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詐欺師令嬢アレクサは皇太子を騙せない【毎日更新:全11話】  作者: 藤井 紫


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第2話 夕暮れの広場と串焼きと真実の愛

 ……真面目だな。

 世間知らずにもほどがある。


 小姓はそんなことを考えながら、騎士のふりをした背の高い皇太子を横目でちらりと見上げた。


 いや、この人が噂通りの『世間知らずな皇太子様』で良かったと思う。

 聖女との婚約を破棄するような不誠実な人物とは思えなかった。


 ちょっと難はあるかもしれないが、悪い人ではない。

 落ち込んでいるようなので、元気づける言葉を探す。


「子どもたちの方が演技力ありますね♡」

「……私は、嘘が嫌いなんだ……」



 まさか婚約破棄した張本人に見られているとは知らず、子どもたちの真似っ子遊びは続く。



「わたしは! このアレクサと()()()()()()()にめざめたのだ~!」



 頭の上から、また大きなため息が落ちてきた。


 半ば呆れ、そして笑いを押し殺しながら、少年は横の依頼主の顔を今度はじっと見つめた。

 この小姓に扮した女こそが、皇太子をたぶらかし、聖女との婚約を破棄させたという、悪役となった赤毛の令嬢『アレクサ』御本人だった。




 ✿~~~~~✿


 『婚約破棄劇場』の決め台詞については、アレクサはいくつかの選択肢を皇太子に与えた。


 ずばり、以下の、よくあるやつだ。


  ① お前がアレクサを虐げていたことは、すべて明らかになっている!

  ② お前のような女を妃にはできない!

  ③ 私は真実の愛に目覚めた!

  ④ 私はずっと耐えてきたのだ……!

  ⑤ 今日限りで、お前を王都より追放する!

  ⑥ 今さら許しを請うても遅い!


「さぁ、殿下。どれにします?」


 カシアスは真剣に悩んだ結果、こんなやりとりがなされた。


「①は駄目だ。イリスはお前を虐げたりしていない。『嘘』は絶対に駄目だ。と言うか、お前たちは会ったこともないだろう」


「じゃ、一市民として言わせていただくと②もダメですね。聖女様がお妃様になったら、本当に国は安泰だったのに。残念です……」

「おい……、そういうのは、今言うことじゃない……」

「あら、失礼しました」


「ならば⑤も駄目だ。彼女はこの国に必要な人材だ。追放までするつもりはない」

「も~、面倒くさいな~、殿下は。じゃあ④は? 『イリス様が美しすぎて耐えられなかった』と言っておけば『嘘』じゃないでしょ?」

「……だが、それだと、お前が美しくないということにならないか?」


 ……殿下。時々、そういうのを真面目な顔でぶち込むのは、本っ当ーに、やめていただきたい。ちょっと、間違ってときめきそうじゃないですか。


 きっと皇太子カシアスは、無自覚で()()()なのだ。


 まぁ、そんな話し合いの末、③の『真実の愛』という殿下だけが傷ついて終われる虚言が採用されたのだ。


 ✿~~~~~✿




 さて、話はさっきの広場に戻る。


 『皇太子と聖女の婚約破棄』という一世一代の大舞台を済ませた後、アレクサは赤毛のウィッグと華やかだけど少し下品なドレスを脱いだ。そして、素早く少年の姿に着替え城下へ様子を見に来たのだ。

 地毛は金色の短い髪で、この姿のときはアルと名乗っている。


 そのとき、世間知らずの皇太子カシアスが「自分も一緒に城下についていく!」と言い張るので、仕方なく変装をさせた。


 しかし、さすが皇太子。その立ち居振る舞いが一般人とは違いすぎた。歩き方からして醸しだすオーラが違い過ぎるので、アレクサはこれでは町人のふりは無理だと判断し、せめてもと騎士の格好をさせたのだ。

 その選択は正しかった。

 と言うより――アレクサはいつでも自分の選択が正解だと信じている。


「今日の新聞屋は最高でしょうね~。私も記念に一枚買っておけば良かったかな」

「……ふ、不謹慎だろう……」


「不謹慎って。逆ですよ。皇太子殿下の婚約破棄祭りのおかげで、城下の経済がこんなに回ってるんですよ。手っ取り早く、情報屋と文選工と印刷屋と新聞屋が儲かりました。それに串焼き屋も、他の店も、こーんなに大行列だし」

「祭りって、お前……」


 皇太子の婚約破棄の騒ぎを聞きつけて、人々は広場に集まってきた。広場はごった返し、その周りの露店と市場は大賑わいとなっているのだ。


 ようやく串焼き屋の列が前に進み、アレクサは串焼きを二本買って、一本をカシアスに差し出した。

 しかし、カシアスは差し出しされた串焼きを見て、露骨に顔をしかめた。


 路上の食べ物を口にしたことがないのだろう。城外に出たことも少ないだろうし、平民に混じったこともなければ、生まれてこの方食べるものに困ったことがない人間の顔だ。


「……こういったものを、よく食えるな。椅子も皿も無いのに」

「いらないんですか? 私からの奢りです」

「いらない」

「ふーん、美味しいのにもったいない」


 もったいないと言う言葉に、カシアスは一瞬迷ったように見えたが、アレクサはその一瞬さえも待ってやらなかった。両手に持った串焼きを両方食べ始めると、カシアスは信じられないものを見る顔をアレクサに向ける。

