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【完結】詐欺師令嬢アレクサは皇太子を騙せない  作者: 藤井 紫


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3/11

第3話 林檎と猛禽と帝国騎士

 次の日。

 昨日の夕方の騒ぎにも関わらず、城下の広場にはいつもの朝が訪れている。

 アレクサが城下の市場通りを歩いていると、三軒先の青果屋の前に、やたらと目立つ男が立っていた。


 ――いつもはいない人だ。


 今日は帝国の役人風の格好をしている。銀の飾りボタンのついた濃紺の上着、腰には剣ではなく書類入れ。いかにも「真面目に働いております」という風体だ。


 その服装の選択はまぁ良いとして、あまりにも姿勢が良すぎる。そして何より、林檎を一個手に取って値札を見て、そっと木箱に戻す、という謎の動作を三回繰り返していた。


 アレクサは立ち止まり、その様子を目を細めて見つめ……ではなくて、観察する。

 昨日よりも変装の腕は上がっている。そこは褒めても良いだろう。


 でも、あの林檎の値段を見る顔は何だ。財務報告で見る数字と、目の前の林檎が、頭の中でまだ繋がっていないのだろう。


 やれやれ、と思いながら近づいた。


「林檎、好きなんですか?」


 アレクサの声にカシアスが振り返った。一瞬驚いた顔をして、すぐに表情を戻した。

 だけどアレクサの動体視力をなめてもらっては困る。


 驚いた後に、ほんの一瞬見せた、笑顔――。


「アル」

「っ……、奇遇ですね」


 うかつにも、昔大好きだった大型犬を思い出してしまった。――落ち着け、心臓。

 昨日の夕方と同じ少年の格好だったので、カシアスは教えた通りアルと呼んでくれた。


「奇遇ではない。昨日お前と歩いていた道を、今日も歩けば会えると思ったんだ」


 やっぱり、ちょっと正直すぎやしませんか……。大丈夫なのか少し心配になっちゃうじゃないですか。


 アレクサはカシアスが見ていた林檎を一個手に取って、青果屋のおじさんに代金を渡した。銅貨を払って、カシアスに差し出す。


「朝ごはんですか?」

「……いらない」

「昨日と同じ返事ですね」

「昨日とは違う。今日は――」

「私からの奢りですよ?」


 そう言うと、カシアスはすぐに林檎を受け取った。今回は一瞬も待たなくて良いほどの素早さだ。


 アレクサは笑いを噛み殺して歩き出した。


 本当は自分で林檎を買いたかったのだと思うが、銅貨を持ち合わせていなかったんじゃないか。きっとそうだろう。ずっと頭の中で金貨を渡していいものか計算していたんだろうと思うと、なんだか微笑ましい。


 市場通りの外れ、人通りの少ない路地の入口で立ち止まった。朝の人通りも少なく、ここなら話ができそうだ。


「あの~、待ち合わせまで待てないほど急ぎなんですか? 依頼の内容は何ですか?」


 カシアスは林檎を持ったまま、少し間を置いた。


「オーカー卿の……動きを探ってほしいのだ」


 アレクサは相槌を打つ前に、先を続けた。

「あ、もしかして。第二皇子アルバ殿下の擁立計画を、確認したいってことですか?」


 カシアスの林檎を持つ手が、少し固まった。顔が『何故知っている?』という表情になっている。


 アレクサは路地の壁にもたれて、カシアスの顔からふいっと目を逸らす。


「昨日の夜の酒場でもそういう話をしている人たちがいたので。早いですよ、そういう噂話は」


 本当は酒場になんか行っていないが、アレクサはかまをかけてみた。


 カシアスは黙りこむと、視線を足元に落とした。その黙り方は昨日と同じだ。何かを考えている。


「……その通りだ」


 お、認めた。この人は本当に正直だ。


「父が倒れてから、オーカー卿が全ての決定を代行している。それ自体は問題ではない。私はまだ若く、オーカー卿は長年の経験もあり有能だ。だが――」

「だが?」


 カシアスは声を低くして話しだした。


「先月、民への布告文を出したのだが。私が書いた文と、実際に出回った文が、一箇所だけ違っていた」

「一箇所だけ、ですか」

「そうだ。私の言葉ではなかった」


 先月、皇宮財務局から何か御触れが出ただろうか? アレクサは記憶を辿る。


「あ。もしかして、あの時ですか?」

「そうだ。お前と初めて会った、あの時だ」


 カシアスはうなずき、少し間を置いてから口を開いた。

 アレクサも念のため周りに気を配るが、危険な気配はない。


「いくつかの凶作の村について、今年の農作税を『免除』するとした。だが実際に出回った文には、『猶予』と書かれていた」

「……それは、かなり違いますね」

「ああ。全く違う。私は免除すると約束したのに、それが変えられていたんだ」


 カシアスの声は静かだった。

 静かな怒りと静かな悲しみが混ざるとこんな表情になるのか、とアレクサはじっとカシアスの顔を見つめた。


「そのこと、オーカー卿に確認はしたんですか?」

「した。財政上、免除は難しいと言われた。猶予にすることで村人も今は助かると。国のためを思ってのことだと」

「……ふ~ん、なるほど」

「間違っていないかもしれない。財政の話は、オーカー卿の方が詳しい。だが」


 アレクサはカシアスをじっと見つめて続きを待つ。


「私が書いた言葉ではない」


 カシアスは語気を強めた。


(殿下は、自分の言葉に責任を持つ人だ)


