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第五王女と専属護衛魔導士  作者: 日和るか


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「きゃああああああ!! 助けてえええ!!」


「姫様ああああ!!」


「しっかり捕まっていてください!」


「メイシェル様! 振り落とされてはいけませんぞ!」


 暴走する馬の背中に必死でしがみついて叫び続けるメイシェルに近付こうと、騎乗の護衛騎士たちが必死の形相で後を追う。

 少女を乗せた黒毛の馬はそんなに大きくはない。しかし駿馬である。なかなか追いつけない。


「誰かああああ!!」


 サラサラとした長い黒髪を乱し絶叫するメイシェルの目は、恐怖で固く閉じられていた。やがて黒いたてがみを握っている手が緩む。


「きゃあああああ!!」

 

 とうとう力尽きた少女の軽い身体が宙高く放り出され、悲鳴が上がる。


「姫様あああああ!」


 もう駄目だ。命が無事でも大怪我は免れない。しかし、そのまま地面に叩きつけられるかと思った小柄な身体は、ゆっくりと宙を舞う。


 衝撃を覚悟したメイシェルの身体は、勢いなく落ちてゆき、誰かの腕の中にすっぽり収まった。


(助かったの……?)


 メイシェルが恐る恐る目を開くと、明るいオレンジブラウンの髪に青灰色の瞳、キリリとした眉を持つ彫りの深い顔の青年が、難しい表情をしていたけれど、それを崩し安堵の溜息を吐いた。


「王女殿下、ご無事で良かった……」


(……誰?)


 自分の専属護衛ではない。……でもこの人が助けてくれたのだ。がっちりとした腕の中にいる、この安心感ときたら……。


(かっこいい……)


 __メイシェル・クランレーソン。レーソン王国第五王女、九歳。

 恋に落ちた瞬間であった。





「おまえは何をしているのだ! 一人で勝手に馬に乗るなんて!!」


「だってえ、ノワールが座ってたんだもん! ちょっとじゃれただけなのに立ち上がっていきなり走り出したのよ!」


「驚かすからだ! 馬鹿者!!」


 メイシェルはしこたま父親に怒られた。


「無事だったんだからいいじゃない」


 口を尖らせるメイシェルに、「もし無事じゃなかったら、馬丁が罪に問われて死罪になるところだよ? ノワールだって殺された」と、五歳年上の第三王子ジョイが嗜める。

 厩舎での騒ぎを伝えられ、ジョイが急いで駆けつけた時には、メイシェルが無事に帰ってきたところだった。そしてそのままメイシェルは父に呼ばれ、一人で叱責を受けるのが嫌な彼女がジョイの服を離さなかったため、仕方なく保護者面で付き添ったのだ。

 

「……え、そんな……」


「今回メイに付いていた護衛たちは、罰を受けるな」


「やめて! 私が勝手に無茶したんだから!」


「メイシェル、もうおまえも大きい。王族の身に何かあれば、護衛周りも連座で処罰になる事があるのだ。いい加減理解して、お転婆も大概にせよ」


「……分かりました。申し訳ありませんでした。父上」


 珍しく鎮痛な顔で頭を下げている王女に安心し、国王は「うむ」と鷹揚に頷く。


(これでこの活発すぎる娘が多少でもお淑やかになればいいのだが……)

 と考えながら。


「ところで」

 謝罪は済んだとばかりに顔を上げたメイシェルは、もうけろりとしている。


(これは駄目だ……)


 国王は第五王女の本質を思い出し、いつまで大人しくしていられるか不安になるのだった。無理矢理メイシェルに同行させられたらしいジョイは、我関せずの顔をしていた。


「私を助けてくださった騎士様は誰ですか!?」

 メイシェルは目を輝かせている。


「ああ、ディオン・マキャラバン。マキャラバン伯爵家の長男だ。騎士ではない。魔導士だ」


「ええっ? いかにも〈戦士です〉みたいなあの顔と筋肉で!?」


「筋肉って……」

 ジョイが苦笑する。


「まあ顔は……、ほら、あの厳つい宮廷騎士団長の息子だからな。だが王立魔導団員の母親に似たようで魔力が高いため、魔導士の道に進んだのだ」

 父親の説明にメイシェルは訝しげである。

「髪も短かったわ。魔導士は長髪でローブ姿と決まっているのではないの?」


「長髪は偏見だ。魔導ローブ着用は職務中や公的な場合だけで、普段は“魔導士である”と匂わせない服装をする者も多いんだぞ」

 

