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『バッチィ』令嬢現る・後編

名前も知らない令嬢に助けられたミーツェ。そんな令嬢の言葉に、ミーツェは前を向く。




こちらは、王城にある夜会の会場。


楽団の演奏に合わせ、着飾った男女が躍り、休憩席には、ワイングラスを傾け談笑する者、テラスには、密やかな逢瀬を楽しむ者、様々な人間達が思い思いに過ごしていた。


そんな中、ロバートは不機嫌な顔で、料理を口に入れていた。


「ロバート、ローストビーフ持って来たぜ。」


「サンキュー・・・。」


友人から、皿を受け取ると、フォークで二枚同時に刺し、口に入れる。


「おいおい、そんな落ち込むなってっ!あいては、社交界の高嶺の花なんだからさっ!」


「分かっている・・・。」


そうは言うが、食べる手は止まらない。


ロバートは、ミーツェ達がいなくなってから、お目当ての令嬢の下に行ったのだが、そこは、町の商会の安売り日のように、人盛りが出来ていた。


もちろん、殺気立った奥様達とは違うが、誰しも頬を赤らめ、社交界の高嶺の花と言われる令嬢を囲んでいたのだ。


無理にでも進もうとしたが、ロバートの家より位が高い家の子息や騎士科の筋骨隆々な男達もおり、断念したのだった。


「はぁ~・・・せっかく、赤いジャケットにして、気付いて貰おうとしたのに・・・。」


ミーツェに黙って変えた衣装も、目当ての令嬢に印象付ける為だったようだ。


まぁ、視界に入れば、ある意味覚えてもらえるかもしれないが。


「まぁまぁ。さっきいた連中も、殆ど相手にされてなかったし、チャンスあるって。それよりさぁ、あっちの子達に、話しかけてみようぜ。」


友人が言う先には、大人っぽいドレスを着た子達、数人が談笑をしていた。


「そうだな。」


食べてばかりいるのも、外聞が悪いと思ったロバートは、友人の誘いに乗ることにした。



「ロバート、ニック。ここにいたのか。」


二人の下に、眼鏡を掛けた男がやって来た。


「ヒラリーじゃん。」


「遅かったな。いつも、時間に正確なのに。」


「実は、出先で眼鏡を落としてしまってな・・・予備で行こうとしたが、予備も度が合わなくなっていて、慌てて店に行って直してもらったんだ。」


眼鏡を淵に触れながら、己にあったことを話す、ヒラリー。


「確かに、眼鏡無いとヒラリーはキツイよな。」


「そうだな。でも、直って良かったじゃないか。」


「あぁ。ところで、ロバート。その服は着替えたのか?」


「えっ?何で?」


「いや、そのジャケット・・・。」


「これはなぁ、ヒラリー。ロバートが想いを寄せる高値の花に気付いて欲しくしたした装いだぜ。目立つだろ?」


聞きにくそうに尋ねるヒラリーに、ニックが解説する。


「確かに目立つが、それより、高値の花って・・・お前、ミーツェ嬢はどうした?」


「・・・さぁ。」


ミーツェの名前を出した途端、ロバートは眉をひそめ、不機嫌な顔をになる。


「さぁって、一緒に来たんじゃないのか?」


「知らない。どこの誰とも知らない令嬢に付いていった。」


「令嬢?」


「そうそう。ミーツェちゃんに『踊って』言って、手を引いて会場を出てちゃったんだ。」


「えっ・・・おい、それってもしかして・・・。」


ヒラリーが何かを言おうとした時、会場を流れる音が変わった。


その瞬間、


「「「おおおっっっ!!!」」」


ダンス場で、人々が声が上がった。


「なんだ?」


「ん?!ロバート、あれは・・・。」


「・・・ミーツェっ?!」


ロバート達が驚くのも無理は無い。


先ほど姿を消した、ミーツェが中央で踊っているのだ。


おまけに、ミーツェのドレスは、チェリーピンクのプリンセスラインドレスにスカートの部分をティアード状にし、下に行くほど薄い色になっている。


まとめていた茶色の髪を緩く下し、サイドをドレスと同系色のリボンで結い上げ、普段と全く違う装いだ。


それにより、ロバートも気付くのが遅れたのだ。


「うわぁ~別人じゃん。」


「いや、それよりも、共に踊っている令嬢は・・・。」


ミーツェの相手を務めているのは男性ではない。


軽やかに男性のステップを踏んでいるが、決して男性ではない。


こちらは、おろしていた髪をポニーの位置まで上げて結い、マラカイトグリーンのマーメイドラインドレスを身にまとい、こちらのスカートは下に行くほど濃い色になっている。


「「「きゃぁぁぁっ!!!」」」


「素敵ですわっ!」


「なんて、お似合いなの・・・。」


「美しいな・・・。」


