伯爵家の朝・中編
『バッチィ』ものが嫌いな伯爵令嬢は、美しいもの、可愛いもの、カッコイイもの、面白いものが大好き。魅力ある姉、兄、妹、弟を賛美し、個性あふれる花々を飾り立て愛でることが生き甲斐の令嬢が送る、ちょっとズレた日常です。
「あら?今日は三人一緒なのね。」
三人が食堂に入ると、長い金髪に紫のドレスを着た女性が立っていた。
「シュテルン姉様っ!おはようございます!」
「おはよう、チェル。」
「あぁ、日輪の光に御髪が共鳴するように靡くお姿は、まさしく光の女神。昨夜から変えられたた髪の薬剤は、美しき御髪を引き立て、本日から纏われている香水は、姉様の麗しさを際立たせていますわっ!そして、空気に波紋を入れるような凛としたお声に、眠気も吹き飛ぶようです。」
跪いてはいないが、その姿は、夜のテラスで星明りに照らされた淑女に恋をした紳士が、己の思いを語っているようだ。
心なしか、手元には花束も見えそうな状況である。
「ありがとう、チェル。」
シュテルンも、妹のこの姿は慣れているので、とくに何も言わず、賛美を受け取る。
「それにしても、流石だわ。香水を変えたことにも気づくだなんて。髪の美容液は、チェルに教えてもらったけど、香水は、よく分かったわね。」
「もちろんでございます。シュテルン姉様が昨日まで纏われていた香水は、ローズ系。今、纏われているのは、ラベンダー系です。」
「正解。普段使い用に、薄いものを付けているのに、チェルの鼻は凄いわね。」
「そんなことは・・・私は、ただ、シュテルン姉様を見ているだけですので・・・。」
チェルミンは、褒められるのが苦手なのか、少々困り顔になる。
「本当だわ。いつもと香りが違うわ。」
そこへ、エルヴィーネも近くにやって来た。
「エルヴィーネお姉様、おはようございます。」
「おはよう。良い香りね、シュテちゃん。」
「ありがとうございます。ゼローゼ商会が、三日前から発売した新作なんですよ。」
「シュテちゃんは、流行に敏感だからね。でも、本当に良い香り・・・髪もキレイ。」
シュテルンが動く度に、照明の灯りに反射する金髪は、絹織物のように滑らかで輝いていた。
「髪の美容液は、チェルの見立てだから、間違いありませんわ。私共の状態に合わせて、適切な物を教えてくれますの。エルヴィーネ姉様もやってもらえば、どうですか?」
「そうね。シュテちゃんの髪、いつもより、ツヤツヤだもの。チェルちゃん、私にも教えてくれる?」
「はい。私で良ければ・・・。」
「おっはようっ!」
「おはようございますっ!」
「おはようございます・・・。」
アーベントより赤い髪の男性と、その後ろにシュテルンより少し薄い金髪のツインテールの少女と少女と
顔の似たエルヴィーネより少し濃い茶髪の少年が入って来た。
「アーベント兄さん、おはよう。」
「おはよう、イグナーツ。今日も朝練か?」
首にタオルを掛け、毛先が少し濡れた弟にアーベントが聞く。
「うん。シャワー浴びて来たら、家の双子ちゃんと廊下で会ったから一緒に来たんだ。」
イグナーツの視線の先には、
「ジラソーレ、ミューク、おはよう。あぁ、ジラソーレの花弁が開いた微笑は、花の妖精そのもの。髪は蜂蜜ような甘い香りを漂わせ、手を伸ばすと消えしまうようだわ。その笑顔から零れる声は、私を夢に誘ってくれる。あぁ、ミュークの大きな瞳は、陽の光を集めた海のように美しく、宝石の妖精そのもの。その身は、黒糖のような甘味な香りを纏い、魅入られた私は、その場から出られることは無いでしょう。」
身長的に跪かないといけないので、膝を着いたチェルミンがジラソーレとミュークに、それぞれ賛美を贈っている。
