十一 秘められた力。
「なんて動きだ……! 見たか? いや、見えたか? 大榊ィ」
宮司の興奮はもっともだった。正直大榊にしても、トライアインの動きは自分の目を疑うほどだ。
紅の翼による初撃をその蒼い翼で防御し、即座に機を回転させて敵の射撃を回避しながら、実際は翼で銃を弾いて撃つ事すらさせず、さらにそこまで読みきっていた敵の刃をかわしてその腕と片翼を斬り落としたのだ。
その最後の動きは、大榊にした所で見えていたわけではなく、何が起きたのかわからぬまま、敵の翼と右腕が落ちていく結果だけが確認できたに過ぎない。それほどトライアインの動きは速く、電光石火と呼ぶに相応しかった。
「なんとか敵の動きが止まれば……。せめて一瞬でも止めることが出来れば……!」
宮司が歯噛みしていた。トライアインを筑波基地に急行させるには、この紅翼の敵機の行動を封じる必要があった。
だが、トライアインによって撃墜させようとすれば、筑波基地のメインシステムを止められなかった時のバックアップに間に合わなくなる。コアサーバーを破壊できなければ、多くの軍人の命が犠牲になる……。
今、トライアインを基地に急行させなければならない。だが、敵機はまだ健在だ。敵がトライアインを追うにしても、残ってトライツヴァイや自分達を襲うにしても、防ぐ術は何もなかった。
大榊機に追加装備した接近戦対応武装も、彼我の機動力差の前には宝の持ち腐れでしかない。
「アイン、筑波基地へ向かえ!」
大榊はもう一度鋭く命令を発すると、機を紅翼の敵機へ向けた。
どちらにしろ、今向かわせなければ間に合わない。
敵がトライアインを追うのはほぼ間違いないだろう。敵機にとっても筑波基地は急行したい目標であるからだ。
だが、もし万が一、このヘリに気を取られてくれれば。
敵もそこまで愚かではないだろうが、全てのことに準備をしておく必要がある。
敵とトライアインが基地に向かったとしても、機動力の差でトライアインが先着することは間違いない。まずメインシステムを止め、敵機への対応はその後最善を尽くす。
大榊はあらゆる事態をシミュレートしながら、紅翼の敵機へと飛ぶ。宮司もその大榊の意思を感じ取り、接近戦対応武装の準備を整えていた。
トライアインと大榊機の動きは、トライツヴァイのコクピットでも確認できていた。
イサオはこんな時に何も出来ない自分に苛立っていた。
自分は何をしたんだ。ただやられて、倒れているだけなのか。
倉科は必死で敵機と戦っている。大榊さんも、宮司さんも、華夕ちゃんも。そしてあの真島もだ。基地を奪還しようとしている軍人さんたちを守るために。日本のみんなを守るために。
俺は一体何をやっているんだ。
イサオの視界がにじんだ。悔し涙があふれてきていた。みんなを守るために戦う、そう決めたのに、さっきだって俺は守られた。華夕ちゃんはトライアインの性能を予測することで倉科を守り、倉科はその性能を使って俺を守ってくれた。
俺は一体何をやっているんだ。
イサオはコンソールパネルを力なく殴った。無力感が精神を蝕んでいた。
「イサオ君! しっかりしなさい!」
後ろでセリナがイサオを叱咤した。
「私達だって何もやってないわけじゃない、戦ってるのよ! こんなに壊れちゃったのだって、戦った証拠でしょう! それに、まだ戦いは終わってない! あんたが何も出来ないなら、あたし一人でだって出来ることを探すわよ!」
セリナがコンソールを操作して、トライツヴァイの現況を確認していた。まだ使用可能な機能は。
無理だ、とイサオは思った。両腕両足を切断された機体に残っているのは、Gコンと、胴体に装備されたARコン一基のみだ。それだけで何が出来るというのか。
ドライのように強力な電子戦能力があるわけでもない。アインのような強力な翼があるわけでもない。何も出来るもんか。
……いや、ちょっと待てよ。
イサオの心に、何かが引っかかった。
アインにもドライにも、Gコンを応用した装備の他に、翼や電子戦能力がある。なら、ツヴァイにだってあるはずじゃないのか。
イサオはさっと身を起こし、トライアインに通信を入れた。
「トライアイン! 筑波に向かってくれ! あとは何とかする!」
そう叫んだあとでセリナを振り返った。セリナは大きくうなずいた。
「……一人も死なせちゃいけないんだ……! 行け! 倉……」
倉科、と言いかけて、イサオは大きく息を吸い込んだ。
「行け! トモミ!」
「……わかった!」
掻き消えるように飛び去るトライアイン。イサオは紅翼の敵機を見据えて、レバーを押し込んだ。
「システムを止めたところで、制圧し返せば同じ事だろうが!」
蒼い翼の鳥型が基地へ急行した。となればこちらは自由だ。武装はなくなったが片方の翼が残っている。増援が来るまでに基地周辺の雑魚を片付けるのには充分だ。あのクソ悪魔は、あいつが来れば何とかなるはずだ。
彼は目標を基地に定めると、一気に加速をかけた。
……が。
機体は一向に基地方向への落下を開始せず、むしろずるずると引っ張られるように、反対方向に移動しはじめていた。
「な、なんだってんだ……!」
後方の地上で、死に損ないの人型が横たわっていた。
「あいつか……!」
彼が振り返った瞬間、至近距離まで接近していた雑魚のヘリがすれ違いざまに何かを射出した。その何かは斬り落とされた右腕の切断面から内部に入り込んだ。
彼の意識は、そこで途切れた。




