第十話「アイアンウルフ戦2」
闘技場は満席。興奮した観客の声は、まるで地鳴りのような震動と轟音を発生させる。
その騒ぎの中心、ひと際高く設置された特設席に、ゴードたち四大将軍とディアナ王女の姿があった。
直射日光があたる観客席とは違い、特設席にいる将軍たちの頭上には屋根があり、手元には紅茶が置かれている。その紅茶を一口しながら、闘技場にふらふらと出てきた風間の容姿を見て、一番先に笑ったのが将軍ゴードだった。
続けて出てきたアイアンウルフは、ゴードたち四大将軍が戦った時と変わらない闘志をもって咆哮をあげる。それは自由を全力で勝ち取ろうとする獣の猛りだった。
「おいおい、エッガやマリアが一本取られたと聞いたから、もっと大柄な男が出てくると思ったら期待はずれだな。あの体格差じゃあ、五分ともたないんじゃないのか?」
ゴードの後ろの席にいるディアナは皆に気づかれないよう、膝の上で両手を組んで風間の勝利を祈る。エッガとマリアはゴードに何も返すことなく闘技場内を見守り、ディステルは微かに笑みを浮かべて、風間の動きを見つめていた。
そして、皆が必然的に注目する、風間が武器を選択する場面となる。
「へえ、面白い武器選択をするね。南蛮棒なんて、普通なら選ばないと思うけど」
ディステルが紅茶用のレモンを絞りながら興味深そうに呟いた。
闘技場に置いてあった南蛮棒は、用意していた数種類のなかでは戦闘に不向きと言い切れるものだった。南蛮棒は、長い柄の先に開閉式の刺叉が取り付けられていて、その開閉式の部分で標的をつかむ、いわゆる捕獲専用の道具なのだ。
「あの体格じゃあ、槌も斧も振り回せないだろうからな。アイアンウルフの弱点が足と腹だと奴が知っていたのなら、間違った選択とも言えない」
ディステルの横にいたエッガが、冷静に分析した結果を語る。続けて、エッガの隣にいたマリアも口を開いた。
「南蛮棒の開閉式部分でアイアンウルフの足をつかんで引き倒すということでしょうか?」
「私だったら引き倒すより、時間がかかっても足を切り落とす方法を選ぶけど」
「ディステルほどの戦闘力を持っているのならできるだろうが、あいつと戦った時には、パワーもスピードもあるとは思えなかった。だから、切り落とすことも、ましてや引き倒すことも無理だろうな」
エッガの追加の説明を聞いて、ディステルもマリアも闘技場にいる風間の動きを更に興味深く観察する。そこに、風間を送り届けたブリッツが到着した。これを見てゴードが、自分の隣の空いた席を引く。
「侵入者の送り出しご苦労だった。兵士に聞いたが、またあの男が騒ぎを起こしたそうだな。他の奴より先に自分を戦わせろと叫んだとか? 数日悩まされて大変だったろう。隣に座って、戦いを見ながら茶でも飲んで寛いでいるといい」
ブリッツはゴードに頭を下げてから、隣の席に座っていた。急いで駆けつけてきたため、額から汗が流れる。ブリッツは汗を手で拭うと、足りない水分を補給するように紅茶にミルクを入れて飲んだ。
ブリッツが一息入れたのを確認してから、ゴードは話しかける。
「奴の要望で武器リストを早めに渡したそうだな。その時、南蛮棒を選ぶと言っていたか?」
「えっ? いや、何も聞いておりませんが……南蛮棒ですか?」
ブリッツが闘技場を乗り出すように見た時、場内にどよめきが起きた。その理由は、アイアンウルフと風間のステータスとオッズが、大画面に表示されたからだった。
アイアンウルフのステータスは高レベルモンスターと納得しうる数値だった。
HP28000、MP350、AP(攻撃力)750、DP(防御力)850、スピード530、知力450、運250。MPと知力、運以外は500を超えるという高ステータス。更に補助スキルには物理防御とある。この物理防御のスキルこそが、四大将軍がアイアンウルフを引き倒して捕まえることしかできなかった理由だった。
この時点で四大将軍たちは、アイアンウルフの高ステータスを見て、観客がどよめいたのだと思っていた。しかし、直後に隣に表示された風間のステータスを見て、目を疑うことになる。
HP―(測定不能)、MP0、AP(攻撃力)45、DP(防御力)40、スピード28、知力999、運999。というものだった。更に、ステータスを調べたブリッツが首を傾げた風間のジョブ(職種)それが――。
「プレイヤーだと? 一体、どんなジョブだ?」
「ジョブもそうだが、HPが測定不能ということがあるのか?」
「知力と運だけが最高数値というのも、はじめて見ました」
ゴード、エッガ、マリアという順で語る。四大将軍ではディステルだけが笑みを浮かべながら紅茶を飲んでいた。
「オッズもあんな数値は、はじめてじゃない? 十万倍って……」
カップを置いたディステルは、エッガのほうを見る。まるで、あなたほどの人が一本取られた相手は誰の関心も得てないみたいね。と言うかのように。普段のディステルは多言をしない。それなのに今回は更に続けた。