チェルミンにとって、末っ子の双子は、花畑にいる妖精だということだろうか。
賛美までメルヘンと言うかファンタジーというか。
姉や兄達への賛美とは異なり、今その場は、花畑となり、二人は花の上の妖精で、自身はその二人の魅力に捕らわれた虫だと言っている。
「チェルお姉様、私、羽は持っていませんよ?」
「僕も、羽ないよ。」
双子は、チェルミンの賛美に、小首を傾げながら疑問を返す。
「ふわぁぁっっ!!私の天使達っ!!」
「「うわぁっ?!?」」
双子の首傾げにやられたチェルミンは、奇声を上げながら二人を抱きしめた。
「あぁ、何でこんなに可愛いのでしょう・・・生命の神よ。我が前に、妹弟を授けて下さったことを感謝致します。」
今度は、教会でステンドグラスに描かれた神にでも祈るように、感謝を述べるチェルミン。
抱きしめられている二人は、どうしていいか分からず、チェルミンの腕の中で固まっている。
「チェル・・・。」
「そろそろ離してあげないとあげないと、ソーレちゃんもミューちゃんも苦しそうよ?」
「!?ごめんなさいっ!どこも痛くないっ!?」
シュテルンとエルヴィーネに言われ、慌てて二人を離し謝罪した。
「痛くないよ。」
「大丈夫ですわ。」
「良かった・・・ごめんなさいね。二人が、あまりにも可愛いから、つい・・・。」
暴走したことを、改めて二人に詫びる。
「平気だよ。」
「チェルお姉様が、私達が大好きなのは知っていますもの。」
双子も暴走はするチェルミンに引いたりしないようだ。
全くもって良い子達である。
そんな二人を見て、再びチェルミンは抱き着きたい衝動に駆られるのを、スカートの中で己の足を踏み何とか抑え込んでいた。
「チェル姉、おっはよう。」
アーベントと話していたイグナーツが、チェルミンの下にやって来た。
「イグナーツ。」
「うっ?!」
「「「!!?」」」
カンッ
それは、目にも止まらぬ速さだった。
チェルミンの瞳が三日月のように細められた瞬間、どこからか出した扇子を閉じたまま横一線振るったのを、イグナーツは腰に挿していたいた短刀の鞘で受け止め、辺りに鈍い音が響いたのだ。
姉弟達は、突然のことに驚いて声も出ないが、
「やはり、右手を痛めていますね。」
いきなり、扇子を振るったチェルミンだけは、冷静にイグナーツと受け止めた鞘を握る右手を見ている。
「・・・チェル姉、何で分かったの?」
チェルミンの圧に負けたイグナーツは、バツが悪そうに聞いてくる。
「愚問ですね。私が、どれだけ貴方を見ていると思っているのですか?グロリオサのような赤髪を、雫のような汗で煌めかせ、風のような鋭い足運び、規則正しく振り下ろされる剣舞の音と合わさる呼吸は、まさに大地の息吹そのものなのです。真っすぐ前を見つめる瞳は、どこまで射抜き、どこまでも楽しげで、
見ていて飽きることはありません。」
「ちぇ、チェル姉・・・。」
急に賛美を贈られ、イグナーツは赤くした顔を手で覆っている。
賛美贈られることは、毎日だが、姉弟がほぼ全員が揃った前で言われるのは、なかなかに無いのだ。
それに、賛美を贈るチェルミンは、朝の庭で一心不乱に剣技を磨く、イグナーツを物陰からうっとりと隠れ見ているファンのようである。
それは、イグナーツにとってはとても恥ずかしいことであった。
「そんな貴方の呼吸が、今日は乱れていました。剣の音も少々弱く、足運びもどこか遠慮がちでしたので、痛めているとすぐに分かりましたよ。」
「うぅ・・・昨日の練習中にちょっと力を入れすぎちゃって・・・。」
「イグナーツ。王立騎士団を目指すのであれば、時には我慢を必要でしょう。しかし、今はその時ではありません。きちんと治る怪我を治しておかなければ、大事な時に隙を作ります。一瞬の隙を敵は見逃しません。」
