伯爵家の朝・後編2
後編2。両親の登場です。
「あら?私達が最後のようね。」
扉が開き、ラナンキュラスのような赤髪の男性と人形のようなマスタードイエローの金髪を靡かせた女性が入って来た。
「お父様、お母様、おはようございます。」
「「「「「「おはようございます。」」」」」
エルヴィーネが一番先に挨拶をし、皆もそれに続いた。
この男性が、現伯爵家当主である、グルーシャ・アウリング・ノンヴァロ、そして、女性が、伯爵夫人である、ネルリカ・アウリング・ノンヴァロである。
「皆、おはよう。席についてくれ。」
グルーシャがそう言うと皆、自分の椅子に座る。
「さて、まずはゆっくり朝食をと言いたいが、その前に。チェルミンっ!お前は、またやったなっ!」
上座で、朝から目を吊り上げる、グルーシャ。どうやら、お怒りのようだ。
心なしか、自慢の赤髪が逆立っているように見える。
「また?あぁ、お父様が先日購入された贋作の絵を、売りつけた商人に返し、返金させたことですか?」
「えっ!?あれ、贋作だったのかっ!?」
メイドが淹れたコーヒーを飲もうと、カップを持ったが、慌てて置く。
動揺から、ソーサーとテーブルクロスに、コーヒーの雫が飛んだ。
「はい。」
「ウソだろ・・・。」
グルーシャは、目を見開き、右手を額に当て、項垂れる。
相当ショックなようだ。
「お父様。また、買ったんですか?」
「何で、チェルに知らせずに買ったんですか?前も変な壺買わされて失敗したのに・・・。」
「絵とか壺とか宝石とか、大きな物を買う時は、必ず、チェルに見せてからというお約束でしょう。」
シャテルンを先頭に、アーベント、ピクシスが矢継ぎ早にグルーシャを責める。
「お母様は、ご存知でしたか?」
「とっても良い絵を買ったとは聞いていたけど・・・。その日は、ソーコル公爵夫人のお茶会に呼ばれていたから知らないの・・・。」
エルヴィーネは、ネルリカに尋ねるが、買った時は不在だったらしく、詳しくは知らないようだ。
「つーか、絵なら、エル姉でも良かったじゃん。」
「そうですわ、絵なら、エルヴィーネ姉様はお描きになりますし、詳しいですよ。」
「うん。エル姉様なら、お父様、怖くないでしょう?」
イグナーツ、ジラソーレ、ミュークが次々と言う。
「そ、それは、そうなんだが・・・話を聞いた時、エルヴィーネが好きな画家の作だったんだ。今度の誕生日に贈ろうと思って、つい・・・。」
目を反らし、両手の人差し指を絡めながら言い訳をする。グルーシャ。
「お父様・・・私の為に、申し訳ありません・・・。」
エルヴィーネは、自身の為と知り頭を下げる。
「いや、エルヴィーネが悪いわけでは無い。私が、見抜けなかったのが悪かったのだ・・・。」
「お父様。あの絵を『模写』として扱っているのであれば、私も何もしませんでした。しかし、この度の者は、初めから儲けるつもりで、『贋作』を本物として売りました。これは、お父様のエルヴィーネ姉様への気持ちを踏みにじっていることと同義です。」
「分かっている・・・それで、その商人は・・・?」
「・・・返金後、警告をしました。二度目は無いと。」
「帰らせたのか?お前が・・・。」
聞いていたアーベントが、レタスを刺したフォークを置き尋ねる。
「はい。例の絵を描いた画家が、『贋作』を描いているのか、練習用の『模写』としているのかが不明でしたので、商会と持っている工房に探らせております。その後のことは、結果が分かり次第、ご報告致します。」
「なるほど・・・それでこそ、チェルミンだ。」
アーベントは安心したのか、スプーンを持ち、ヨーグルト口に入れる。
「そういうわけですので、お父様もう少しお待ち下さい。」
「あぁ、分かった、頼む・・・あれ?何か、忘れ・・・って、今は絵の話ではないっ!お前は、また夜会で令嬢と踊ったそうだなっ!」
