八 危機。
湖面を覆う分厚い氷に立つトライツヴァイ。そのコクピットから見上げる上空にはトライアイン。そしてさらにその上空で、紅い翼の敵機が円を描くように飛翔しながら荷電粒子レーザーの雨を降らせた。
機動性に特化したトライアインならいざ知らず、トライツヴァイに逃れる術はない。
「まずい……避けきれねえ……! 逃げろ、倉……」
「トモミちゃん! 逃げて!」
イサオの声をかき消すようにセリナが叫んだ。
スコールのように降り注ぐビームがトライツヴァイの左脚部を貫き、機体がぐらりと傾いた。が、倒れる間もなく右膝部に直撃を受け、トライツヴァイは仰向けに氷面に叩きつけられる。ビームで無数の穴を空けられていた氷面に亀裂が走った。
千切れ飛んだトライツヴァイの右膝が、数十メートル離れた氷上に力なく転がった。
「くそ……っ、好きなようにやらせるか……っ!」
イサオは残った右腕に装備された荷電粒子ビーム砲で上空の敵機に照準を定めた。が、次の瞬間右肩口に直撃を受け、右腕まで吹き飛ばされてしまう。
――この敵は、楽しんでいるのか。
イサオは、恐怖とともにそう思った。適当に掃射しているように見えてそうではない事が直感的にわかったのだ。回避運動を妨害する弾幕。そして正確に左脚、右脚、右腕と奪っていく精密射撃。明らかに、故意に止めを刺さずに恐怖を煽っている。
かっ、と胸の辺りに灼熱するような感覚が沸いた。恐怖とも怒りともつかないその感覚。
ぐらり、と揺れる感覚とともに、背後でセリナの悲鳴が聞こえた。湖面を覆っていた氷が割れ崩れたのだ。
湖水に投げ出され沈むトライツヴァイ。コクピットに、濁った氷水が流れ込んで来る。
「セリナさん! Gコンに出力まわして! 全部!」
流れ込む濁流を浴びながらイサオが叫ぶ。見る見るうちに床に水がたまっていく。
「わ、わかった!」
湖面から飛び出したトライツヴァイは、湖面すれすれの高度のまま湖畔の陸地へ退避した。
どうしよう、私のせいだ。
トライツヴァイが四肢を打ち抜かれて湖面に沈むのを、ハユははっきりとモニタで確認していた。トライアインは回避したようだが、その動きはパニックを起こしている者による不規則なものだ。
私のせいで。私が余計な事を……。
何か策を考えなければいけないという事はわかっていた。でも何も浮かばない。思いつかない。
敵は有人機なのだ。あの極限状態でも平然と正確に行動できる超人なのだ――。
舌打ちが響いた。ハユの頭が一瞬にして凍りつくように冷えた。
「おいガキ! いい加減目を覚ませ!」
イツキだ。イツキのいつもの苛立った声。だが、ハユにはもう今までのような響き方はしない。反射的に頭が冷えたのも、あの心まで凍りつくような感覚ではなくなっていた。
「相手が人間だ!? 上等じゃねえか。最初っからそのつもりだったんだ。別に不利になったわけじゃねえ。
いちいちオタついてんじゃねえ! トモミ、あんたもだ!」
「は……はい!」
通信で聞こえてくるトモミの声。
そうだ。私達はまだ負けていない。不利になってもいない。アインも、ドライも無傷なのだ。まだ十分に戦える。
ハユの頭は既に冷静さを取り戻していた。
ビームのシャワー。紅い翼が上空を駆け巡り、恐ろしい死のシャワーを浴びせかけてきたのだ。
トモミは反射的に悲鳴を上げ、操縦桿を倒した。
避けたビームが、湖面にいるトライツヴァイを襲うのがはっきりと見えた。イサオとセリナを乗せた機体の脚が吹き飛ばされ、腕が千切れ……。
トモミはもう一度悲鳴をあげた。
私が避けたから、イサオ君達の機体が撃たれたんだ。
私が避けたから。
私はイサオ君達を見殺しにして自分だけ助かろうとしたんだ。
「トモミさん……」
背後からライゾウの弱々しい声が聞こえた。
「落ち着いて……。ツヴァイは、イサオ君達は、撃墜されちゃいない……」
耳に入ってくるライゾウの言葉の意味が認識できない。
相手は無人機じゃなかった。人間が乗っているのだ。それもただの人間じゃない。人間の弱さを排除し、機械のように正確に、無慈悲に戦うことができる超人なのだ。これほど怖い存在があるだろうか。
「おいガキ! いい加減目を覚ませ!」
その時、盛大な舌打ちと共にイツキの声がコクピットに響いた。
「相手が人間だ!? 上等じゃねえか。最初っからそのつもりだったんだ。別に不利になったわけじゃねえ。
いちいちオタついてんじゃねえ! トモミ、あんたもだ!」
頭から冷水をかけられたようだった。そうだ、私は、私にできる事をやるためにここにいるんだ。みっともなく泣き叫ぶためじゃない。
「は……はい!」
返事をすると頭がしゃっきりとしてきた。先ほどライゾウに言われた言葉の意味が、やっと頭に入ってくる。
「イサオ君達は……あれか!」
眼下で、手足を失ったトライツヴァイが湖畔へ退避していくのが見えた。そして、紅い翼の敵機がそれを追っている。
……やらせるもんか。
トモミは強くそう思った。
でも、どうやって……?
「トモミさん! もしかしたら、トライアインの翼には、敵と同じ機能が装備されているんじゃないでしょうか!」
ハユの声は、まさに天啓だった。
トライツヴァイの放った架電粒子レーザーを、発光させた翼で防いだ敵機。あれと同じ事が出来れば。
「トモミさん、行ってください。あとは私が……!」
後部座席からライゾウの声が聞こえた。今のトモミの背中を押すには十分すぎる言葉だった。
「……行きます!」
トモミはハユの予測を信頼し、全てをライゾウに託して操縦桿を倒した。




