『バッチィ』令嬢現る・前編
夜会で、婚約者から冷たくされるミーツェ。そんな彼女の前に、一人の令嬢が現れた。
煌びやかなシャンデリアが光る会場。
反射する光によって、白い壁には薄く文様が浮かび上がっている。
光の花の下では、色とりどりの美しい花々が、咲き乱れ、その香りに誘われた者達と手を取り、風のない部屋の中で自らそよいでいた。
美しき花々や麗しい令息達が談笑をしている。
「ロバート様、今、何と・・・?」
ミーツェは、先を歩く婚約者に声を掛けた。
「耳まで悪いのか?『お前のような地味な女と踊れない』と言ったんだ。」
「そんな・・・。」
ミーツェのドレスは、ジャスミンイエローのハイネックの長袖Aラインで、胸元に多少の飾りはあるが、レースや装飾が多く無いうえ、髪後ろにまとめており、とても落ち着いたスタイルだ。
だが、それは、ロバートの衣装に合わせて用意したのだが、赤系のジャケットを羽織っていることから、直前で変更したのだろう。
もちろん、ミーツェは何の連絡も受けていない。
「この際だから、はっきり言っておくが、父上が言わなければ、君みたいな地味な子爵令嬢の君と婚約等しはしなかった。」
「・・・・・・。」
ミーツェは、ロバートの言うことに反論できなかった。『地味』であることは、本人も自覚している。
それに、ミーツェの家が子爵で、ロバートの家は伯爵。
爵位の序列から、下位であるミーツェがロバートに文句など言えるわけなかった。
「おかわいそうに・・・。」
「何も、このような所で言わなくてもね・・・。」
「あら?もともと、身分が釣り合わなかったのだし、仕方ないのではなくって?」
「だが、時と場所を考えるべきだ。」
「いやいや、私だって、あんな地味な女の隣に立ちたくないね。」
「もう、本当のこと言ったら泣いちゃうわよ。」
婚約者に相手にされない令嬢など、物笑いの種。良い標的だ。
憐みの視線と共に、蔑む言葉とクスクスと笑い声が、あちらこちらから、飛び交っている。
その声は、ミーツェにも届き、今すぐにでも、駆け出して家に帰りたい衝動に駆られた。
パァーンっ
「っ!?」
突如響いた高音に、ミーチェは目じりの熱くなった顔を上げた。
「なっ?!」
「何だっ!?」
「あれはっ!?」
周りは、音のした方を見て騒いでいる。
ミーチェは、雑踏の中に目をやると、コバルトブルーのポートネックのベルラインドレスを身にまとい、
手に扇子を持った黒髪の令嬢が現れた。
絨毯の上だというのに、彼女が進むにつれ、カツン、カツンと音が耳に響くような気さえした。
それと同時に、人の波は、油を避ける胡椒のように道を開けていった。
令嬢は、ミーチェとロバートの間に来ると、
「バッチィわね。」
ロバートに向かって、吐き捨てるように言った。
「なっ?!・・・何だとっ?!」
いきなり、貶される言葉を言われ、ロバートは目を吊り上げ、拳を握って声を荒げた。
「喧しい。私の耳に、貴方のバッチィ声を入れないでいただける。耳が腐るわ。」
「くっ!?ふざけっ、うっ!?・・・。」
顔を真っ赤にして抗議をしようとするロバートの前に、扇子の先が向けられる。
その先にある令嬢の目を見て、ロバートは一歩後ろに下がった。
「ミス・メシルスキー。」
令嬢は、そんなロバートに背を向け、ミーツェの方に向き直った。
「は、はいっ!」
自分が呼ばれると思っていなかったミーツェは上擦った声で返事をした。
「今宵、貴女は、この不躾でバッチィ男と踊らないと言うことですが、どなたか踊る相手はいらっしゃるの?」
「い、いえ・・・特には・・・。」
「そう。では、私と踊っていただける?」
「えっ!?」
ミーツェは、目を見開き令嬢とは思えないような高い声を上げた。
「おいっ!ふざけるなっ!ミーツェは、僕の婚約者だぞっ!」
復活したのか、ロバートが再び抗議してきた。
「貴方はさっき、『彼女とは踊らない』と宣言したではないの。ここにいる全員が承認よ。まさか、こんな大勢がいる前で己が発した言葉が容易に撤回出来るとお思いで?」
「うぅ・・・。」
ロバートは、反論できず唇を噛み、目を泳がせることしか出来なかった。
「さぁ、行きましょう。ミス・メシルスキー。」
「は、はぁ・・・。」
手を取られ、ゆっくりと会場を抜けていくミーツェ達。
様々な視線が突き刺さるが、並び歩く令嬢の横顔を見ると、不思議と怖くなかった。
エスコートされながら、お城の廊下を進む。
ミーチェは、どこに連れていかれるのか、不安だったが、歩幅を合わせる歩き方に少し安心をした。
