伯爵家の朝・前編
『バッチィ』ものが嫌いな伯爵令嬢は、美しいもの、可愛いもの、カッコイイもの、面白いものが大好き。魅力ある姉、兄、妹、弟を賛美し、個性あふれる花々を飾り立て愛でることが生き甲斐の令嬢が送る、ちょっとズレた日常です。
小鳥の囀りと混ざって、小さな風が規則的に起こる朝。
チェルミンの部屋には、メイドが二人入りカーテンを開けた。
「おはようございます。チェルミン様。」
「良い朝ですよ。」
「・・・おはよう。ノース、サース。今日は晴れているようね。」
「はい。雲一つない青空でございます。」
「そう・・・窓を開けて。風を感じたいわ。」
「かしこまりました。」
サースが、窓を二つ開ける。
「・・・良い風ね・・・。」
窓際に移動したチェルミンは、目を閉じ朝一番の風を吸い込む。
入って来たそよ風と交じる小さな風の振動を感じながら、隣のメイクルームに移動する。
「チェルミン様、本日は、どのように致しましょうか?」
「そうね・・・先日買ったスカイブルーのドレスにしましょう。髪型はポニーテル、結うのは、このブルーのリボンでお願い。」
チェルミンは、手元に置かれた箱の中ら、濃いインクブルーのリボンを取り出し、ノースに渡した。
「「かしこまりました。」」
髪を櫛で整え、顔に薄く化粧を施される。
「サース。ウェストは、帰って来た?」
「いいえ。しかし、昼頃には戻ると連絡がありました。」
「そう。分かったわ。ノース、終わったら、イーストにこれを渡して。」
そう言って、ノースの手に二つ折りにされた赤い小さな紙を握らせた。
「かしこまりました。」
ノースは、その紙を開けず、エプロンのポケットに入れた。
「チェルミン様、出来ました。」
「ありがとう、ノース、サース。」
チェルミンは、立ち上がり姿見で己の姿を確認し部屋を出た。
「チェルちゃん。」
「?!」
廊下の曲がり角には、一際大きな窓がある。
そこには、カナリヤ色のドレスを身にまとった、茶色の緩やかなくせ毛をハーフアップにまとめた色の白い女性が立っていた。
「エルヴィーネ姉様っ!」
姉の名を呼ぶやいなや瞬間移動でもしたかのように、エルヴィーネの前に跪き、
「あぁ、エルヴィーネ姉様。そよ風に靡く髪は、花の香りに包まれ、木漏れ日に溶け込むそのお姿は、まさしく春の精霊っ!小鳥の囀りのように可愛らしいお声は、透き通り、私の耳の中を吹き抜けていくように軽やかで、いつまで聞いていられますわっ!」
舞台俳優が歌うように賛美を贈るチェルミン。
目の錯覚か、知らない人間が見れば、廊下である筈の場所は、木漏れ日が降り注ぐ森の中となり、チェルミンとエルヴィーネが、スポットライトを浴びている状態である。
「ありがとう、チェルちゃん。でも、お膝を着くと、せっかくのドレスが汚れてしまうわ。」
普通の人間なら、目を見開き、若干引いてしまうであろうが、エルヴィーネは妹の行動を理解しているので、穏やかな声で諭す。
「?!これは、失礼致しました。」
チェルミンは、すぐに立ち上がり、エルヴィーネに一瞬背を向け、スカートの誇りを払い再び向き直った。
「改めまして、おはようございます。エルヴィーネ姉様。」
「おはよう、チェルちゃん。今日も、元気ね。」
「ありがとうございます。」
微笑み合う二人。
姉妹なので、周りから見ればとても微笑ましい光景なのだが、チェルミンがエルヴィーネより背が高い為、どちらが姉なのか妹なのか、分かりにくい構図になっている。
「姉上、チェル、何をやっているんだ?」
声のした方に向くと、少し薄い赤髪に茶色の服を着た男性が立っていた。
「アーベント。おはよう。」
「おはようございます、姉上。」
「おはようございます、アーベント兄様。あぁ、雛罌粟が咲いたような目を引く御髪が小窓から吹き込む風に揺れる御姿は、絵画の中の貴公子っ!決して、手の届かない、次元の異なる憧れのようですわっ!次元が同じだからこそ分かる、穏やかなお声は、心地よく、私は、また眠ってしまいそうですわ。」
エルヴィーネに言われて、跪きはしないが、賛美を述べるチェルミン。
その姿は、美術館でお気に入りの絵を見つけたお客のように、決して目を反らさず、うっとりしながら、言葉を贈る。
「チェル、ここは廊下だから、寝ないでくれ。それに、毎日、褒めなくても良いんだぞ?」