ミーツェがターンをする度に、スカートが花の蕾が開花したように平がる。


その度に、会場から黄色い声が上がり、頬を染めうっとりと眺めている。


ダンスをしていた他のペア達も、自身の踊りを忘れ、止まってしまっている。


一気に開くのではなく、外側から一枚一枚、開いていくように、スカートは揺れ、寄り添う令嬢のドレスと重なって、二人で一輪の花を作り上げているのだ。


「やっぱりだ。」


「ヒラリー。なんだよ、やっぱりって・・・?」


ロバートは、隣で見ていたヒラリーに聞く。


「あの令嬢だよっ!この前の夜会と装いが違うから分からなかったが、間違いない。女性とばかり踊る社交界の変わり者。チェルミン・アウリング・ノンヴァロ伯爵令嬢だ。」


「?!あ、アウリング・ノンヴァロだってっ!?」


ロバートは、今日一番目を見開き、声が上擦った。


「あぁ・・・多方面に優秀な人物を輩出しているアウリング・ノンヴァロ伯爵家の現当主の八人の子供のうちの一人だ。」


「・・・・・・。」


ロバートは、顔を真っ青にし、信じられないものを見る目で、踊る二人を見ていることしか出来なかった。


『女性と踊るのが好き』だと言っている時点で、チェルミンのステップは、男性パートを見事に踊っている。


おまけに、曲やミーツェの動きに合わせ、丁寧にフォローもしているのだ。


正直、ドレスさえ着ていなければ、何の違和感もない光景だろう。


その証拠に、ロバートだけでなく、先程、ミーツェを笑っていた者達までも、グラスやフォークを持ったまま、二人のダンスに魅入っていたのだ。


「チェルミン様。」


「なんですか?」


「どうして、私を助けて下さったのですか?お会いするのも初めてだと思うのですが・・・。」


曲調がゆっくりになった頃、ミーツェは小さな声で、チェルミンに尋ねた。


初対面である筈なのに、どうしてここまでしてくれるのか、と。


「私は、基本女性には笑っていて欲しいというのが信条でして、涙に濡れた顔を見るのが嫌なのです。もちろん、嬉し涙や面白いことに反応して出る涙、大切な誰かを悼む涙は別ですが・・・。」


「それ、だけですか・・・?」


回答に満足できないミーツェは、まっすぐチェルミンを見つめて、再度尋ねた。


「・・・もっと言うと、あの男のバッチィ声が耳に入るのが嫌だったのです。人を蔑む言葉は、どれだけ声質が美しくとも、バッチィもの。その汚らわしい声で、可憐な花を萎れさせようとする。そんな、愚かな行為が私には許せなかったのです。」


「・・・・・・。」


ミーツェは、改めて驚いていた。


社交界は、爵位の序列が全てで、羨望と嫉妬、謀略の世界。


どこの誰が言ったのか忘れたが、『他人の不幸は蜜の味』なのだ。


故に、婚約者に相手にされない令嬢を助ける物好き等いない。


まして、貧乏子爵令嬢を助けるヒーロー等いるわけがない。


そう、ミーツェは思っていた。


しかし、チェルミンは違った。


己の信念の下、ロバートを論破し、ミーツェをあの針の筵の空間から助け出してくれたのだ。


そればかりか、好きな色のドレスを着せ、パートナーを務めてくれている。


性別等関係なく、チェルミンはミーツェにとってのヒーローとなった。


「あ、あの、は、花って、私のことですか・・・?」


「えぇ。もちろん。」


「初めて言われました・・・。」


「自信をお持ちなさい。貴女は、とても、可愛らしく、優しい花です。それに・・・。」


「それに?」


「とても『おいしそう』だったからです。」


「おいっ!?・・・。」


ミーツェは、人間に言うような誉め言葉では無いと思った。


しかし、言ったチェルミンの顔が、とろけそうな程、愛情と慈しみに満ちた表情を向けてくるので、顔が熱くなり、それ以上言うのを止めた。


曲が変わっても、ミーツェは、チェルミンの手を離さなかった。


時々、チェルミンが、『疲れませんか?』と聞いてくるが、ミーツェは踊った。


初めて履くヒールの靴で、足は疲れ痛みあったが、止まりたくなかったのだ。


今まで、感じたことのない自身の内側から出てくる高揚感を噛みしめながら、ミーツェは笑顔で踊り続けた。


「貴女は、やはり笑った顔が可愛いですね。」


「ありがとう、ございます・・・。」


目を合わせ、はっきりと賛美を述べるチェルミンの言葉は、ミーツェにとって、最高の贈り物となった。


「(夢なら覚めないで・・・。)」


そんな思いを抱きながら、ミーツェにとって、今までで一番長い夜となった。




読んでいただき、ありがとうございます。

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