「あら?お耳が早いことで。」
気落ちしていたグルーシャは、忘れかけていたことを思い出し、改めてチェルに叫ぶが、チェルミンはどこ吹く風と言わんばかりに、コーヒーカップを傾ける。
「今朝一番に、メシルスキー子爵家から手紙が来たんだっ!お前が令嬢を助け、踊ったと書いてあったっ!」
「何が問題でして?女性同士が躍ってはいけない等、我国の法律に、明記されておりませんでしょう。
ですよね。ピクシスお兄様。」
「・・・確かに、そのような記述は無い。」
チェルミンは、ピクシスに振り、ピクシスもそれに答える。
「ピクシス。お前は、どちらの味方だ。」
「味方も何も司法に属する者として、嘘はつけません。チェルの言う通り、我国の法に『男性同士・女性同士で踊ってはならない。』等と言う法はありません。」
グルーシャは睨むが、ピクシスは気にせず述べる。
「なので、私は法に触れることはしておりません。」
「法では無く、世間体の問題だっ!毎度毎度、夜会に出る度に、婚約者候補を探すどころか、適齢期の女性とばかり踊ってっ!少しは、立場を考えろっ!!」
「そうおっしゃられましても、私は美しい花々や宝石の原石のような方々と踊りたいのです。着飾り、開花しようとする女性達の麗しさは、私の瞳を煌めかせ、話す声は、耳に心地よく響き、それぞれに合わせた香りは鼻を通り、魅力を引き出し、触れた手から伝わる体温や鼓動は、熱を持たせ、私を魅了します。
彼女達と踊れる、その一瞬一瞬に、五感を全て傾ける時間こそ、私にとって、最高の至福で美味しい時間なのです。」
グルーシャは、世間体とチェルミンに貴族の女性として、結婚相手を見つけて欲しい親心からが怒っても、チェルミンは、自身の信条を崩さない。
「・・・それで、昨夜は、メシルスキー子爵家の令嬢とと言うわけか・・・全く・・・チェルミン。お前は、助けたつもりでいるかもしれないが、貴族社会は、爵位と人脈から成り立ち、その中で、様々な考えが交錯している。昨夜助けた、メシルスキー子爵家令嬢は、サーベス伯爵家の次男と婚約を交わしている。それを、いくら理由があるからと言っても、親類でも無いお前が間に入って止めるなど、みっともないことだ。」
「お言葉ですが、お父様。あのように、パッチィ言葉を放つ者は、いつまでも、その音を周りに振りまき、不協和音を加速させます。私は、それを止めただけです。」
「チェル。お前の気持ちは分からなくもないが、他家のことに首を突っ込むべきじゃない。」
「では、もし、バッチィ言葉で罵られていたのが、お姉様達やジラソーレでも、お父様は同じことが言えまして?」
「えっ、いや、そ、それは・・・。」
グルーシャは、言葉に詰まる。
自分の娘達が婚約者に罵られていれば、良い気などするわけがない。
「・・・私とて、話を聞いただけだが、サーベス伯爵家の次男の態度は、不愉快だった。しかし、何もお前が出ることは無いだろう。メシルスキー子爵を呼ぶなり、アーベントやピクシスに踊ってもらうなり
出来ただろう。」
「まぁっ!?婚約者がいるアーベント兄様に踊れなどと、正気でございますかっ!?」
チェルミンは、目を吊り上げ、勢い良く立ち上がり叫んだ。
髪を振り乱し、椅子を倒す程の勢いだったが、テーブルに手を付かなかったので、テーブルの上のスープや飲み物に大きな波紋が広がったのみだった。
「チェルミン。行儀が悪いわ。お座りなさい。」
ネルリカが、淑女らしくない振る舞いを諫めるが、
「お母様。食事中に立ち上がったことは、申し訳ありません。しかし、先程の言葉は聞き捨てなりません。」
チェルミンは、振る舞いについては頭を下げるが、言葉は続けた。
