十 予兆。
「くそっ! ヤツにもHMF-CPCが……っ!」
蒼翼がビームを弾いた。こちらと同じだ。しかも機動性は敵の方が上。加速というプロセスを伴わない高速機動はこちらにとって脅威であると共に、敵にとっては扱いやすいようだった。
それはそうだ。陸上を走行するのでさえ制動距離が存在し、常にそれを意識して走行する。まして空中を飛行する機体が、常に制動距離ゼロで飛行できるとしたら、これほど扱いやすいものはない。
さらに間の悪い事に、心のどこかで鳴っていた警鐘が急激に大きくなっていた。
基地が、制圧されつつある。
「何故だ! 何故今まで気付かなかった!」
基地の状況が一気に流れ込んできた。地上部隊は壊滅状態だった。そして、基地は。
サブシステム、停止。
だが、最後の防衛システムは働いていた。ならば。
まだ間に合う。俺が基地を守ればいい。あいつが増援に来るまで、さして時間はかかるまい。
彼が筑波基地に向けて加速をしようとした瞬間、目の前に蒼い翼が立ちはだかった。
敵が基地へ向かう素振りを見せた。ハユが言った通りだ。トモミは敵機の前に立ちはだかった。冷静に考える余裕さえあった。
ハユは敵機が有人機だとわかった後でも通信の遮断を続けていたのだ。基地の状況を知らせないために。
だが、トライドライは現在、一刻も早く筑波にたどり着くこと、そしてメインシステムの停止コマンドの生成に全てのリソースを割かなければならない。敵機が基地の現状を察知して救援に向かおうとするのは容易く予測できた。
「行かせない……!」
トモミは荷電粒子レーザーを放つが、もちろんそんなものが通用するとは思っていない。
楽々と回避してのける敵機に、翼を広げて突っ込んでいった。
強力な磁界同士が干渉し、荷電粒子が弾ける。紅い翼と蒼い翼が交差し、火花を散らした。
この、巨大な翼自体が武器なのだ。強力な磁界によって翼を荷電粒子で包み込む。強磁界荷電粒子コーティング(High magnetic field charged particle coating)――HMF-CPCを発動したトライアインは、その大きな翼そのものが攻撃と防御を兼ね備える最大の武装であった。
「アイン! ドライが間に合わない場合、コアサーバーを破壊する。あと四分しかない。向かえ!」
大榊の声が飛ぶ。
「でも……っ」
トライアインは敵機とのドッグファイトから離脱できずにいた。敵機を自由にしてしまえば、ツヴァイや大榊機が危険になるし、敵機を基地へ向かわせることになるかも知れない。
いや、そもそも、振り切る事自体が出来るかどうか。
トモミはそんな事を冷静に考えている自分に驚いていた。少し前なら焦燥感にとらわれてパニックになっていただろう。考えている内容が似たようなものであったとしても、心のありようが明確に違う。
これも、ライゾウが復帰してくれたおかげなのかも知れない、とトモミは感じていた。シミュレーションでさえ思うように動かせなかったトライアインが、なじむようによく動く。トライアインの動きを把握した上で動かしているという感覚。
「……私は大丈夫だから、思う存分やってください……」
背後から聞こえるライゾウの声が、トモミの背中を押した。弱々しい響きではあったが、なにか、トモミを安心させるものがあった。
トモミは何も言わずにゆっくりとうなずくと、操縦桿を握りなおした。
「あくまで邪魔しやがるのかっ! 悪魔め!」
彼の中に明確な『焦り』が生じていた。狩りの楽しみはほとんど消え去り、遊びすぎたという後ろめたさにも似た感情が芽生えていた。
簡単な任務だったのだ。明らかに戦力の低い、あるいは練度の低い相手を殲滅する。鼻歌交じりに終わらせられる『作業』でしかない筈だった。しかし、そんな退屈な『作業』だったからこそ、彼はその中に楽しみを見出そうとしてしまった。
ただ、その相手を軽く見すぎてしまっただけだ。
意外なまでの強さを発揮しはじめた敵ではあったが、まだ彼には自分が勝てるという自信があった。現在まともに戦えるのは鳥型だけだ。性能は相手の方が上であるだろうし、こちらの機体は破損している。だが、パイロットの力量差が、そのハンディを埋めてあまりある事は客観的に見ても間違いなかった。
彼は紅の翼を広げ、蒼翼の鳥型に肉薄した。その紅い翼で薙ぎ払おうとするのを、蒼い翼が防ぐ。それも計算のうちだった。
鳥型のボディにCPLコンパチブルカノンを突きつけ、トリガーを引いた。一瞬早く敵機が機を回転させ、蒼い翼で銃身を払い飛ばした。が、そこまで読んでいた彼は、敵機の体勢が整わぬうちに、ヴァリアブル・ダガーの刃を生成し、胴体の中心を貫いた。必殺の間合いとタイミングだった。
が、彼の右手は空を切り、次の瞬間、右翼と共に斬り落とされていた。
彼に見えたのは、蒼い残像だけであった。