 まあ、言いたいことはわかる。今は少年の格好だが、こんな食べ方をする女性を見たことないのだろう。だけど、その顔に少し悔しそうなのが混じっているのはなかなか良い眺めだ。

 アレクサは少年っぽくぷぷっと笑い、頬張りながらながら歩きだす。多分、食べ歩きもしたことないのだろう。


「……もう一本、買えるか?」

「騎士様が自分で並び直してください」

「……さっきより列が延びているが」

「ちゃんと最後尾に行って並ぶんですよ」

「……やめる」


 そしてカシアスは何か言いかけて、やめた。この人は多分、実物のお金なんて持っていないし、見たことも使ったこともないのだろう。紙の上で動く数字ならたくさん見てきたかもしれないが。

 言い返せる言葉がなかっただけかもしれないが、賢明な判断だとアレクサは思った。




 広場を歩いている間、カシアスはよく周りを見ていた。

 世間知らずではあるのだが、観察眼がないわけではなさそうだ。ただ見ているものの意味が、きっとまだわかっていないのだろう。


「さっきの子どもたちは、靴を履いていなかったな」

「そうですね。子どもって、すぐに大きくなっちゃいますから」


 カシアスは黙りこんだ。アレクサの言葉の意味がすぐに解らなかったのかもしれない。きっと皇子様は何足もの靴をどんどん履き替えて育ってきたのだ。

 アレクサは敢えて説明しなかった。理不尽だったり、愚かな皇太子ではないことは十分わかっている。きちんと教育を受けているカシアスなら、自分の頭で処理させた方が、後々効くだろう。それに、今回はそこまでの依頼をされたわけではない。


