【03】
「見渡す限りの芋畑! まるで宝の山ですわ!」
サツマイモ畑には大地を覆う青々とした葉が生い茂っている。
マリーナとガレオンは新婚旅行中である。
嬉しそうにはしゃぐマリーナだが、隣にいるガレオンは渋い顔をしている。
新婚旅行なのだから、のんびり遊べる避暑地はどうかと提案した。
しかしマリーナがどうしても見たいと言うので、この地を選んだ。
「あちらの畑の芋も見たいです!」
「マリーナ、少しだけ良いか?」
「なんでしょう?」
「今日は『新婚旅行』だ、私も一緒にいるのだということを忘れないでおいてくれ」
つい好奇心が上回って畑を歩き回ってしまった。
マリーナはハッとして非礼を詫びる。
「すみません、ガレオン様の貴重なお時間を頂いて感謝しております。時間を無駄にしないためにも有意義な視察旅行にしなければなりませんね」
「違う、そうじゃない」
「え?」
「私はマリーナと甘い時間が過ごしたいんだ」
ガレオンは『仕事をしてほしい』わけでなかった。
異国に嫁いだマリーナは弱音ひとつ吐かない。
夫である自分に対してまで、いつも礼儀正しく、どこか他人行儀だ。
「私と過ごす時間は、それほど退屈か?」
「そんな事はありません」
「でも君は私より芋を見ている」
ガレオンは結婚を急ぎすぎたかもしれないと不安になっていた。
婚約者と別れたばかりのマリーナ、簡単に気持ちの整理がつくものだろうか?
「マリーナが結婚したのは、他に行く場所がなかったからではないかと思うことがある」
「私を迎え入れて下さって嬉しく思っています。だから、お役に立てるようになりたいのです」
ガレオンがマリーナを引き寄せる。
抱き寄せられたマリーナは身動きが取れなかった。
「そんなことをしなくても、私はマリーナを愛している」
「私は役に立たない人間は価値が無いと言われてきました」
「そんな戯言は忘れていい」
「……」
マリーナは黙ってうつむく。
今までそう言われて育ってきた。急に忘れろと言われても難しい。
「私はマリーナがいるだけで嬉しいんだ」
「でも、役に立たなければガレオン殿下に嫌われてしまうのではないか。そう思って不安なのです」
「役に立とうなど思わなくていい、君が居れば私は幸せなんだ」
マリーナは今まで役に立たない人間に価値はないと教えられてきた。
だから、そんな事を言われてもどうしていいか分からない。
「では、私は何をすればいいのでしょう?」
「こうしていればいい」
ガレオンがマリーナを抱き寄せる。
頬を赤らめた彼女にガレオンが口づけようとした。
その時。
「マリーナに触るな!!」
と、明後日の方向から声がした。
マリーナは声の主が、元婚約者キールであることがすぐに分かった。
(キール殿下!? どうして、こんな場所に?)
畑の向こう側に鬼の形相でキールが立っていた。
「キール殿下、どうなさったのですか?」
「いいから、マリーナから手を離せ!」
キールは畑を踏み荒らしながら近づいてくる。
マリーナはキールが何をしに来たのだろうと思った。
やっとマリーナの元に辿り着いたキールは手を差し伸べて言った。
「マリーナ、迎えに来てやったぞ」
マリーナはポカンとして意味が分からない。
「あの、どういうことでしょうか?」
「俺が助けに来てやったのだ」
キールは、自分を魔王にさらわれた姫を救いに来たヒーローだと思っている。
だが実際には元婚約者の新婚旅行に突如現れた不審者でしかない。
マリーナはキールの突拍子もない申出に言葉が出ない。
「俺の気を引くために望まぬ結婚をしたのだろう?」
ガレオンの表情が曇る。
確かにマリーナは結婚を受け入れてくれた。
でも、いつまで経っても他人行儀で心を開いてくれない。
キールの言う通り、マリーナも本心では結婚したくなかったのかもしれない。
「俺に婚約破棄されて行き場を失った君は、仕方なくガレオンとの結婚を選んだに違いない。でも、もうそんな演技はしないでいいのだ」
キールが哀れんだ目でマリーナを見つめる。
手を差し伸べて、優しく語りかける。
「さあ、共に国に帰ろう」
ガレオンの後ろにいたマリーナが一歩前に出た。
