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「予約って……。ディオンは俺と同い年の二十歳だ。まだ新人の部類なんだから無理に決まってるじゃないか」
王太子は一笑に付す。
魔導士は当然魔力があって魔法が使える人種だ。素質が全てと言っても過言ではなく、努力だけでなれるものではない。なので騎士に比べて圧倒的に間口が狭く、数も少なく貴重である。だから王族としての公務が始まる十歳から、ようやく専属護衛を一人付けられるのだ。
「……それにな、あいつは俺の側近候補だったんだ。だから国立学園時代は側に置いていたんだが……」
「ずるい! じゃあ彼はヴェルトお兄様の私的護衛なの!?」
「話を聞け! だった、と言ってるだろう!」
王太子は詰め寄る妹の額を人差し指で軽く押し、彼女の動きを制した。
「在学中に私の補佐官にならないかと、打診したら辞退された。結構粘ったんだけどね」
「まあ、ヴェルトお兄様、可哀想。振られたのね」
「憐れむな! 固辞する理由を聞いたら魔導団に就職したいからだと」
「王族の側近は名誉ある事なのに、それを断られるなんてヴェルトお兄様、実は嫌われていたとか?」
「気の毒そうな顔するな! 違うわ!」
王太子が感情を露わにする事は少ない。次期国王としての教育がそうさせているのだ。それがこの年の離れた異母妹に対しては、ぽんぽんと言葉の応酬を交わし、まるで笑いの寸劇のようだ、とヴェルトの護衛たちは彼の背後でほのぼのとしている。
「『とても光栄なお話ですが、実績もない一介の魔導士を側近にされるのは殿下にとって利があるとは思えません』__って、断られたんだよ! 俺の護衛魔導士は無理だから、側近に望んだのに!」
「やっぱり上手い事、逃げられてるじゃない」
「違うって! 父親が宮廷騎士団長だから、コネだと噂されるのを嫌ったんだよ!」
メイシェルは宮廷騎士団長を思い出す。口髭を蓄えた厳つい顔の渋めのおじ様だ。父王の近衛騎士でもある。
「お顔は確かにディオン卿に似ているわね」
「……言ってやるな。魔導士らしくないって、ディオンは劣等感があるんだから」
「? 顔と魔力は関係ないんじゃない?」
「そうなんだが。ほら、魔導士って男女とも華奢で涼しげな顔をしてるのが多いだろ? ディオンは自分の暑苦しい顔が嫌いなんだ。魔導士である母親は柔らかい面立ちだから余計に」
「そう言えば、王妃様の護衛魔導士も優しげな女性ね」
王妃、すなわち王太子ヴェルトの実母である。
「彼女の母親は母の初代護衛だった。引退してその娘が後を継いだんだ。母娘よく似ている」
縁故採用になるが、実力もさる事ながら信頼関係も重要だ。前任の娘なら信用できる。
「じゃあやっぱり信頼できるディオン様にお願いしたいわ! 彼は魔法で私を地面に下ろす事もできたのに、誰よりも早く駆けつけて受け止めてくれたのよ!」
妹は目を輝かせている。余程頼もしかったのだろう。
ヴェルトは父と共にディオンから顛末の詳細を聞いた。
宙に放り出されたメイシェルを防護壁で包んで落下速度を落としたものの、このままでは地べたに尻餅を突かせてしまう。王女をそんな目に遭わせてはならぬ!と咄嗟に自馬に加速魔法を掛けて、なんとかギリギリ間に合ったとか。
ヴェルトは国王と目を合わせる。
(メイシェルは泥が付いたって気にしないのに)
二人の気持ちは同じだった。
『近道だから!』と言って庭園の垣根の隙間を這うような娘なのだ。
「メイシェル王女は少々手荒にしたってかま」
「陛下!!」
ヴェルトは慌てて父親の“かまわない”を遮る。まだ公事に参加していない第五王女の本性は、まだ外部にはバレていない。呆れの本音が出たのだろうが、その言い方では“王女は蔑ろにされているのでは?”と誤解を招く。案の定、ぴくりとディオンの片眉が僅かに上がった。
(そら見ろ! 不信感を抱いたぞ!)