 今回の仕事の内容は『聖女との婚約破棄』だったので、アレクサは貰ったオーロ金貨二枚分の仕事はきっちりこなしたはずだ。

 だが、少しだけ、子どもたちのためにサービスしてもいいかもしれない。


「殿下は、靴がいくらするかご存知ですか?」


 カシアスが止まった。顎に手を当て真剣に考えている。

「……靴、か」

「子ども用の、一番安いやつで良いです」

「うーん……わからない」


「じゃあ、子どもが一年で何足靴を履き潰すかは?」

「……わからない」


 その答え方は正直だった。

 カシアスは本当に嘘をつかない人間だ、とアレクサは思う。知ったかぶりもしないし、人の話も素直に聞く。

 だから、今日初めて()()()()だなんて『大嘘』をついたのだろう。初めて自分の頭で考えて、初めて親に反抗した子供のように。


「答えは、一足も履き潰しません。大事に履いて、下の子に譲るんですよ」

「……下の子、とは」


 今、殿下の頭の中には、異母弟のアルバ皇子の顔が浮かんでいるに違いない。


 アルバ皇子は今年十六歳。カシアス殿下の母后が亡くなってからの後后の子。つまり腹違いの弟だが、二人の仲は決して悪い関係ではないと聞いている。

 まあ、そういう(ややこしい)ことは今回の依頼には含まれていないので、アレクサには関係のないことだ。


「では、税を下げれば良いのか?」


 カシアスの言葉に、アレクサは肩をすくめた。


「税だけの問題じゃないんですよ。税を下げたら、その分のお金はどこから来るんですか?」

「……そ、それは」

「他を削るんですよね? どこを削りますか? 殿下のおやつ代?」

「わ、私はおやつなんか食べないが……」


 カシアスは真剣に考えるように黙り込んだ。眉間に皺が出来ている。


「付け焼刃で削ったところで、また他の誰かが困ります。税って、そういうものなので」

「……では、どうすれば良いんだ」

「さあ?」


 アレクサは歩きながら、串焼きの串を器用に人差し指で弾いて、近くのゴミ箱に放り込んだ。


「私に聞かれても困ります。私は国の財務には詳しくないので。城に専門家がいるでしょう?」


 それは少しだけ嘘だ。アレクサは唯一信頼できる『お金』のことは物凄ーく勉強しているのだ。だけど、それを無料(ただ)で教えるつもりはさらさらない。


「……詳しくないというのに、税だけではないと言えるのか」

「生きてるとわかることってあるんです」


 カシアスはまた黙りこんだ。今度は少し長い。


「……給金が足りていないのか? ……いや、そもそも仕事が無いのか?」


 ちょうど横手の石段にもたれて座り込んでいる男の風体を見てカシアスは答えた。


「そうですね。多分一個の問題じゃないんですよ。さっきの串焼きも前より高くなってたし、肉がちょっと小さくなってた気もするな~」


 カシアスは答えがわからない事に不満そうだったが、わからないことをわかったふりをしない。

 歩き出すと、カシアスは二歩分くらい離れて後ろをついてきた。まるで番犬のようだ。


 アレクサが向かっているのは、広場の向こうに見える大聖堂。

 そう、さっきの茶番のその後を確認するためだった。





 広場の向こう、大聖堂の門が開いた。

 そこに黒塗りの馬車がやってきた。石畳に降り立つのは文官服の男。白髪混じりの、いかにも誠実そうな顔をしている。


 ――オーカー卿だ。

 この国で一番信頼されている男。


 そして、その後ろから——白い礼服の女が、オーカー卿に手を添えられて降りてきた。


 ――聖女イリス。


 段差を降りると、淡い金色の髪がさらりと揺れる。

 優し気な微笑みが口元に浮かんでいる。


 大聖堂の周りに集まっている群衆に対して、謙虚にひざを折りながらぺこりと頭を下げた。

 そのあまりに可憐な姿にファンたちがたまらず声をあげる。


「聖女様~~!」

 その呼び声を皮切りに広場がざわめきだした。


「お可哀想に! あんな良い方を!」

「カシアス殿下はいったい何を考えてるんだ」

「聖女様がお妃になれば、この先も安泰だったのに」

「まったくだ。オーカー卿はどう思ってるんだろうな」

「聖女様、どうか元気を出して~!」


 二人は群衆に紛れてその様子をうかがった。

 横に居るカシアスが本当に申し訳なさそうな目で聖女イリスを見ているのがわかる。皇太子と聖女の関係に恋情は無かったにしても、やはり婚約破棄に罪悪を感じているのがアレクサにひしひしと伝わってきた。


 しつこいようだが、カシアスは本当に人が良いと言うか、こんな堅物で純粋で、今までよく騙されずに真っ直ぐ育ったもんだと感心してしまう。いや、そんな自分は職業、詐欺師なんですけど……。

 アレクサがそんなことを考えていると――。


 白い礼装の女――聖女イリスは、大聖堂の門をくぐる直前に振り返った。広場を見渡すような仕草。

 その目が一瞬、こちらに向いた――気がした。



 翡翠の瞳――。


 アレクサは一瞬どきりとする。



 ――それは、何かを見透かされているかのような視線。

 イリスの視線に胸がざわつく。詐欺師としての勘が、あの聖女に警鐘を鳴らしている。


 しかし何か起こるわけでもなく、聖女イリスは聖堂の方に向き直ると、オーカー卿と一緒に聖堂の入口へと向かった。その間、二人は何か話しているようだった。


「アル、あの方のことを、お前はどう思う?」


 カシアスが言葉を発した時には、白い礼服の聖女はもう大聖堂の中へ消えていた。


「……存じません」

「城下のことなら何でも知っているだろう。聖女とはどういう方なのか」


 少し間を置いた。


「聖女様のことは存じません」


 二回言われて、カシアスは「……そうか」と引き下がったが、なんとなくすっきりしない表情を浮かべていた。

 殿下は『嘘』が嫌いだ。そして、カシアスは観察眼もあるので、この時のアレクサの『嘘』に気づいたかもしれない。


「では、これで」


 アレクサはくるりとカシアスに向き直り、少年っぽくはにかんだ。


「ご依頼の『聖女様との婚約破棄』は無事完了しました。残金もいただいております。この度はご依頼、ありがとうございました。お気をつけてお帰りを、騎士様」


 と言いながら騎士の敬礼を真似して、その場を離れようとしたのだが。


「待て」

「はい?」

「新しい婚約者がすぐにいなくなっては問題なのではないか?」

「そんなの、殿下のお気持ちが変わったことにすればいいじゃないですか」


 声を少し低くして、続けた。


「そういうことが、できるお立場でしょう?」


 すると、カシアスも少し声を小さくしてつぶやいた。


「まだ、頼みたいことがある」

「……内容(報酬)次第ですね。仕事なので、一応、私にも断る権利があります」

「お前にしか頼めない」


 本当に素直な言い方だ。自分の人生の中で、こんなに正直な男に出会ったことがあっただろうか、いやない、と反語で言いたくなるほどだ。


 アレクサは腕を組んで少し考える()()をした。完璧な演技(ふり)だが、答えは最初から決まっている。そう、自分は選択を間違わないし、好機も逃さない。


「オーロ金貨、四枚なら」

 腕は組んだまま四本指をちらつかせる。普通ならぼったくりと言われても仕方ない額だ。


「わかった」

 カシアスは顔色一つ変えなかった。


 やっぱりカシアスは世間知らずだ。

 それが騎士の五百日分の日当だと、きっと知らないのだろう。靴の値段を知らないのだから。


 夕暮れが広場をゆっくりと赤く染め、石畳には長い影が二つ並んで同じ方向に伸びていた。

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