キールは、自分の考えが正しかったのだと確信を持った。
やはり彼女は俺を忘れられず待っていたのだ。
キールが勝ち誇った笑みを浮かべた、その時。
『バチンッ!』
キールの顔面に平手打ちが炸裂した。
マリーナがキールに思いっきりビンタしたのだ。
「な、なにをする!? 無礼な!?」
キールは叩かれた頬を抑えてうろたえる。
「無礼なのはキール殿下です」
「は?」
マリーナは手を振り上げて構える。
「ガレオン殿下は私の大切な夫です! これ以上、侮辱するならこんなモノでは済ましません」
マリーナの剣幕にキールは戸惑う。
迎えに行きさえすればマリーナは泣いて喜ぶ。
連れ帰ってガレオンに恥をかかせてやると思っていたのに。
「き、君は本当にマリーナなのか? 今までのマリーナなら俺にこんな事できなかったはずだ!」
「昔の私ならキール殿下の手を取って喜んで帰っていたでしょう」
「そうだ! この俺が君を求めているのだぞ?」
「キール殿下の役に立たなければ居場所はない。私にはそれしか生きる道がないと思っていました」
「そうだ、だから俺が迎えに来てやったんだ」
「それが間違いだと気付いたのです」
マリーナがガレオンを見つめる。
「ガレオン殿下は私に居場所を与えて下さったのです。私はもう、この場所を離れたくありません」
泣いて喜ぶと思っていたマリーナから拒絶されてしまった。
フラれてしまったキールは顔を真っ赤にして訴える。
「ガレオンの戯言に騙されるな! マリーナを本当に愛しているのは俺だ」
「キール殿下が愛しているのは私ではなく、ご自分だけでしょう?」
「違う! 俺はマリーナを愛している」
「では今すぐお引き取りください。私を愛しているというなら、私の幸せを願ってください」
「ダメだ! ガレオンには渡せない。マリーナは俺の側にいるべきだ」
マリーナはため息をついた。
ひょっとしたらキールが本当に自分を愛していたのでは?と一瞬だけ思ったが、違ったようだ。
「私を連れ戻したいのは、ガレオン殿下に負けたくないからなのですね」
「!」
キールは本心を見透かされてドキリとする。
何か言い訳をしないと、と必死になって。
「そうじゃない! 俺はマリーナを王妃にしたいと思ったから迎えに来たんだ!」
「王妃にふさわしくないと言ったのはキール殿下です。その判断が間違っていたと、自ら認めるのですか?」
「……」
「今さら私に王妃になってくださいなんて、ご冗談を」
撃沈したキールが背を向けて帰って行く。
遠のいていく背中を見ながらマリーナはようやく安堵の息を吐いた。
ガレオンが心配して声を掛ける。
「マリーナ、大丈夫か?」
「はい、お騒がせして申し訳ありません」
マリーナが恥ずかしそうにモジモジする。
「……あの、ガレオン殿下。先ほどの続きをしませんか?」
「続き?」
「……その、邪魔が入ってしまいましたし……」
マリーナが頬を赤らめる。
ガレオンは嬉しそうに微笑んだ。
そう言えば、マリーナに口づけをしようとしていたのだ。
「もちろん」
キールは何度も振り返りながら、畑の向こうへ歩いていた。
二人が再び口づけようとしているのが見える。
キールは我慢できなくなった。
「待てええええっ!」
遠ざかっていたキールの叫び声が響いた。
マリーナが呆れたように答える。
「……まだいらしたのですか?」
「俺の前でいちゃつくな! 気分が悪い!」
「それなら早くお帰り下さい」
「ぐっ……!」
キールは言葉に詰まった。
マリーナはガレオンの腕にそっと寄り添う。
「ガレオン殿下、行きましょう。あちらの畑も見てみたいのです」
「ああ、今度こそ二人でゆっくり過ごそう」
二人は手を取り合い、仲睦まじく歩き始めた。
「ま、待て! マリーナ!」
キールの叫び声が青々とした芋畑に響く。
しかし、マリーナはもう振り返らない。
今の彼女には、キールよりも気になるものがあったからだ。
「ガレオン殿下、あの畑にはどんな芋が植わっているのでしょう?」
「……また芋か」
「はい!」
マリーナは愛する人と共に歩き始めた。
【終わり】
3話で完結です。最後まで読んでいただいてありがとうございました。