「観客の関心もなく、絶対に太刀打ちできないと思われる高モンスターが相手。それなのに、アイアンウルフと顔見せして笑っているし。ますます手合わせしてみたいけど、このステータスの差だと勝つのは不可能にちかいよね?」
「何を言いたいんだ。ディステル?」
「別に……エッガも彼のこと、気にしているみたいだから」
「私があいつを気にしているだと? どこをどう捉えたら、そういう考えに至るんだ?」
「南蛮棒を短く持つ選択はどう思う?」
話をはぐらかしたディステル相手に、エッガはため息を吐いてから闘技場を見る。そこにはディステルが言った通り、南蛮棒を短く持って構える風間の姿があった。
完全に腰が引けており、誰が見ても戦闘経験者には見えないだろう。そんな滑稽な姿を見て、ゴードは豪快に笑った。
「まるでゾンビ系モンスターの構えだな。短く持てば動かしやすいとか、そんな素人の浅知恵だろう。攻撃力、防御力、スピードがフォックスバード程度の数値なら、その選択しかないとも言えそうだがな」
しかも、攻撃力45、防御力40は風間が装備している南蛮棒の攻撃力と法衣の防御力を加算している数値である。そのため、四大将軍の中では、もしフォックスバードの知力と運が最高数値だったら? という仮想がたてられていた。
「エッガとマリアの攻撃を回避した。しかも、バインドを回避したと言った。その理由が知力と運の最高値にあるというのなら、同じようなことが起きると思えない?」
戦闘民族であるディステルが辿り着いた結論。その発言にエッガとマリアが息を呑む。そして、その瞬間、争闘開始のベルの音が鳴っていた。
ベルの音が鳴ったと同時にアイアンウルフが牙を剥き、後ろ足で思い切り地面を蹴る。
その飛び出しは、すぐに530というトップスピードに達し、風間のスピードでは避けられない速度になっていた。更に、アイアンウルフは思考生物でもある。南蛮棒を短く持っている相手を前に、不用心にかみ殺そうなどという思考は持ち合わせていない。前足を大きく振り上げ、風間の頭上から振り下ろす。
ガキンッというアイアンウルフの固い装甲に覆われた右前足と、風間の南蛮棒の柄がぶつかり合った鈍い金属音のような音が、闘技場に響いていた。
「ふん……攻撃力45が、攻撃力750を相手に、正面から攻撃を受けて生きていられると思っているのか」
ゴードが鼻息を含ませた解説を加える。ゴードの予想は的中し、風間はアイアンウルフの力に負け、南蛮棒を握ったまま潰されていた。
「柄でアイアンウルフの攻撃を耐えようとしていたみたいだけど、柄も折れたら意味がないよね」
ディステルがいうように、南蛮棒の長い柄は途中で折れて転がっていた。アイアンウルフはというと、叩き伏せた風間に覆い被さって、とどめの体勢に入ったようだ。
アイアンウルフが風間の頭を咥えこむ。すると、何かが砕けた鈍い音が響いていた。誰もが、その鈍い音で確信した。戦いは終わったと。
「最期は頭を噛み砕かれて終わりか。南蛮棒を短く持っていたが、さすがにスピードに追いつけなかったようだしな。戦う者はやはり力と体力だ。知力と運だけではどうにもできんということだな。護衛兵、奴の死体を回収し、次に戦う囚人を呼んでこい!」
ブリッツの顔面は蒼白になっていた。上段に座っているディアナ王女も涙目となり、唇を震わせている。ここ数日の騒動が数分の戦いで結末となった現実。特に、風間の勝利を願っていたブリッツとディアナ王女の悲観はひどいものだった。
風間に覆い被さっていたアイアンウルフが、その場から離れる。その時だ。観客から、どよめきのような声が再びあがった。
「ふう、焦った……まさか柄が折れるとは思わなかったし。けど、うまい具合に懐に潜りこめたな。ご苦労さん。自由になった身はどうだい?」
そこが闘技場だとは思えないような緊張感のない会話。そして、その会話の主は、アイアンウルフに頭を噛み砕かれて死んだと思われていた風間だった。
「では、先程の鈍い音は、なにが砕けた音だったんだ?」
ゴードが立ち上がって声を荒げる。エッガもマリアも、そして絶望していたブリッツもディアナ王女も闘技場内を見た。当時に、観客たちも鈍い音の根源を見つけたのだろう。次々と悲鳴のような声があがった。
アイアンウルフの足元にある数個の金属片。それを全て合わせてみると、丸い輪ができるようにみえる。
「まさか……あの侵入者が南蛮棒で狙っていたのは、アイアンウルフの足ではなく、アイアンウルフにつけていた首輪だったのか!」
高レベルモンスターであるアイアンウルフを捕え続けることができていたのは、首輪があったからだった。もしもの時に首輪の内側から痺れ薬を仕込ませた針が出る構造になっていたからだ。その首輪が壊れた時、アイアンウルフはどうするのか?
「さて、それじゃあ逃げるぞ。アイアンウルフ!」
そういった風間が、アイアンウルフの背中に乗る。それが合図とばかりにアイアンウルフは咆哮をあげて駆けていた。