「私達、姉妹と踊るならいざ知らず、アーベント兄様に、ミーツェ嬢のファーストダンスの相手をしろ等と、これは、フィオール様にも、サーカスピン伯爵家にも失礼なことですわっ!!それとも、お父様は、フィオール様が気に入らないのですか?」
アーベントには、長年交流のあるサーカスピン伯爵家の次女のフィオールという婚約者がいるのだ。
「チェルミン、落ち着け。私は、フィオール嬢やサーカスピン伯爵家に不満など無いっ!!」
「でしたら、あのような言葉を軽くおっしゃらないで下さい。アーベント兄様と面識のないミーツェ嬢が
ファーストダンスを踊っている姿を見たら、苦しむことになるのは、フィオール様なのですよっ!お父様がおっしゃった事は、未来の伯爵夫人である私の義理のお姉様を侮辱しているということです。」
「そ、そんなつもりは無かったんだが・・・。」
席は離れているのに、グルーシャは、チェルミンの怒りの圧を間近で感じ、腰が引けている。
「お父様。」
「っ?!」
一気にチェルミンの声が低くなり、顔を上げれば、氷のように冷たい視線がグルーシャを貫いた。
椅子ごと貫通した視線に、目を反らせず、背中に冷や汗が伝い、渇いた口の中で無理やり作り出した、僅かな唾を飲み込む。
「生意気であることは重々承知しておりますが、今後の為にも進言させていただきます。先程、お父様は、おっしゃいましたね。『貴族社会は、爵位と人脈で成り立ち、様々な考えが交錯している』と。しかし、それら上手く使うには、誠実な態度は崩さず、いかに相手に本音を悟られらず、不利益な噂の的にならぬよう立ち回らなければなりません。先程のお父様のように、言葉の端を取られることおっしゃっていると、あっという間に足を掬われますわ。」
低音のまま、目線を一切反らさず、グルーシャに言い放った。
その姿は、厳しい家庭教師と言っても過言ではない。
だが、貴族社会において、親に意見を言うのは、とても勇気がいることだ。
まして、今回は意見ではない。端から見れば、親を説教しているのだ。
しかし、チェルミンの言ったことは間違ってはいない。
グルーシャの先程の一言を、社交場で聞かれでもしたら、尾びれに背びれが付き、湾曲した噂へと成長を遂げるのは明白だからである。
「・・・・・・。」
グルーシャは、項垂れ、言い返さない。いや、言い返せないのだ。
本来なら、立ち上がり、平手の一つもする場面だろう。
しかし、自身が先程言った言葉が何倍にもなって正論で返って来たのだ。
反論など出る筈もない。
「チェルミン。そこまでになさい。言い過ぎですよ。」
「申し訳ありません、お母様。お父様、言い過ぎました。ご無礼をお許し下さい。」
ネルリカが、あまりにも落ち込んでいる夫を気遣い、娘を諭す。
チェルミンは、ネルリカに言われグルーシャに頭を下げた。
「・・・いや、チェルミンの言うことは正しい・・・。先程の言葉は、確かに粗探しが得意な連中には取られるな・・・。」
メイドが淹れなおしたコーヒーを一口飲み、己の言葉を反省するグルーシャ。
「お父様。チェルは、お父様が心配だから、あのように言うのですよ。」
「シュテルン・・・。」
「チェルは、常に伯爵家を思って行動しています。それは、我々が保証します。」
「ピクシス・・・。」
「お父様。チェルちゃんは、お父様が周りに苦しめらるのを見たくないのです。それは、分かってあげて下さい。」
「エルヴィーネ・・・。」
「本来なら、私が言わなけらばならない事をチェルは言ってくれているのです。」
「そうそう、チェル姉は、痛いところをつくけど、それは、俺達の為なんだ。」
「アーベント、イグナーツ・・・。」
「お父様。チェル姉様、お父様のことが大好きなんです。」
「だから、チェル姉様を怒らないで。」
「ジラソーレ、ミューク・・・。」
姉弟達は、それぞれチェルミンを庇う言葉を次々に言う。
「お前達、私がチェルミンに罰を与えると思っているのか?」
