十二 決着。
サーバールーム『浄化』まで、あと1分。
既に基地上空に到達したトモミは、ハユ達の進捗を見守っていた。
本来であればもうメインシステムの破壊に入るべきタイミングである。だが、トモミはまだ動こうとはしなかった。
トライアインならば、そして今の自分なら、コアサーバー破壊に要する時間は30秒もあれば充分だろうという考えもあった。だがそれ以上に、ハユとイツキなら必ず止めてくれるはずだという信頼が大きかった。
トライドライはサーバールーム直下の地中にいる。分厚いコンクリートと鋼鈑で固められた堅固な基地の外壁を突破するのに要する時間は。
サーバールームまであと5mというところで、トライドライの移動が止まった。鋼鈑の層に突き当たったのだ。残り時間は50秒、トモミが待てるのはあと20秒だ。
「余計なことすんじゃねえぞ、トモミ」
イツキから通信が入る。だが、人の命がかかっているのだ。強がりならば付き合うわけにはいかない。
「危険だと思ったら遠慮なくサーバーを破壊してください。でも大丈夫、私達で何とかします!」
ハユは控えめにそう言ったが、その言葉には決意と自信がこもっていた。
サーバールーム『浄化』まで、40秒。トライドライの機体が動いている様子はない。トモミは手の汗を拭いて操縦桿を握りなおした。
「……よし、いった! 打ち込めハユ!」
イツキの声に呼応して、基地の動きは完全に停止した。
サーバールーム『浄化』まで37秒。筑波基地奪還作戦は、完了した。
彼が意識を取り戻した時、自分がどこにいるのか、何をしているのか、そして自分が何者なのかすらわからなくなっていた。
まだ身体の機能は回復しておらず、身動きする事も出来ない。見る事も、聞く事も、何もかもが封じられていた。
「……聞こえるか……?」
頭の中に直接伝わってくるような声。誰だ……?
「……回収する。帰るぞ、私達の世界に」
何だろう。ひどく懐かしい気がする。ならば、任せておけばいいって事か。
「すぐに次の戦いの準備をする。今度は一緒だ。TSUBASA」
TSUBASA――ツバサ。それが俺の名前か。そうか。そんな気がする。
「任セル……。MISAKI……」
精一杯そう返すと、彼――TSUBASAは、また暗い闇の底へ意識を引きずり込まれていった。
翌6月7日10:00。
司令室に集合したのは五十畑、大榊、宮司、金富とTシリーズのメンバー。それから稲本ら各メンバーのサポートを担当する下士官達だった。スクリーンには岐部総理大臣、御殿場防警大臣、そして統合幕僚長、櫻森陸将の姿があった。
ライゾウには自室から通信で参加するようにという指示があったのだが頑として聞かず、リハビリの一環と称して自分の足で歩いてここまで来ていた。寺嶋の手を借りはしたが、車椅子や松葉杖は断固拒否する勢いだった。
「昨日における、みなさんの立派な働きには、ただただ頭が下がる思いです。本当にありがとうございました」
スクリーンの中の岐部総理が、深々と頭を下げた。御殿場大臣、櫻森陸将、統幕長も続いて頭を下げる。
「今後とも、ご自分の生命をまず第一に、そして日本国民みんなの生命財産を守るため、お力をお貸しください。よろしくお願いいたします」
総理の挨拶が終わると、全員が着席した。
「それでは、6月6日、筑波基地奪還作戦の報告を致します」
大榊が立ち上がって報告を始めた。
投入された部隊数、運用されたヘリ等の機数、兵員の数。そして、消費された物、破壊された物、死傷者数がざっと説明された。もちろん細かい数字はデータとして共有されている。
イサオにとっては、死傷者数が一番気になっていた。しかし、あれだけ激しい戦闘があったにもかかわらず、軽傷者が数十名出たのみで、重傷者、死者はゼロであった。
「実際ヘリ部隊は相手の射程外から攻撃できてたわけだし、危険があったのはTシリーズメンバーと、制圧部隊だけだったんだが、あの殺人遊園地みたいにされていた筑波基地に突入して無事に帰って来れるってのは、さすが習志野としか言いようがありませんなぁ」
宮司が大げさに感嘆の声を上げると、櫻森陸将はにっこりと微笑んだ。
「それも、外からの脅威を封じて、制圧部隊を任務に集中させてもらえたおかげですよ。最後はTシリーズに助けていただきましたしね」
櫻森陸将の言葉に五十畑が大きくうなずく。
「習志野からのお力添えは本当に感謝申し上げます。皆さんを無事にお返しすることが出来て、胸をなでおろしております」
五十畑はスクリーンの櫻森陸将へ、少し緊張した敬礼をした。ハユが思わずくすっと笑い、櫻森陸将はそんなハユを不思議そうに見つめた。
「しかし、一体どんな手を使ったんだ? メインシステムを止めた時、ドライはサーバールームの5mは下にいたはずだ。コアサーバーに直接コマンドを打ち込む事なんて出来なかったはずなんだが」
宮司が助け舟を出すように言った。トモミも同じ疑問を抱いていた。あと7秒遅かったら、自分が基地施設を破り、コアサーバーを破壊することになっていたのだ。
「どんな手を使おうが、やる事きっちりやっときゃ文句ねえだろ」
イツキがボソッと吐き出した。どうもこういう席は性に合わない、という態度を隠そうともしない。
「特にサーバールームは堅牢に囲われていることは予想できましたので、最初から直接外壁を破る事は考えていませんでした」
ハユが話し始めるとイツキが舌打ちした。が、もうハユがその舌打ちを恐れることはない。ハユは笑顔でイツキをちらっと見て、話を続けた。
「トライドライが地底を行動できるように作られていたとしても、あの少ない時間で壁を突破する事は現実的じゃありません。だから、私達は最初から、コアサーバまで通っている配線パイプを目指していました。
もちろん他の配線とは違い、厳重に守られてはいましたが、外側と内側をつなぐルートである事には変わりありません。どこかで接触できるはずだという事はわかっていました。
基地の内部は完全に把握できていたので、パイプと接触できるところを割り出し、そこから有線式の小型機を送り込んだんです。
配線からコマンドを打ち込んでもプロテクションがかかっているでしょうし、例えば電源切断するなどしたら即座に『浄化』が始まるのではないかという懸念もありました。だから、パイプを伝ってコアサーバー本体に接触し、直接停止コマンドを打ち込んだんです」
ほう、という感嘆の息が大人達から漏れた。あの五分という短時間で、そこまでの事を考え、実行したというのはただ事ではない。
「Tシリーズとしては、今回、敵新型機を足止めし、撃破したという事がもうひとつ大きな戦果です」
大榊が続けて戦果を報告した。