チェルミンは、扇子を下げ、背筋を正し、先程、妹弟達に向けていた表情や声から一変して、厳しい視線をイグナーツに向ける。
「わ、分かっているよ・・・。」
「いいえ。分かっていません。分かっているようなら、すぐに治療をした筈です。」
「・・・・・・。」
イグナーツは、反論出来ず、下を向くしかなかった。
「イグナーツ。騎士の役割を述べなさい。」
「えっ・・・騎士は、国に仕え、王侯貴族や民を守る騎乗して戦う者・・・。」
「そうです。『騎士』とは、名声や報酬を求めるものでは無く、守るものがあり、それを守ることが役割です。そこが『戦士』との違いです。イグナーツ、貴方は強くなりたくて、剣を振るっているようですが、今一度、大事なものをもの守るために、剣を持っている自覚を持ちなさい。その剣は、護衛対象も仲間も、己も守るものなのです。」
「はい・・・。」
射抜くような視線を向けて諭すチェルミンに、イグナーツは、頷くとしかできなかった。
「イグ兄様、大丈夫かな?」
「チェル姉様、まだ怒っている?」
末っ子の双子のジラソーレとミュークは、エルヴィーネのドレスの裾を掴みながら少々怯えていた。
常に姉弟達には賛美と慈しみ情を向けているチェルミンの変貌ぶりに付いていけず、交互に二人を見ながら、他の姉兄達問う。
「大丈夫よ。ソーレちゃミューちゃん。」
「チェルは、イグナーツのことも大好きだからね。」
「あれも、チェルなりの愛情表現だからな、安心しなさい。」
シュテルンもエルヴィーネもアーベントも、チェルミンの気持ちが分かっているので、双子達に優しく返事をする。
「「・・・・・・。」」
双子は、顔を見合わせ、いまいち納得していないようだ。その為、
「チェル、朝食前だ。それまでにしろ。」
アーベントが間に入った。
「アーベント兄様、しかし・・・。」
「気持ちは分かるが、お前の大好きな妖精達を怯えているぞ。」
「うっ・・・分かりました・・・。」
アーベントに言われ、一瞬、ジラソーレとミュークに視線を向ける。
その震えた瞳を見て、チェルミンは吊り上がっていた瞳を戻した。
「イグナーツも、チェルに心配かけるな。」
「うん・・・。チェル姉ごめん・・・。」
「私も、言い過ぎました。ごめんなさい・・・。」
互いに頭を下げて謝罪する。
その二人の様子を見て、ジラソーレとミュークは、漸く安堵の表情を浮かべた。
「イグナーツ。まだ、全員揃いませんから、すぐに手当てしてもらって来なさい。」
「えっ?!チェル姉。オレ、腹減ってるから、朝食食べてからでも・・・。」
「ダメです。貴方は逃げるのも得意で、歯の治療をしようとしたら、全速力で逃げて、屋敷中を使用人総出で探すことになったことを、忘れたとは言わせませんよ。」
「そんな昔の話、ミューク達の前で持ち出さないでよっ?!」
イグナーツは、髪の毛に近くなる程、顔を赤くする。
やはり、兄としてのプライドか、妹弟達の前で子供の頃の失態を言われるのは、恥ずかしいのだろう。
「だったら、早く治療なさい。イースト。」
「はっ!ここに。」
いつの間にか、執事の一人のイーストが立っていた。
その手には、応急処置の道具が入った箱を持っている。
「イースト。頼んだわよ。」
「はい。チェルミン様。イグナーツ様、こちらへ。」
丁寧だが、有無を言わせないイーストに、
「う、うん・・・。」
イグナーツは、悪戯がバレた子供のように肩を落として付いて行った。
二人が食堂から出ていくのを見届けると、
「チェルミン姉様は、何でも知っているのですね。」
ジラソーレが、チェルミンに尋ねて来た。