 確かに、免除と猶予は全然違うものだ。

 免除なら村人は今年助かる。来年また考えればいい。猶予なら今年をしのいでも、来年その分が重くのしかかる。誰が悪いわけではないが、実際そういう事例も、アレクサは知っている。


 これは、詐欺師の手口と同じだ。言葉を一つ変えるだけで、相手が気づかないうちに条件を書き換える。自分もよく、いや、たまに使う手だ。


 オーカー卿は恐らく善意でやっている。国益を優先に考え、長年の経験から、先を見ているのだと思うが……。


 この場合、どちらの性質が悪いのか、アレクサには判断がつかなかった。


「……村人には、伝わっていますか。猶予だということが」

「わからない。布告文を読める者ばかりではないだろう。免除だと思っている者も多いかもしれない」


 アレクサは腕を組んで目を閉じる。言いたいことも、言えることも、たくさんあった。


 でも、それは今回の依頼には含まれていない。しかも規模は違えど、オーカー卿が国の為にすることと、自分が生活の為にすることは、ある意味同じだ。

 どうするべきか、と悩むまでもない。詐欺師として生きていくためには、仕事の依頼範囲を超えることはしてはいけない。


(仕事は仕事。情は挟まない。それが私のルールだ)


 アレクサは口をきゅっと引き結ぶと壁から背を離した。

 これは思っていたより、色々と深い話だ。


「全情報がオーカー卿を経由している。オーカー卿を通さずに調べる方法がなかった」

「だから、あの日城下に出たんですね」

「そうだ。おかげで、お前と会えた」


 カシアスが少し間を置いた。


「……お前は、最初からわかっていたのか?」

「何がですか?」

「私が『誰か』ということだ」


 アレクサは少し考えた。

「まぁ、最初は、ちょっとおかしな人だと思いましたけどね」


 カシアスは少し眉を寄せた。


「……おかしな人?」


 ✿~~~~~✿


 あの日のことは、よく覚えている。

 カシアス殿下が護衛の騎士を一人だけ連れて、変装もせずに城下へふらりと現れた、あの最悪に目立っていた日のことだ。


 視察か何かは知らないが、皇太子殿下が街を歩いているということが珍しすぎた。


 案の定、皇太子と護衛騎士は、すぐに平民たちに囲まれて身動きが取れなくなっていた。そんな殿下たちの様子を、アレクサも野次馬に紛れて眺めていたときのことだ。


 護衛騎士の腰紐にぶら下がった革袋――ずっしりと金子の詰まったそれを狙って、一人の男が群衆の隙間に滑り込んだ。プロのスリ集団の一人だ。私、こいつのこと個人的に嫌いなんだよね~。


 帝国騎士団の護衛から財布を抜こうとするとは、なかなか命知らずだな、と思ったが、まぁ自分には関係ないか、と最初は黙って見ていた。


 護衛の騎士は暴徒や暗殺者の気配を察知しようと、全神経を尖らせている。むかつくスリ男には気づいていない。皇太子殿下も群衆の方を見ていて、気づかない。誰も気づいていない。


 このまま財布がスラれたら、騒ぎになる。城下が物騒になる。自分の仕事がやりにくくなる。


(……チッ、しょうがないな)