「えっ?違うの?」
イグナーツは、飲もうとしていたオレンジジュースの入ったグラスを持ったまま、グルーシャを見る。
「イグナーツ・・・私は、自分に非があるのに、罰を与えるような愚か者では無い。」
「「良かったぁ。」」
グルーシャの言葉を聞いた双子は、両手を握って安堵の表情を浮かべた。
「皆、ありがとうございます。」
チェルミンは、深々と皆に頭を下げる。
「良いのよ。」
「チェルちゃんだもの。」
「これからも、どんどん言ってくれ。」
「チェルミン、お前の言葉は、ある種の刃でありバリアでもあるからな。」
「つーか、言わないなんて、チェル姉じゃないし。」
「ウフフ・・・。」
笑い合う子供たちを見て、
「・・・何か、寂しいな・・・。」
グルーシャは空しくなり、コーヒーカップの底に残った溶けつつある砂糖を静かに口運んだ。
「仕方ありませんわ。チェルミンが皆を大切にしていることは周知の事実。それが、分かっているから、皆、チェルミンの味方なのですよ。」
「父親って・・・空しいな・・・。」
「私がいるではありませんか。」
「ネルリカ・・・。」
グルーシャは目見開き、隣の妻を見る。
「私は、いつでも貴方の味方ですよ。グルーシャ。」
「ネルリカっ!」
妻の手を握り、温かい体温に触れながら、滝のような涙を流す。
暗く沼地に沈んだ、心に浮力を与えてくれた妻の言葉を受け止めながら、見つめ合った。
「うっうんっ!」
「「!?」」
咳払いが聞こえ、慌てて子供達の方を向く二人。
咳ばらいをしたのはアーベントようで、右手の拳を口元に添えており、目線はピクシス同様に反らし、エルヴィーネとチェルミンは苦笑いを浮かべ、シュテルンとイグナーツはニヤニヤし、双子は両手で目を覆っているが、僅かに指隙間が空いてる。
グルーシャとネルリカは、途端に恥ずかしくなり慌てて手を離した。
「あっ、あぁ・・・ともかく、チェルミン、子爵達が来たら、お前も同席しなさい。昨夜の経緯を詳細に伝えるんだ。」
赤くした頬を隠すように慌てて、本来の話に戻すグルーシャ。
「分かりました。ピクシスお兄様の髪の毛を戻したら、一緒に伺います。」
「はぁ?ピクシスは、今回の件には関係ないと思うが・・・。」
「いいえ。今回のメシルスキー子爵の訪問には、ピクシスお兄様のお力が必要になります。ねっ、お兄様。」
「そうだな。」
チェルミンが、ピクシスの方を向いて、ニコッと笑みを浮かべ同意を求める。
ピクシスはピクシスで、チェルミンが何を考えているのか分かるのか、短く返答する。
「・・・お前達、変なことするんじゃないだろうな。」
「まさか。ただ、アドバイスをするだけですわ。もちろん、メシルスキー子爵や夫人が、爵位の序列を優先し、娘を侮辱されたことを怒らないような薄情者で無ければ、ですが。」
「チェルミン、そのことなら心配ないわ。メシルスキー子爵夫人とは、お茶会でお会いしたことあるけど、とても聡明で家族思いな方よ。出されたケーキを見て、『これ、娘の好物ですわ。』って、楽しそうに話してくれたの。」
「分かりました。それでしたら、問題ありませんね。では・・・。」
チェルミンが、そっと立ち上がり、グルーシャの横まで来た。
「チェルミン、どうした?」
また、何か言われると思い、少々身構える。
「お父様、これを。」
チェルミンは、紙切れをグルーシャに渡した。
「・・・これはっ?!」
「まぁっ!?」
紙切れを広げた二人は、目を見開き、紙切れとチェルミンを交互に見る。
「お父様、お母様。そういう訳ですので、話し合いの件、よろしくお願いします。」
「はあ~~~分かった・・・。」
グルーシャは、長い溜息の後、諦めたように言った。
チェルミンは、笑って自らの席に戻り、新しく入れられていた牛乳を口に含んだ。
読んでいただき、ありがとうございます。