「『何でも』というわけではありませんが、ジラソーレとミュークが夜中にこっそり、おやつのクッキーを食べたことは知っていますよ。」
「「えっ?!」」
二人は驚き、ジラソーレは手で口を塞ぎ、ミュークは手を頬に当てオロオロする。
「・・・どうして?」
「知っているの・・・?」
二人は、何故分かったのか分からず、互いの顔を見合わせながら、チェルを見上げる。
「二人とも、食べた後に歯を磨かなかったでしょう。わずかですが、歯にクッキーのカスが残っていましたよ。それに、私は先程、言いましたよね。『蜂蜜のように甘い』、『黒砂糖のような甘味』だと。」
「「あっ?!」」
先程の賛美を思い出す。
いつものことなので、二人とも気にしていなかったのだ。
「あのクッキーは、香り付けがしてあって残りやすいのです。お風呂も入って着替えもしている筈なのに香りが残っているということは、夜中にこっそり二人で食べたのでしょう。」
「「うぅ・・・。」」
「また、メイド達が何も言ってないということは、共犯。そうでなければ、布団やテーブルの上に、クッキーの痕跡が残らないよう二人の部屋の間にある小さな書庫で食べたのでしょう。あそこには、ソファーもテーブルもありますしね。」
「・・・み、見ていたのですか?」
「いいえ。様々な状況を観察した結果、推理しただけです。」
青い顔をして聞いてくるジラソーレに、淡々と返すチェルミン。
「「ごめんなさい・・・。」」
「で、でもね、ジラソーレは悪くないんだ。僕が食べたいって言ったから・・・。」
「ミュークも悪くないわ。私も食べたかったの。だから・・・怒らないで・・・。」
大きな瞳を震わせながら、互いを庇う二人。
そんな二人の様子に、
「ジラソーレもミュークも。私は、『クッキーを食べたこと』は、怒っていませんよ。」
「えっ?」
「チェルお姉様、怒ってないの・・・?」
「えぇ。あのクッキーは、うちのパティシエが作った新作のクッキーで、私も食べて、とても美味しかったですからね。夜中に、こっそり食べていという気持ちは、分かりますよ。」
チェルミンは、怒っていないことを告げる。
「私が言いたいのは、クッキーを食べた後、『歯磨きをしないで寝た』という点です。二人は覚えていないかもしれませんが、イグナーツもよく、夜中にこっそりお菓子を食べては、歯を磨かずに寝たので、よく虫歯になっていました。治療に行くにも、逃げ回り、どれだけ大変だったか・・・。私は、二人が虫歯になり、好きなものを食べられなくなるのが嫌なのです。分かってくれますか?」
イグナーツの話をする時、少々遠い目をしたが、気にしないでおこう。
チェルミンは、双子が大事だから、すぐ下の弟のようになって欲しくないと言っているのだ。
「はい・・・。」
「うん・・・。」
二人は小さく頷く。
「では、朝食の後、いつもり長く歯磨きをなさい。そうすれば、夜のうちに増えるという虫歯の悪魔を退治できるでしょうから。」
「「はいっ!!」」
チェルミンの顔が、いつもの優しく慈しみの顔に戻っていると気付いた双子は、元気よく返事をした。
「チェルにかかったら、つまみ食いも出来ないわね。」
「いつも思うが、あいつは私達のことを、どこまで見ているんだろうな。歯に残ったカスなんて、普通は見ないぞ。」
「アーベントお兄様、それを見ているのが、チェルですわ。」
「えぇ。チェルちゃんは、私達以上に私達のことを分かってくれているのだと思うわ。」
「違いない・・・。」
三人達は、双子頭を撫でるチェルミン見ながら、改めて思う。
どんなに変わっていても、自分達の妹であることに変わりは無いからと。
読んでいただき、ありがとうございます。




