第十一話「逃げるか戦うか」
観戦から捕食される側へ。観客たちはアイアンウルフの咆哮で恐怖したのだろう。悲鳴をあげながら、一斉に出口のほうへ逃げていく。観客だけではない。観戦していた兵士たちも、逃げ出す始末だった。
しかし、そんな状況でも滾る闘志と豪気を留め、騒動を見つめている者がいた。四大将軍最強ともいわれるゴードである。ゴードは、観客が逃げたのを確認してから、ゆっくりと席を立つ。そして、アイアンウルフの咆哮に怯むことなく、闘技場に向かう階段を一段、また一段と降りはじめた。
そんなゴードの動きを見ながら、アイアンウルフに乗った風間は息を呑む。エッガやマリアと相対した時に感じた、突き刺さるような凄みとは違う。まるで全身を砕き潰されるかのような激しいプレッシャーを感じていた。
「さて、ここからが正念場だ……あれを突破するぞ」
風間は同意を求めるように、アイアンウルフの首元を乗りながら撫でる。返事は自らを倒したゴードに向けての唸り声で戻ってきた。
ゴードが闘技場に降りる手前にきたのを確認して、風間はアイアンウルフの背中を叩いて合図を送る。その瞬間、アイアンウルフは地面を蹴っていた。
風間と相対した時と同じように一気にトップスピードになる。正面には、既に闘技場に降りた将軍ゴードが臨戦態勢で待っている。そのゴードに向かって、風間は折れた南蛮棒を構えながら叫んだ。
「勝負だ。ゴード!」
「こわっぱが、調子にのるなよ」
ゴードはアイアンウルフの突進を正面で受けとめて、捻り倒そうとする姿勢をとっている。これに対し、風間はアイアンウルフの左脇腹を蹴っていた。
「なっ!」
この風間の指示を受けて、アイアンウルフが左に切り返す。突撃してくると思いこんでいたゴードは動きに追いつけず、完全に裏をかかれるかたちとなった。
ゴードがアイアンウルフの動きに追いつこうとして振り返った時には、アイアンウルフは手が届かない位置まで走っていた。
乗っている風間は、次の相手を正面に見据える。補助魔法の使い手のマリアだ。魔法を放つ準備は整っていたらしく、唇が開かれた。
「バインド!」
「アイアンウルフ、頭をさげろ」
マリアがバインドの魔法を使ってくることを風間は予測していた。アイアンウルフは高レベルのモンスター。低級モンスターに効くロックの魔法は通用しないからだ。そして、広範囲の低級モンスターの動きをとめるロックとは違い、バインドの効果対象は一体。
「すまないマリア、悪く思うなよ!」
そう言った風間は、持っていた南蛮棒をマリアに向かって投げていた。バインドの魔法は直線上の相手に効果がある。バインドは風間が投げた南蛮棒に直撃し、南蛮棒だけを空中で停止させただけだった。
一度だけではなく二度もバインドを回避されたマリアは呆然と立ち尽くす。その横をアイアンウルフと風間は難なく通りすぎていた。
次にエッガが見えた。ゴードがかわされたのを見たエッガだ。同じような間違いはしないだろう。その証拠に腕を大きく広げ、左右の動きにも対応しようと身構えている。突き刺さるような凄みは、更に研ぎ澄まされているようにみえた。
「アイアンウルフ、そのまま突撃だ!」
そう言った風間は、右拳を前に突き出す体勢をとる。エッガの注目はアイアンウルフから、動きを見せた風間のほうへ向いていた。
「攻撃――と、思わせてからのトンネル!」
「えっ?」
追突直前、風間はアイアンウルフの体にへばりつくように伏せる。アイアンウルフも頭を下げたまま、エッガに衝突した。頭を下げたアイアンウルフの鼻面は、エッガの股の下に入っていた。そこに突撃の勢いも加わり、エッガの体は持ち上げられ、最終的に空中高く跳ねあがる。
「くっ……」
空中で身を捻ったエッガが手を伸ばす。その指先は風間の髪に触れていた。しかし、つかむまでには至らず、既に十メートル通過したアイアンウルフの背後に直地する。
「あっぶな……伏せてなかったら、髪をつかまれて引きずり落されていたところだな」
歯噛みしているエッガを見た風間は、思わず失敗していた時の分析をしてしまった。
エッガも四大将軍のひとりだ。その地位を得たということは、当然、戦闘において他の者を圧倒する力があると思っていい。先日、風間に一本取られたことで、何らかの策を講じてくると警戒されていたに違いなかった。
「ディステル!」
エッガの声がディステルに向けられる。風間とアイアンウルフの目の前には、短剣を両手に持って構えるディステルの姿があった。
逃亡しようと考えた際、風間が最も警戒していたのはディステルだった。ゲームの時に感じていた平均的な戦闘能力。突出した特技がない反面、臨機応変に対応できるその能力は、どんな相手でも行動選択次第で有利に持ちこめる利点もあると考えていた。