 私はターゲットをそのスリの男に切り替えた。騎士の財布を横取りするためではない。この界隈で余計な騒ぎを起こしてほしくなかっただけだ。


「わあ! インペリアルガードだ! カッコイ~~!」


 私は少年になりきって人垣から飛び出し、わざとらしく騎士へ駆け寄った。その勢いのまま、死角から手を伸ばしていたスリの男に体当たりをかましてやった。


 男は騎士の財布を取り損ね、苦々しい舌打ちを残して群衆の中に消えていった。周囲の人間は、それがスリの未遂だとは誰も気づいていない。完璧な仕事だ。


「すごい! お兄さんって本物ですか!? 鎧が光ってる!」


 私は目をキラキラさせながら騎士の手を握り、無邪気な子供のふりをして周囲の視線を集めた。スリの仲間が近くにいないか確認するためだ。


 騎士は公務中だと困惑していたが、私の作戦は完璧に成功した。……はずだった。


「……お前」


 不意に、頭の上から低く落ち着いた声が降ってきた。


 斜めに見上げると、騎士の隣に立つカシアス殿下が、グレーの瞳でじっと私を凝視していた。


 そして一言だけ護衛に告げた。


「こいつを連れて来い」

「えっ!? 殿下、何故ですか?」


 わけが分からず目を丸くする護衛騎士を無視して、殿下は私を見つめた。

 まるで、私の『嘘』のすべてを見通すような、恐ろしく真っ直ぐな目で――。


 ✿~~~~~✿




「あの時、私はどんな顔だったんだ? そんなに面白かったか?」


 回想から引き戻すようなカシアスの声に、アレクサは小さく吹き出した。


「面白かったですよ。獲物を見つけた猛禽類みたいな顔をして、平民の子どもを誘拐しようとするんですから」

「……猛禽……」


 カシアスは少し間を置いた。不満そうだったが、怒っていなかった。


「それで、依頼はそれだけですか?」

「……それだけとは?」

「依頼の内容です。オーカー卿の動きを探る、それだけで良いんですか?」


 カシアスは少し間を置いた。少し悩んだようで声が小さくなる。


「……アルバが、成人したら」

「はい」

「オーカー卿は私を失脚させるつもりかもしれない」

「かもしれない、ですか。でもあのまま聖女様と結婚していれば……」

「確証は何もない。だから探ってほしい」


 アレクサは少し考えた、ふりをした。そう、これは好機なんだから。


「わかりました。お受けします」

「助かる。私にはあまり信じられる者がいないのでな」


 って、殿下、私、詐欺師ですけど????

 ま、いっか。


「ただし、条件があります」


 カシアスの眉が微かに動いた。


「婚約者の令嬢として宮廷に入るなら、それなりの準備が必要です。まず、部屋をご用意いただけますか」

「部屋は用意する」

「南向きを希望します」

「……南向き」

「朝の光が入る方が仕事がしやすいので」


 カシアスは「わかった」と言った。値段交渉だと思っていなかったのかもしれない。


「それから専属の侍女を一人」

「……侍女」

「令嬢に侍女がいないのは不自然でしょう。できれば年配の口の堅い方で」

「用意する」

「馬車も必要です。令嬢が徒歩で登城するわけにはいきませんから」

「……わかった」

「あと食事は宮廷の厨房から出していただけますか。毒見つきで」


 カシアスが止まった。


「……毒見?」

「一応、念のため。仕事中に死ぬわけにはいきませんので」


 カシアスは少しの間、何かを考えるように黙った。


「お仕事は完璧にこなしたいので」


 アレクサはにこりと笑った。


「あと、衣装を何着か仕立てていきますので、その分は報酬とは別に実費で請求してもいいですか?」


 今日も昨日と同じ、うらぶれた平民の少年の姿だ。ゆるめの服を着ていれば、どこからどう見ても育ち盛りの男の子にしか見えない。


 だが、カシアスはふと、アレクサの胸元に視線を落としたかと思うと、慌てて斜め上へと目を逸らした。


「……一つ、確認したいのだが」

「何でしょう?」

「服を仕立てると言ったが」


 カシアスは少し間を置いた。視線がまた一瞬だけ、アレクサの胸元のあたりをかすめて、すぐに逸れた。


「……昨日と、だいぶ違うな」


 カシアスは珍しく歯切れ悪く、耳の裏を少し赤くしながら言葉を濁した。

 確かに昨日の下品なドレスはちょっと刺激的だったのかもしれない。


「変装技術です」

 とアレクサは事もなげに答えた。


「令嬢として不自然でないようにしますので、ご心配なく」

「……そうか」


 カシアスはそれ以上何も言わなかった。

 殿下は今、何をどこまで想像して黙ったのだろう。聞かない方が良いと思い、アレクサは心の中で笑った。


「それじゃ、報酬は~」

「言ってくれ」

「オーロ金貨、十枚。前払いで」


 昨日の倍以上だ。

 だが、カシアスはこっちの話は顔色一つ変えなかった。


「いいだろう」

「ありがとうございます。では契約――」

「契約書は私が作る。お前に白紙委任はしない」


 カシアスが珍しく言葉をかぶせてきたので、アレクサは少し笑いそうになった。


(へぇ~、さすがは言葉一つにこだわるお方だ)


 カシアスは林檎をまだ持っていた。一口も食べていない。


「林檎、食べないんですか?」

「……食べる。……その前に一つだけ、聞いて良いか」

「何でしょう?」

「林檎は、皮ごと食べるものなのか?」


 アレクサは少し息をはいた。


「……いったい今まで、どうやって食べてたんですか?」

「剥いたものが出てきた」

「じゃあ今日が初めてですね♡」


 カシアスは少し眉を寄せて、林檎を見た。それからかぶりついた。

 思ったより大きく、かぶりついた。


 アレクサはそれを見て、今度こそ笑った。さすがに耐えられなくて、声を出して笑ってしまった。

 カシアスが「何がおかしい」と言ったが、笑いは止まらなかった。


(……なんでこんなに可愛いんだ、この人)


 路地にも朝の光が差し込んできた。

 昨日とは逆の方向に、二つの影が落ちていた。

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