九 恐るべき仕掛け。
「怖いか? なぁ、怖いんだろ? ほら、もっと恐怖を楽しめよ」
自然とあふれてくる笑いの感覚に任せ、彼はCPLコンパチブルカノンを放った。四肢を失ってただ逃げ回るだけの敵。進行方向にビームを打ち込むたびにあわてて進路を変える様は無様そのものだ。そうだ、狩りってのはこうでなくちゃな。
心のどこかで何かが警鐘を鳴らしていた。狩りを楽しんでいる場合ではない。基地の防衛に向かうべきではないのか。
だが、その声はあまりにも小さかった。彼はその声にほとんど注意を払うことなく、逃げ回る子ネズミに照準をつけた。
「もう十分楽しんだよな? そろそろお前は終わりだ」
彼はCPLコンパチブルカノンをフル・バーストモードで構えた。哀れな悪魔に、もう逃れる術はない。
「……まずは一匹目!」
ビームのシャワーが発射された。が、その時突然目標との間で蒼い翼が輝き、彼の発射したビームの全てを弾いた。
習志野から派遣された筑波基地制圧部隊は順調に任務を遂行していた。
もちろん簡単な任務ではない。基地内各所に設置された正確無比な対人兵器をかいくぐり、破壊するのだ。
しかし、直前に提供された内部配置図は完璧であった。正確な図面があれば、進入不可能な建造物は存在しない。習志野部隊の練度があればなおさらだ。
基地の外では無人機部隊と防警軍のヘリ部隊が交戦中であったが、こちらも戦況は有利に運んでいる。
当初筑西の巨穴から出現した無人機に対応していたヘリ部隊が、挟撃しようと出撃した基地の無人機をおびき寄せ、撃破したのである。
荷電粒子レーザー砲とTシリーズからもたらされる索敵情報によって、彼我の戦闘能力は圧倒的に逆転していたのだ。
もちろん、急造で取り付けられた武装とろくに運用訓練をする時間もなかった火器管制システムをここまで使いこなす、隊員達の能力の高さと努力の結果でもある。
残るは基地システムの停止と奪還だ。
齋藤政寿陸上弐尉は筑波基地の中枢とも言える、サーバールームに到達していた。
今回の作戦で彼は部隊を四つに分け、それぞれ別ルートでサーバールームを目指した。途中で何が起ころうとも、一部隊でもたどり着ければ作戦を遂行できるという布陣だったが、全部隊、一人も欠けることなくサーバールームに集合していた。
齋藤弐尉は満足そうに隊員たちを見渡すと、タブレット型の通信ユニットを再確認した。
四基あるサブシステムの停止コマンドは既に生成されている。これを打ち込んでサブシステムを停止させ、むき出しになったメインシステムに停止コマンドを打ち込む。
メインシステムがサブシステムを復旧させるのと、Tシリーズとやらがメインシステムのハッキングを完了させるのとどちらが早いかという問題があるが、ここまで精緻な内部データを搾り出せる能力があるのなら心配はなさそうだ。
「イツキさん。ハユさん。これよりサブシステムを停止させます。メインシステム侵入の準備をお願いします」
タブレットに向けて呼びかけると、まだ幼さの残る少女の声が帰ってきた。
「わかりました。こちらの準備は完了しています。よろしくお願いします」
齋藤弐尉は返事の変わりに、隊員達へ指示を飛ばした。
「聞いての通りだ。早速サブシステムに休暇をやろう。俺達の任務ももう一息だ!」
四部隊がそれぞれの端末をサーバーに接続し、担当のシステムに侵入した。ひとつ、またひとつとサブシステムが停止していく。
四つ目のサブシステムが停止したその瞬間、基地内に警報が鳴り響いた。
「なんなんだ、こりゃあ……!」
宮司が慌ててモニタを覗き込んだ。トライドライから送られてくる基地の情報は、のっぴきならない事態である事を示していた。
全てのエリアの隔壁が閉じていた。メインシステムの乗っているコアサーバーが隔壁で囲まれ、端末の接続が出来ない状態になっていた。そして。
「サブシステムに異常事態発生。不正アクセスによるサブシステム同時停止状態になりました。不正ユーザを排除するため、基地内の隔壁を遮断し、五分後にサーバールームの浄化を行います。浄化後に隔壁を開放するまで、エリア間の移動はできません。繰り返します。サブシステムに異常発生」
基地内で繰り返されるコンピュータ音声が、大榊機にも転送されてきていた。
「まずいぞ、大榊ィ」
宮司の顔色が変わっていた。「浄化」が何を意味するのかは明白だ。
「ドライ、メインシステムの停止コマンドは!」
「間もなく完了します!」
大榊の声に、間髪いれずにハユが答えた。
「大榊壱尉、当方は現在、コアサーバー隔壁の排除にかかっています。が、五分で破れるかは……まぁ、無理でしょうな」
齋藤弐尉はからりと笑った。
大榊は歯噛みする思いだった。見通しが甘かったのか。しかし、内部情報ではサーバールームに兵器が仕掛けられている形跡はない。メインシステムでのみ制御される兵器であったとしても、新たに設置されている物があるなら以前との差分として引っかかるはずなのだ。
ならば、「浄化」とは。
「大榊壱尉、浄化ってヤツの正体がわかった。これだ」
イツキから、メインシステムから引き出した情報が送られてくる。
「神経ガス……」
大榊はその忌まわしい兵器の名を信じられない思いで口にした。もちろん、防警軍にはそのような兵器は配備されていない。大昔の戦争で使われたという、歴史の汚点として学習した兵器だ。地底国家ヤマトはこんな兵器まで作っているのか。
「ハユ、コマンド解析は余裕があんだろ。リソースを出来るだけ回せ!」
イツキの声が大榊をはっとさせた。自分はこの作戦の責任者だ。呆然としている暇はない。
トライドライの現在位置は花室川に迫っていた。イツキは直接トライドライでメインシステムにコマンドを打ち込むつもりなのだ。
「間に合わせてみせりゃいいんだろ! 間に合わせてやるよ!」
大榊はイツキの気合に引っ張られるように、思考をめぐらせた。もし、トライドライが間に合わなかった時のバックアップ策は。
コアサーバーの、破壊。
そのためには……。
大榊は紅翼の敵機を射るように見つめた。