距離が縮まっていくにも関わらず、ディステルに動きはない。ただ、落ち着きある赤い視線を向けて、構えをとっているだけ。風間は判断を決めあぐねた。そして、結論は――。
「お前の防御力なら大丈夫だ。自信を持って、そのままいけ!」
ゴードやエッガのように力技ではこないはず。それなら、こちらは力技でぶつかればいいという単純なものだった。その風間の選択は間違ってなく、力勝負を嫌ったディステルはアイアンウルフの突撃を避ける。
しかし、素通りしたときに風間ははっきりとディステルの言葉を聞いていた。戦況を見守り、全てを悟ったかのような戦闘民族の囁きを――。
「もし、……を狙われていたら、どうしていた?」
その言葉の意味に冷や汗をかきつつ、目的のためにすぐに冷静さを取り戻して前を見る。 前にいるのは、ブリッツとディアナ王女だけとなった。
ブリッツが笑みを浮かべたのを確認した風間は右手を上げる。これに応えるようにブリッツが拳を突き出す。風間の掌とブリッツの拳がぶつかる音が闘技場に響いていた。
これを四大将軍は、風間の進行を阻止しようとした行動と思っただろう。しかし、二人の間で交わされたこの行動は、互いの健闘を祈るハイタッチだった。
そして、驚いた表情で立っているディアナ王女との距離が縮まっていく。
「ディアナ王女、お逃げください。そいつは何かを企んでいる!」
エッガの叫びがディアナ王女に向けられる。その叫びを背中で聞きながら、風間は笑みを浮かべてから手を伸ばした。
「ディアナ王女、真実をお伝えします。それが知りたければ、どうか手を!」
追い風が風間を押す。ディアナ王女は、風間に応えるように手を伸ばしていた。
「ディアナ王女!」
しかし、直後のエッガの叱責。これで驚いたのか躊躇したのか、ディアナ王女は伸ばした手を引っこめてしまう。しかし、風間は構わずディアナ王女に手を伸ばし、片腕の力だけでディアナ王女を抱え上げた。
ゴードほどの腕力がなくとも、ディアナ王女の体重くらいなら風間の力でも簡単に持ちあげることができる。風間は持ちあげた勢いで、ディアナ王女を自分の前に座らせていた。
「落ちないようにアイアンウルフの首の毛をしっかりとつかんでいてください。数十分だけ我慢していただければ、面白いものを見せられると思いますよ」
四大将軍の怒号にちかい叫びが、風間の背中に向けられる。直後にエッガがディステルを叱る声が聞こえていた。
それはおそらくディステルが、本気でアイアンウルフと風間をとめようとしなかったことへの怒りだろう。ゴード将軍の「全兵士に集合をかけろ。今度こそ、奴らを捕えて始末するぞ!」という声も聞こえた。
観客席の階段を無事に全て駆けあがったアイアンウルフは、最後の壁を飛び越える。
「着地の衝撃がきます。舌を噛まないように、口を閉じて!」
前にいるディアナに注意を促すと、風間はしっかりと落ちないように自分とディアナの体を支える。
足の裏も金属のような固い毛に覆われたアイアンウルフにとって、高いところからの直地は容易なものらしかった。ドズンという鉄球が落ちたかのような着地音を響かせると、すぐさま行き先を求めるように風間を見る。
「この街並みは北側だな。……逃げるのなら西側だから、こっちだ!」
風間は『倫理なき世界』の外に出たのははじめてだ。地理を把握していたのは、ゲームの中で得た知識だった。街の中での戦闘は何度かあったし、武器購入のために街を歩いたこともある。アイアンウルフが着地したのは、まさにその商店街のほうだった。
「この景色なら何度も見ているから、目をつぶってでも道案内できるよ。通行人を避けながら、一気に街から出るぞ」
風間が人の目を嫌ったのは、ディアナ王女がアイアンウルフに乗っていたためだった。
また、アイアンウルフと通行人が衝突することも避けたかった。アイアンウルフは凶暴な生物。ディアナ王女は凶暴な生物に乗った経験がある。街の人々に、そう思われてしまうことが、一番怖かったからだ。
アイアンウルフの左脇腹を軽く蹴って行き先を指示する。騒ぎを聞いてきたのだろう。路地裏から出てきた子供、杖をついている老人、商店街の店員がこちらを見ているのがわかった。風間は法衣の上着を脱ぐと、ディアナ王女の頭から被せる。
「街の者たちに王女だとわかってしまえば、更に大きな騒ぎになります。顔を隠し、どうか、ご無礼をご容赦ください」
ディアナ王女の返事はない。自分はどう思われているのか。友好度はさがってしまったのか。不安になりつつも風間はアイアンウルフを出口に向かって駆けさせていた。