「ディオン卿は普段着だったのね。……あら? でも剣を持ってたわよ? 魔導士なんでしょ?」


「宮廷騎士団長の息子だからな。子供の頃の訓練で剣技の基礎はできているから、帯剣の許可は出しておる。私的だからこそ、登城にあたって父親に配慮して体裁だけ騎士っぽく整えているらしい」


 そして国王は溜め息を吐いて、「臣下でさえ親に気を遣うというのに、王女のおまえときたら……」とメイシェルをじっとり見たが、彼女は「陛下は母ケリーの天真爛漫さをお気に召していると評判ですわよ」と大人びた口調で応えた。


 ジョイが吹き出す。

 国王が『第三側妃はクーロラメテル神聖公国のケリー第二公女を望む』と周囲を押し切った話は、宮廷内で語り草になっているのだ。


「政略的に王妃、第一、第二側妃を迎えた父上が、ようやく自身の希望を言えたんですよね」

 第二側妃の息子であるジョイの揶揄いに、国王は咳払いをして居住まいを正す。


「天真爛漫とお転婆は違う」


 真顔で何を言うかと思えば。


 近衛騎士や近習は心の中で、第三側妃お迎えのごり押しは否定しないのだな、と事実を再確認しただけであった。


 クーロラメテル神聖公国は小さな独立国だ。ただ、王族やその傍系に、大地の活性化や作物の成長を促す神聖力がある。国を守護する豊穣神の加護だ。神聖力の高いケリー公女は神殿に仕える聖女で、有能な娘を国外に出したくない大公は、いずれは自国の有力貴族に降嫁させるつもりだった。そこに横槍を入れられ、『大国とは云え側妃になど』と難色を示したのは当然である。

 しかし当時のレーソン国のロビット王太子に(ねが)われ、ケリー公女自身が『両国の架け橋になりたいわ』と乗り気になり、結局大公殿下が折れた。



 穏やかでおっとりしたケリーから産まれたメイシェルだが、活発で動き回るので侍女がしょっちゅう探している。


「幼女ならまだ足も遅いし知恵もないから微笑ましかったが。もうそろそろ落ち着かないものか。護衛騎士まで撒くとはどんな悪知恵だ。困ったものだ」


 国王がケリーに愚痴を言うも「あれがあの子なので仕方ないですね」と、第三妃は大らかな返答である。





「はあああ、しばらく大人しくしないとね」


 近々、年に一度の国王主催の剣技大会が行われるので、どこの騎士も気合いが入っていたし、何となく王城自体が浮き足立っていた。

 その隙を突いて厩舎に忍び込んで起こした騒動で、メイシェルは五日間の謹慎生活を言い渡された。


 軟禁状態の末っ子のメイシェルの部屋には、兄姉たちが入れ替わりやってくるから退屈はしない。



「全く。おまえの護衛騎士の変更が検討されているぞ」


 公務の合間に訪れた王太子に言われ、メイシェルは「……えっと、彼らの仕事がなくなるという事?」と恐る恐る尋ねた。普通に専属から外れるだけだが、長兄は敢えてその問いを無視する。妹は罪悪感を持てばいい。


「発端は筆頭護衛騎士のグローデン卿だ。まだ四十にもならないのに年齢を理由に辞職を申し出た。“姫様の健脚に付いていけない”だと。あ、おまえの逃げ足が速すぎるって意味だ」


「騎士は鎧が重いから仕方ないのでは?」


「危険時に王女を護るどころか、置いてけぼりにされてしまうと涙ぐんでいたぞ!」


 額に青筋が立っている。王太子はいたくご立腹だ。


「どこの王女がドレス姿で庭園を駆け回って護衛を撒く!? おまえは貴族令嬢たちの模範となる立場なんだぞ!」

「それはお姉さまたちがなればよろしいわ」


「このじゃじゃ馬が!」

 思わず怒鳴ってしまったものの、すぐに王太子の肩は落ちる。……この妹には何を言っても響かない。


「だから護衛の体力気力脚力の基準が見直されるんだよ」


「それなら専属の護衛魔導士はディオン卿がいいわ!」


 メイシェルは長兄に願望を隠さなかった。彼に護ってもらえるなんて素敵!と考えただけで、彼の実力など当然知らない。


「……何を言ってるんだ、おまえは。護衛魔導士が付けられるのは十歳からと決められているだろうが」


「だからよ! あと数ヶ月で十歳だから予約しておきたいのよ!」




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