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6、力の在り方


 ――原初の誓約。


 国に生まれし者は、国に仕えよ。

 血を継ぐ者は、その責を負え。

 力を持つ者は、それを民のために振るえ。

 すべては、この地に生きる者の安寧のために。


 それが、この国の礎である。



 具体的な内容は覚えていない。

 だが、ヴェルナーは誰かにそう言い聞かせているような夢を見た。

 そうして目覚めた今朝の調子はすこぶる悪い。


「……都合のいい言葉だな」


 低く、吐き捨てるような声が、静かな室内に落ちた。

 誓約そのものを否定するつもりはない。

 むしろ正しいのだろう。

 王族が責を負い、国を支える。それがなければ、この国はとうに歪んでいる。


「……分かっているさ」


 小さく息を吐く。

 だからこそ、性質が悪い。逃げることも、拒むことも許されない。


 政務引き継ぎのため、エーヴェルハルトに誘われこそしたが一度も踏み入ることの無かった王太子宮殿の執務室へと向かう。

 机上には、整然と書類が並べられていた。

 王太子として担うべき職務、その一覧と詳細。どれも過不足なく整理されている。


「……これだけの量をこなしていたのか?」


 おそらくリヒトが整えたのであろう一覧を見ながら言った。


「左様でございます。陛下はエーヴェルハルト殿下に今後のための勉強だ、と御自身の政務をまずは王太子宮に回すよう命じられていました。加えて、エーヴェルハルト殿下は、王国軍総司令官の名誉職を担っておられましたから、軍関係の最終的な承認もここへ参ります」

「……リヒト、王太子殿下のお持ちのものは変わらず私に引き継がれるのか? そなた同様に」


 リヒトは一瞬目を見開いた。


「……ご存知だったのですか?」

「いや、想像しただけだが。王太子として以上に王族として未熟な私の側を任されるんだ。王太子殿下が事故に遭われたあの視察に同行しなかった側近が一人くらいいたはずだと思っただけだ」


 問いというより確認だった。わずかな沈黙が訪れる。


「ご想像の通り、私は国内の動きや緊急時の連絡を国外にいらっしゃるエーヴェルハルト殿下にお伝えする役目を与えられておりました」

「なるほどな。それは心強い」


 淡くそう返しながら、ヴェルナーは視線を落としたまま書類を一枚めくる。


「……リヒト、私が王太子になることで懸念されることがまず一つある」

「懸念、ですか」

「ここにある政務について勉強は必要だが、理解できるものだと思う。だが唯一、軍務に関しては機密事項ということもあって私はそこらの貴族達と変わらぬ程度しか知らない。そんな者が突如王太子となって、軍関係者はよく思わない。ましてや、魔法庁にいたのだからね。軍と魔法庁は何かと争ってきただろう」


 ここに来てヴェルナーは少し考えた。

 エーヴェルハルトが自分の側近にと言ったのは、軍と魔法庁を繋ぐためでもあったのだろうか、と。


「……リヒト」

「はい」

「王太子殿下は、軍部と魔法庁の関係をどう見ていた」


 問いは穏やかだった。

 だが、視線は書類に落としたまま動かない。

 リヒトは、ほんの一瞬だけ間を置いた。


「……一言で申し上げるのは難しいかと存じますが」


 前置き。


「軍部は国を守るための要であり、同時に、単独で強すぎる力でもございます」


 淡々とした声。


「魔法庁は今や国民の生活に欠かすことのできないもの。時には武を凌ぐ防衛力となります。ゆえに、殿下は王国軍総司令官の立場はありながら、王太子として常に均衡を重んじておられました」

