【01】
「王妃候補ならできて当たり前です」
「この程度で満足してはいけません」
「役に立たなければ捨てられますよ」
できたことよりも、できないことを責められる。
努力をして王太子の役に立たなければ捨てられる。
マリーナ・ドレイクは役に立たない人間は無価値だと徹底的に教え込まれた。
六歳の時に婚約が決まってから「王妃候補」としてマリーナは生きてきた。
朝から晩まで王妃教育のため、遊びも恋も諦めてマリーナは努力を続けた。
だから、婚約破棄を言い渡された時は何かの間違いだと思った。
「マリーナはいつも自分が正しいと思っている。俺の言う事にいちいち文句をつけて従おうとしない。それが気に入らないのだ」
「私は意見を伝えているだけです」
「意見など求めていない。マリーナは王妃にふさわしくない。だから君との婚約を破棄する」
言いたいことは山ほどあった。
それでもマリーナが何か言えば、また『そこが気に入らない』と言われるだけだ。
もう何を言っても無駄だとマリーナは理解していた。
ただ、今まで自分がやってきた仕事はどうなるのだろうか?とは思った。
「公務の引継は必要ないでしょうか?」
「そんなもの要らない。早く荷物をまとめて出て行ってくれ」
親同士が決めた縁談とは言え、マリーナはキールを愛していた。
時間がかかっても、徐々に心を通わせ、夫婦二人で愛し合える日がきっと来る。
そんなバカげた事を夢見ていた自分が情けないと思った。
◇
マリーナの婚約者である王太子キール・ヴォーガンは間違いを指摘されるのが大嫌いだ。だから自分に対して意見する家臣を全員クビにした。キールの周りにはイエスマンしか居なくなった。
『キール王子に意見できるのはマリーナ様しかいないのです!』
家臣に泣きつかれたマリーナは憎まれ役を引き受けた。
思いつきで事を進めるキールを諫めるのがマリーナの役目だ。
それだけではない。
キールは要らぬ発言でトラブルを起こす事もあった。
ある晩餐会で、隣国の名物を使ったスイートポテトが振る舞われた。
キールは皿の料理を見るなり鼻で笑った。
「この俺に芋を食わす気か?」
隣国の王子ガレオン・バルワークがムッとした顔で答える。
「ただの芋ではありません。これは乾いた土地でもよく育つ『サツマイモ』です」
「芋には変わりないだろう? こんな田舎臭い食べ物を晩餐会で出すとは驚きだ」
周囲にいた人々も顔を見合わせる。
甘いサツマイモを蒸してバターや卵と混ぜ合わせたスイートポテト。
見た目はキレイなデザートでも、中身が庶民の食べ物『芋』ならば晩餐会には相応しくないと言われてもし仕方がない。この料理をおいしいと言ってしまえば自分まで田舎臭いとバカにされるかもしれない。皆、周囲の様子を伺って皿のデザートに手を付けられない。
せっかく名物を用意したのにガレオンは立場がない。
すると、キールの隣に座っていたマリーナがデザートに口を付けた。
一口食べると目を輝かせて言う。
「こんなに美味しい物を今まで食べた事がなかったなんて私、人生を損しておりましたわ!」
キールはギョッとする。自分の婚約者が田舎臭い食べ物を絶賛しているのだ。
マリーナは満面の笑みでガレオンに話しかける。
「この作物を国を挙げて研究し、生み出したのはガレオン様だと聞いております。領地を愛し、大切に育てられたガレオン様の成果なのですね」
「よく知っていますね、隣の国なのに」
「この名物、私の国でも是非輸入させて頂きたいですわ。こんなに美味しいものを私たちだけでいただくなんてもったいないですもの」
すると、客人たちが次々に手を挙げた。
「我々の国でも輸入させていただきたい」
「乾いた土地でも育つ作物は貴重ですわ!」
マリーナの手助けもあり、隣国の名物は世間に認められた。
この一件でガレオンはすっかりマリーナの虜になっていた。
◇
婚約破棄から数日後。
マリーナは歩いて隣国との国境に向かっていた。
本来なら実家に戻って次の結婚相手を探すはずだった。
しかし、家に戻る前に両親から手紙が届いた。
『キール殿下との婚約を失った以上、ドレイク家にとってマリーナを置いておく理由はない』
『王家との関係をこれ以上悪化させないためにも、国外の領地へ移り住むこと』
役に立たない娘は家に帰ってくるなということだ。
事実上の追放。
王妃候補に選ばれた時は「自慢の娘」だと街中に言いふらしていた。
顔も知らない親族に手紙を出してまで自慢していた。
それなのに顔すら見せずに娘に絶縁状を叩きつけるとは薄情な親だ。
とは言え、これで晴れて自由な身である。
マリーナを縛るものは無くなった。
せっかくだから眺めのよい宿を探して、名所を訪ね歩きたい。
王妃教育のおかげで読み書きはできる。
隣国の人々の好みを調べて自分で商売を始めてみるのもいいかもしれない。
マリーナがワクワクしながら歩いていると、急に声を掛けられた。
「止まれ!」
黒い髪、碧色の瞳、背が高く、鍛えられた身体。
隣国の王子ガレオン・バルワークが立っていた。
なぜ、一国の王太子が、こんな場所に?