歩幅に合わせて歩いてくれるのは、父と亡くなった祖父、そして、今夜、熱を出して寝ている兄だけだった。
もちろん、婚約者のロバートにはされたことがない。
いや、そもそも、エスコートをされたこと等あったのだろうか、子供の頃からの婚約者んなので、昔はあったのかもしれないが、今は遠い記憶過ぎて、思い出せない。
「こちらへ。」
ある部屋の前に来ると、令嬢は、ミーツェの手を引いて中に入れた。
「さぁ、ミス・メシルスキー。あのバッチィ男の為に来たドレスなんて、脱いでいただける。」
部屋に入っての第一声だった。
令嬢は、一刻も早く、ミーチェのドレスを変えたいようだ。
見ると、令嬢の後ろには顔の良く似たメイドが二人控えている。
一体いつからいたのだろうか。いや、それよりも・・・。
「あ、あの、家はあまり裕福では無くて・・・替えのドレスは・・・。」
ミーツェの実家、メシルスキー子爵家は、ここ数年不作が続き、民の為に私財を投げうった為、家計は困窮しているのだ。
そんな中でも、婚約者がいるミーツェの為に、乳母と一人のメイドが、亡くなった祖母が残したドレスを直し、パーティーに送り出してくれたのだ。
「問題ありません。ドレスは、こちらで用意しています。」
「!?あっ、その、お、お礼も出来ませんし・・・それに、私なんかが何を着ても、にあわっ!?」
ミーチェの言葉を、令嬢は人差し指で遮った。
「自分を下げる言葉は、一種の呪いよ。あの男から言われた言葉で、己に呪い掛けないの。それと、ミーツェ嬢、あのバッチィ男はデザイナーですか?それとも、目利きの鑑定士ですか?」
「い、いいえ・・・。」
「でしょうね。今日、着ていた真っ赤なジャケット。ズボンまで合わせるならともかく、ズボンが薄い黄色だなんて、色彩感覚があるとは思えませんわ。カジュアルなお集まりないざ知らず、ここは王城の社交場。悪目立ちが過ぎて、ジャケットが歩いているようですわ。」
「・・・・・・。」
ミーツェも、分かってはいたのだ。ロバートの服装が、相応しくないことは。
色が落ち着いているなら、まだ見れたかもしれないが、ジャケットの色が濃すぎて、ズボンや中のシャツが薄いので、令嬢が言う通りジャケットが歩いて見えると言える。
「お分かりでしょう?そんなセンスの欠片も持ち合わせていない男から言われた言葉で、己を苦しめる言葉を紡ぐなど、愚の骨頂ですよ。ミーツェ嬢。」
「・・・はい・・・。」
ロバートの姿を思い出しながら、令嬢の言葉の的確さにミーチェは頷いた。
「ノース、サース。」
「「はっ!」」
ミーチェの返事を確認し、令嬢はすぐ後ろに控えていたメイド達を呼んだ。
メイド達は、左右に分かれ、置かれていた衝立を退けた。
「!!?」
現れたドレス達に、ミーチェは息をのむ。
まるで、店の中かと言うほど、ドレスが並んでいたのだ。
「さぁ、選んで・・・。」
驚いているミーツェの肩に手をが置かれ、耳元で囁く令嬢の声に押されるように、ミーツェはドレス海の中に入っていった。
「・・・うわぁ・・・。」
思わずため息が出るほど、細かい装飾がされたドレス波は、ミーツェの瞳を捉えて離さない。
ふと、とある一着の前で足が止まった。
「それが、気に入ったの?」
「は、はいっ!この色、好きなのですが、最近、全然着ていなくて・・・。」
ミーツェが、普段着ているのは茶色系、ロバートからすると、『枯草みたいな色』だそうだ。
別に好きな色だったわけではないが、ロバートが、『それが一番マシに見える』というから着ていただけだ。
それをも、『地味』だというのだから、何と勝手なのだろう。
しかし、今はロバートもいない。彼の好みに合わせる必要はまるで無い。
ミーツェは、ドレスを抱きしめながら、ロバートの陰を振り払い、
「私、これが着たいです。」
と、令嬢に向って言った。
「分かったわ。ノースは靴とお飾りを、サースはメイクとヘアアレンジを。」
「「はい。」」
令嬢は、メイド達にテキパキと支持を出す。
「あ、あの・・・。」
「どうしました?別のドレスにしますか?」
「あっ、いえ、その・・・女史のお名前を伺っても・・・。」
ミーチェは、ようやく一番聞きたかったことを聞いた。
尋ねられた令嬢は、目を丸くし、
「まぁ、私としたことが、申し訳ありません。申し遅れました。私―。」
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