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