「ガレオン殿下?」
するとガレオンはマリーナの身体をひょいと肩に担いでしまった。
父親に担がれた幼子のように身動きが取れない。
「ちょっ! 何をなさるのですか!?」
マリーナは両手両足をバタつかせて訴える。
ガレオンは背が高く、体つきもガッチリとたくましい。
非力なマリーナの抵抗ではビクともしない。
ガレオンはマリーナを肩に担いで歩いて行く。
「放してください! どこに連れて行く気ですか!?」
ガレオンに連れていかれた先には馬車が用意されていた。
移動中も近衛兵が周囲を取り囲み、逃げる隙はなかった。
マリーナは成す術もなく王宮へ連行された。
◇
案内されたのは隣国の王宮だった。
丁寧な装飾が施された家具、天井に届かんばかりの花々が出迎えてくれた。
どういう訳かマリーナ専属のメイドまで待ち構えていた。
言われるがまま身支度を整え、呼び出されたガレオンの部屋へ向かう。
「手荒な真似をして悪かった、まずは座って欲しい」
「これは、どういうことでしょう?」
「うむ、実は……」
すると、突然扉が開いた。
慌てた様子の家臣が息を切らして入ってきた。
「隣国の王子キール殿下が激怒していて、このままでは争いに発展しかねない状況です」
「キール殿下は何を怒っているんだ?」
「それが、その……」
家臣がマリーナをチラチラと見る。
(まさか、キール殿下は婚約破棄したはずの私を返せと言ってるのかしら?)
家臣が地図を広げる。
ガレオンがマリーナにも見える様に大きく地図を開く。
「隣国と我が国の間には同じ川が流れております。最近その水量が減っているそうなのです。上流は我が国が管理しており、キール殿下は『我が国が水を止めているのでは?』と疑っているようなのです」
「なにか証拠があるのか?」
「ありません。しかし無実だと説明してもキール殿下は納得して下さらず、このままでは争う事も辞さないと申されています」
マリーナは黙ったまま地図を眺めている。
それに気づいたガレオンが尋ねる。
「マリーナ、何か気になるか?」
「……本当に『水が減った』のでしょうか? キール殿下は恐らく『下流に住む人々』からしか話を聞いていません」
マリーナが地図を指さしながら、説明を続ける。
「この地図は最新のものではありません。いまの川の流れは変わっています」
家臣の地図は、領地内は正確に描かれていた。
しかし、隣国までは調べる事が出来なかったのだろう。
古い情報のままで川の流れが描かれていた。
「恐らくですが川の流れが変わったので新しく農業用水路を作ったのでしょう。それが下流の水を減らす原因になっているのだと思います」
調査すると本当に水路の問題だった。
国内の状況を調べる事もせず、隣国にケンカを売ったキール。
それは瞬く間に広がりキールの無能さが世間に知れ渡ることになった。
◇
「マリーナのおかげで大事にならずに済んだ、ありがとう」
「お役に立てたのでしたら何よりです」
「君はいつも自分が役に立ったかどうかを気にしている。役に立たなければ価値がないと思っているのか?」
「役に立たない人間に価値などありませんから」
「君を迎え入れたのは『役に立つから』ではない」
「?」
「ただ側に居て欲しい、何もしなくても君はここに居て良いんだ」
マリーナは幼いころから『役に立たない人間は無価値』と教え込まれた。
役に立たなくても居て欲しい、などと言われたことがなかった。
自分をそのように見てくれる人がいるだけで嬉しかった。
「身一つで出てきた私を助けて頂いて感謝しております。いろいろとお心遣いいただいてありがとうございました。そろそろ私は王宮から出て行こうと思います」
「出て行く!? なぜだ!? 何が気に入らない?」
「街に出て働きます。いつまでも王宮にお世話になる訳にはいけませんもの」
ガレオンがガックリと肩を落とす。
「すまない。私がハッキリ伝えていないのが悪かった」
「?」
「一度しか言わないからよく聞いてくれ」
ガレオンが顔を真っ赤にして口を開く。
「私と結婚してくれないか?」
しばしの沈黙。
それからマリーナはクスクス笑い出した。
勇気を振り絞ったガレオンはなぜ笑われたのか分からない。
「どうして笑うのだ? なにもおかしな事は言っていないぞ」
「ガレオン様は冗談がお好きなのですね。私は婚約破棄されたのです。捨てられた私と結婚したいだなんて考える人はおりません」
「君が婚約破棄されたと聞いた時、これは運命だと思った」
◇
ガレオンには婚約者がいなかった。
周囲から女性を紹介されることはあったが相応しい女性に出会えない。
紹介された令嬢たちは『アレも買いたい』『コレも欲しい』と自分のことばかり話す。
国の将来を語り合いたいガレオンは、正直うんざりしていた。
そんな時に隣国でマリーナに出会った。
こんなに聡明な女性がいるのかと驚いた。
何をしてでも、彼女を自分の隣に迎えたいと思った。
しかし相手は隣国の王妃候補。想い焦がれても、どうする事も出来ない。
そんな時にマリーナが婚約破棄されて自由の身になったと聞いた。
マリーナを見つけた時、ガレオンは思わず我を忘れた。
あまりにも焦って誘拐するような行動をしてしまったのだ。
ほどなくして、マリーナとガレオンの結婚式が開かれた。
マリーナが幼いころから夢見ていた結婚式。
「病める時も健やかなる時もガレオン・バルワークを愛し、敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
こうしてマリーナは隣国で結婚式を挙げた。
しかし、それを知った元婚約者キールが黙っているはずもなかった。
【続く】
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