「均衡、か」


 ヴェルナーは紙の端を指でなぞる。

 軍部と魔法庁。どちらも国にとって不可欠であり、同時に――扱いを誤れば脅威になる。


「……その均衡のために俺を呼んでいたのか」


 ぽつりと零す。

 魔法庁にいた自分を、あえて引き上げることで。

 軍と魔法の間に、新たな軸を置く。

 ――だとすれば。


「……随分と、無茶なことを考える人だ」


 低く呟く。リヒトは否定しなかった。


「エーヴェルハルト殿下は、必要であれば躊躇なく手を打たれるお方でしたので」


 静かな肯定。

 ヴェルナーは、わずかに目を細めた。


「……私がそれに応えられると、本気で思っていたのか」

「はい」

 即答だった。あまりにも迷いがない。

 ヴェルナーの手が、止まる。


「……随分な評価だな」

「評価ではございません。あれはもはや執念に近い。あなたに側近となるのを断られた日も、いかに取り込もうかと考えておられましたから」


 一拍。


「事実でございます」


 淡々とした声音。

 だが、その言葉だけが、わずかに重かった。

 ヴェルナーは小さく息を吐く。


「……困ったものだな」


 期待、責務、誓約。

 どれも、同じ方向を向いている――だからこそ、逃げ場がない。

 海難事故に巻きこまれた者は皆命を落としたという。エーヴェルハルトの側近もこれに含まれている。


「……側近のほとんどは決められているようだが、近衛隊員に軍のことにも詳しい人物を知らないか?」


 リヒトは少し驚いた様子で、だが真剣に考えた。


「いないわけでは……ありません」

「本当か!」

「ですが、本人が了承するかどうか……」

「何と言う人物だ」

「クラウス=グラーツ。現在王宮近衛隊五番隊長を務めております」


 クラウス=グラーツ。

 その名をヴェルナーはよく知っていた。


「もしや、バルト平野の戦線で疾風クラウスと呼ばれたあの者ではないか?」

「左様です。あの戦いの後から、本人は軍部を退き近衛隊に移籍しております」


 バルト平野の戦線。このルクセリア王国で最も新しい、かつ最も苛烈な戦いとして記憶されている戦争である。


 数で劣る王国軍が持ちこたえたのは、ひとえに平民出身の一人の指揮官の存在によるものだと聞く。

 ――疾風クラウス。

 戦場を駆け、敵陣を切り裂き、わずかな隙を勝機へと変える男。

 だが。


「……そんな男が、なぜ近衛にいる」


 ヴェルナーの問いは低かった。リヒトは視線をわずかに伏せる。


「詳細は公にはされておりません……本人の意向だ、と」


 だが、疾風クラウスの名は子どもの中でも英雄だと大人に言い聞かせられる程のものだ。そんな彼がなぜ近衛隊にいるのか。


「そのクラウス=グラーツ、呼べるか」


 リヒトは一瞬だけ目を見開き――すぐに戻した。


「……可能ではございます」

「だが?」

「殿下の側近として招くとなれば殿下の行動に疑念を持つものが現れるやもしれません」

「構わない」


 即答だった。


「どうせ最初から、歓迎などされていない」


 静かな言葉。

 だが、それは事実だった。何をしようと最初は値踏みされるだけだ。エーヴェルハルトはこうだっただけで済めばいいが、愛人の子として隠されてきたヴェルナーを歓迎する者は少ないだろう。


「それに――」


 一拍。


「魔法も武力もどちらも必要なんだ」


 視線を上げる。


「私の周りには物事を俯瞰できる者がほしい。そなたのようにな」

「……」

「クラウスがどんな人物かはわからないが、私は戦いで益を得るのではなく、戦う前にそれを防ぐための力を国に持たせたい」


 その言葉に、リヒトはわずかに沈黙した。そして、静かに頭を下げる。


「……かしこまりました。手配いたします」


 リヒトは静かに頭を下げる。

 その胸中には、わずかな変化があった。

 ――この方は、力そのものを求めているのではない。その使い方を、見据えている。


 均衡。戦う前に防ぐ力。

 それは、エーヴェルハルトが最後まで手放さなかった考えと、どこか重なっていた。


「……必ず、お目通りが叶うよう整えます」


 淡々とした声音。だが、その一言には、これまでとは異なる確かな意志が宿っている。

 リヒトは一礼する。その所作は、何一つ変わらない。

 ただ一つ。頭を下げる角度だけが、ほんのわずかに深くなっていた。

王位継承、不本意につき 〜魔法塔に身を置いていた公子は、王太子の死により後継者となる〜

をお読みいただきありがとうございます。

せっかくのGWだったというのに風邪で寝込んでまったく執筆が進みませんでした…

少しでも作品が面白いと思っていただけたら、評価等いただけると励みになります。

次回もお楽しみに

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