「あー、メイシェルは丈夫なんだ……」
ヴェルトは言ってからフオローになっていないと気が付いたがもう遅い。丈夫の意味は!? 真意がディオンに伝わっているとは思えない。
「……ヴェルト殿下?」
(やめろ、疑いの目で見るな! 俺は異母妹いじめなんかしていない!)
口に出すと余計抉れそうだったから言葉を飲み込む。
「とにかく王女が無傷で助かった。褒めてつかわす」
国王が威厳を取り繕った声で締めれば、ディオンは神妙な顔で「ありがたき幸せ」と定型文で返す。謁見の間から退室する際に、チラリと向けられた視線にはどんな意味がある?
(あんな幼い少女を虐げているのか? と問うているのではあるまいな!?)
__友人の誤解を招いたかもしれない。
ヴェルトはそれらのやり取りを思い出し、お花畑な目の前の元凶を苦々しく見つめた。それから案外悪くないのでは?と考え「ふむ」と顎に手を当てて思案するのだった。
「……父上、メイシェルの護衛魔導士にディオン・マキャラバンを推薦したく、ご相談に参りました」
多忙な国王の空いた時間の隙を狙ってヴェルトは父親の執務室を訪れた。人払いをしてもらい、今は父と息子、二人きりである。
「彼を推薦? まあお前が側近に欲したくらい、優秀な人物であるとは聞いているが……」
国王は訝しがる。
「王族の専属護衛魔導士は、王立魔導団勤続五年以上の人物が選ばれるのを承知の上です。でもあくまでもそれは慣例で、明文化されているわけではありませんよね」
「ああ、だが魔物退治に不穏分子の制圧、潜入捜査、それらの経験を積むのに五年は修行期間だろう。護衛騎士も同様だ。安定した人物を求めたら当然の目安だ」
「それは重々承知の上での提案なのですが、……メイシェルの護衛騎士を差し置いての保護実績は十分採用理由になります。騎士を撒く事に長けているメイシェルに対し、探索魔法を得意とするディオンは最適だと考えたのです」
国王は眉間に皺を寄せて、こめかみを押さえる。
「あいつは……城内にいるのならまだしも、城下町まで出るからな……。護衛の職務怠慢とも言えないしな」
メイシェルは持ち前の好奇心で城内の隅々まで探検をして、城壁から向こうに抜ける隠し路をいくつも探し当てているのだ。それを知った時は国王も驚愕した。自身も少年時代は城の探検をしていたが、専ら厨房やら洗濯場やら、王族が立ち入る場所でないところである。その上をいくのが、自力で隠し路を探し当てた、まだ年端もいかぬ娘だったのだ。たまたま王太子が、自身の執務室にある隠し通路にメイシェルが入る現場を目撃して、国王に知られる事になった。本来なら成人の儀を終えた時点で王族のみに伝えられる逃亡用通路である。
……“他言無用の王家の秘密”だと、厳しい顔をして言い含める両親の剣幕に慄いた、まだ七歳だったメイシェルに“これは大変な事で、人に知られてはいけない秘密なのだ”と理解する利発さがあって良かった。彼女は“私だけの冒険通路”と呼んで、秘密にして誰にも告げず、誰にも目撃されていないのが幸いだった。
「完全に人目を縫い潜っていますよね。今回だって王太子の執務室から厩舎の飼料部屋に続く隠し路を使ったものではありません。おいたがバレて懇々と説教された以降は、おそらく城下町に続く路しか使っていません」
それもいかがなものか。城内から城下に抜ける隠し路は幾重にも中継点を設け、フェイクの出口さえ用意されているのだ。彼女はそれらを把握している。全く、王女が町娘の服をどこで調達してどこに隠しているのやら。いくら顔が公になっていないとは云え、美姫と名高いケリー妃と美男な国王との娘である。美少女が街をふらふらするだけで誘拐対象だ。
国王が「城下町に行く時は必ず許可をもらい、護衛騎士と侍女を同行させる事」と命じたものの、メイシェルが守っているかどうかは把握できない。普段のお忍びはちゃんと報告して厳守しているようだが、ひと月に数度はふらっといなくなり、数時間後城内で見つかるのだから疑いも当然である。
「今後、公務の慰問活動などで顔も知られるでしょう。はっきり言ってメイの“公務が始まれば大人しくする”発言はとても信用できません。私たちはこれ以上彼女に出し抜かれるわけにはいかないのです」
王太子が言い切った。