アーベントは、頬かきながら困ったように微笑む。
妹に毎日、こんな賛美を贈られれば、普通なら引いているだろう。
しかし、とても心が広いのか、止めたりはしなかった。
「私は、事実を述べているだけです。」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、私にはいいから、姉上やシュテルン、ジラソーレに言ってあげなさい。」
アーベントからすれば、男である自分に言うのではなく、今目の前にいる姉や他の妹達に言うように促す。
「私は、姉兄妹弟、皆に言っています。毎日、皆、ちょっとずつ違いますし、昨日の皆には二度と会えません。なので、その時の姿を拝見し、目に焼き付け、賛美を贈り、心に記録するのが、私の生き甲斐なのです。」
真顔で答えるチェルミン。
その瞳は、どこまでも真っすぐで淀みが無い。
「チェル・・・。」
「チェルちゃん・・・。」
あまりにも、真剣な顔に、アーベントとエルヴィーネは次の言葉が出なかった。
「それに、いつまで、この賛美を贈れるか、分かりませんし・・・。」
「「!?」」
それは、小さな呟きだった。
先程とは違い、明らかに声質が下がり、普段聞くことのない儚い印象の声が、アーベントとエルヴィーネの耳に届いた。
その瞬間、
「チェル、どういうことだっ!?」
「チェルちゃんっ!何を言っているのっ?!」
二人は、チェルミンの左右の肩にそれぞれ手を掛け、詰め寄った。
「えっ・・・?」
普段大きな声等、滅多に出さないエルヴィーネまで声を上げたので、チェルミンは一瞬目を見開いた。
「・・・えっと、エルヴィーネ姉様が、お嫁に行ったら嫁ぎ先まで毎日押しかけて、賛美を贈るわけにはいきませんし。アーベント兄様がお嫁さんを貰ったら、その方より先に賛美を述べるわけにはいきませんので。」
一呼吸置いてから、先程の呟きの説明をするチェルミン。
「・・・あぁ・・・。」
「・・・そういうことか・・・。」
チェルミンの言葉に、エルヴィーネは、胸の前に手を置き、アーベントは、目を細め額に手を置き、それぞれ、息を吐きながら
ホッとしたような顔をする。
「どうかなさいましたか?」
「ううん。なんでもないの。」
「本当ですか?」
「あぁ・・・チェルがいつも言ってくれているのが当たり前だったからな。」
「急にそれが無くなるのは、私もアーベントも寂しいって、気付いたの。」
「エルヴィーネ姉様、アーベント兄様・・・。」
「姉上の言う通りだ。さっきは、あんなことを言ってしまったが、これからも言って欲しい。ただ、家族の前だけな。ちょっと、恥ずかしいから。」
「はいっ!これからも、可能な限り言い続けますっ!あっ!でも、アーベント兄様のお嫁さんも、一緒に愛で賛美すれば、問題ありませんね。」
チェルミンの頭の上にライトが灯ったようだ。
賛美する者が増えるのは、チェルミンにとって、幸せが増えること。
それを想像して、キラキラした目で、アーベントを見る。
「おっ、おいっ?!何でそうなるっ?!」
「だって、私のお姉様になるのですよ?でしたら、良いじゃありませんか?」
『問題などどこにあるのでしょう?』声には出ていないが、アーベントにはチェルミンが、そう言っているように感じた。
「そういう問題じゃないっ!」
「ご安心下さい。アーベント兄様が、賛美を贈った後に言うようにしますから。」
「何の安心だぁっ!!?」
アーベントは、髪の毛に負けないくらい顔を赤くして声を上げる。
「うふふ・・・。」
そんな弟と妹のやり取りが微笑ましく、エルヴィーネは笑い、
「チェルちゃん、アーベントをからかったら、ダメよ。」
「はい。」
「アーベントも。熱くならないで。チェルちゃんは、貴方のお嫁さんも家族として、大事にしたいと思っているのよ。」
「うっ・・・うん・・・。」
二人の様子を少し見てから、チェルミンを諭し、アーベントを宥めた。
「さぁ、二人とも、そろそろ食堂に行きましょう。皆も起きてくるから。」
「そうですね。」
「あぁ・・・大分話し込んでいたな。行こう。」
アーベントが、ポケットに入っていた懐中時計で時間を確認し、三人は、食堂へ向かって足を進めた。
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