【02】
「マリーナは俺を裏切った! あんな男と結婚するなんて!」
王太子キールは激怒していた。
元婚約者のマリーナが隣国で結婚したのだ。
よりにもよって相手はキールが大嫌いな隣国のガレオン。
「婚約破棄されたのはお兄さまではありませんか。マリーナ様が結婚して幸せになることの何が悪いのでしょう? 僕だってマリーナ様がいなくなって寂しいです」
第二王子ヘルムはふてくされて言った。
弟ヘルムはキールより八歳年下の十歳、遊び相手のマリーナがいなくなって残念がっていた。
するとキールはギロリと睨んで、
「余計なことを言うな! 子供のくせに、生意気な!」
「……ごめんなさい」
「マリーナは俺をバカにしたいがためにあの男と結婚したに違いない! そうでなければ出会って間もない隣国の男と結婚するはずがない!」
キールは元婚約者マリーナがまだ自分に惚れている、と思い込んでいる。
そんな自意識過剰なキールの妄言は止まらない。
「マリーナが俺に捨てられたことがそれほどまでにショックだったのなら、泣きついて俺に詫びれば良かったのだ。なにもあんな男と結婚しなくても……」
「では、マリーナ様は好きでもない方と結婚されたのですね。マリーナ様かわいそうに」
「マリーナの気持ちなど知らん。俺に恥をかかせたことが許せないと言ってるんだ」
弟ヘルムが元気よく挙手した。
グッドアイディアを思いついたのだ。
「キールお兄さま、マリーナ様を隣国に迎えに行ってはどうでしょう?」
「は?」
「マリーナ様は好きでもない方と望まぬ結婚をされたわけですよね? キールお兄さまのために」
「そうに決まってる」
「でしたら、お兄さまが迎えに行けば戻って来てくれるのではありませんか?」
「なるほど、俺が迎えに行き、俺を忘れられないマリーナが俺の胸に飛び込む。そして『本当は戻りたい』と俺にすがりつく。俺は寛大な心でそれを許してやる」
一度でも自分に惚れていた女性は、ずっと自分に惚れている。
そんなわけないだろうと普通なら気づくはずだが、キールは気づけない。
「かわいそうなマリーナ様をお兄さまが救い出してあげるのですね!」
「あの生意気な隣国のガレオンの鼻を明かすことができる、いい案だな」
「そうでしょ! そうでしょ!」
「マリーナは口うるさい女だが使い道はある。戻ってくる場所さえ与えればマリーナは泣いて喜ぶはずだ」
「では、すぐに迎えに行きましょう!」
「さすが我が弟ヘルムだ、賢いな」
「えへへへ」
と、照れ笑いする弟ヘルム。
無謀な計画を立てるキールを、家臣たちは誰も止めることができない。
すると、一番年若い家臣が意を決して一歩前に出た。
「恐れながらキール殿下、隣国との争いになるような行動はお慎みください」
かつての婚約者は、いまや隣国の姫だ。
今までのように一方的な態度で接してよい相手ではない。
それなのにキールはまだマリーナなら自分の思い通りになると考えている。
「隣国からは来月『サツマイモ』を輸入する手はずになっております」
「そんなものが無くても我が国は困らない」
「今回は輸入だけではなく同時に『サツマイモ』の苗も受け入れる手はずになっております。マリーナ様が我が国でも栽培を始めたいと進められた計画です」
「立場をわきまえろ、お前ごときが俺に反論する気か?」
若い家臣が深々と頭を下げる。
「私の生まれ故郷は辺境で、作物の育ちにくい土地です。マリーナ様はそんな我々に生活の糧を与えようとお考えになって計画を準備されました。私の両親も苗が届くのを心待ちにしています」
若い家臣の故郷は川から遠く離れた、乾いた土地にあった。
水路が少なく土も乾きやすいので育てられる作物は限られていた。
そのため冬は、家族で少ない食べ物を分け合って過ごしていた。
サツマイモなら乾いた土地でも収穫できるし、長期間の保存も可能。
冬にひもじい思いをすることも無くなるだろう。
「飢えに怯える国民を、マリーナ様が救おうと準備された計画です。この機会を無駄にしたくないのです。なにとぞ隣国との揉め事はお控えください」
「隣国のガレオンに借りを作るようなマネはしたくない。計画は中止だ」
「……本気でおっしゃっているのですか? 飢えに苦しむ人々を憐れには思わないのですか!?」
「そんな土地に住み続ける方が悪い。価値のない土地など捨て置けばいい」
若い家臣は思わず拳を握り締めた。
相手が王族でなかったら殴り掛かるところだった。
「生まれ育った土地を捨てろ、とおっしゃるのですか?」
「気に入らないならどこかへ移り住め。民はそんな簡単なことも分からないのか?」
若い家臣は大きなため息をついた。
自分が仕えている王族が、国民をどう見ているかが分かってしまった。
真面目に奉仕するのが心底バカらしくなった。
若い家臣は一礼すると、キールに背を向けて出て行った。
生まれた国を捨て、別の国に移り住む覚悟を決めたのだ。
すると、他の家臣たちも続いてゾロゾロと部屋から出て行った。
部屋に残ったのはキールと弟ヘルムの二人だけ。
幼い弟ヘルムは状況がわかっていなかった。
「お兄さま、みんなどこに行ったのでしょう?」
「知らん。ヘルムが気にすることはない、家臣などいくらでもいる」
キールは自信満々に宣言する。
「待っていろ、マリーナ! ガレオンから奪い返してやる!」
一方その頃、マリーナはサツマイモ畑にいた。
ガレオンとの新婚旅行の真っ最中である。
【続く】
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