六 飛翔。
随分と久しぶりな気がする。
T1-2のコクピットで、頼造はシートの背もたれに身体を預けていた。
病室からドック。ただそれだけの距離がこれほど遠いとは。
何度も転んだ。何度も起き上がった。見かねて駆けつけてきた軍人たち。
車椅子の使用は断った。歩くことにこだわりたかった。戦いに行くのだ。できる限りのリハビリをと考えたのだ。おかげで手は動く。足は思う存分とは行かないが、それでも動かす感覚は取り戻しつつあった。今はそれで十分だ。
我ながら無茶な事をしているとあきれる気持ちも否定できない。だが、死ぬつもりは全くなかった。意思は限りなく透明だ。一点の曇りもなかった。
ここにたどり着くまでの道中で、現在自分たちが置かれている状況は把握できた。あとは、やるだけだ。
「音声入力、オン。全システム、起動」
頼造の声が、T1-2に命を吹き込む。
「T1-1をサーチして追尾。全速で向かう。戦況表示」
T1-2は音もなく浮き上がり、霞ヶ浦方面への【落下】を始めた。
モニタで見る戦況は思わしくないようだった。
霞ヶ浦上空で、大榊機SR16とトライツヴァイ、トライドライが機種不明機と交戦中。この機種不明機が、騒ぎになっていた新型の敵機ということだろう。
T1-1は――健在。少し離れた所に確かに存在していた。
トライツヴァイとトライドライが束になってかかっても敵わない敵、という事なのか。
モニタ上で見せる敵機の動きは素早く、機動性においてはトライアインでなければ対抗できないだろう。トライツヴァイやトライドライは、機動を司るGコンに出力を集中することができないからだ。
だが、トライアインのIコン、慣性制御システムなら。
敵機の機動性はさらに増し、戦線が筑波方面に動き始めていた。頼造の顔に焦りの色が浮かぶ。
その時、T1-1が動きを見せた。敵機にも、味方機にもその動きは見えていなかったかも知れない。だが、頼造にはその動きが、そしてそこに隠された智美の意思がはっきりと見えていた。
既に目視できる距離だった。T1-1が、敵機に向けて加速を開始するのがわかった。彼女は、自分の命を犠牲にして敵を止めるつもりだ――。
「その考え方が間違っていると教えてくれたのは、智美さん、あなたなんだよ」
言葉が口をついて飛び出した。同時にT1-2は急激な制動をかけてT1-1の速度にあわせる。
「香川さん……!」
智美の声が届いた。その声には涙が混じっていた。
「頼造おじさん……!」
「香川さん!」
ハユとセリナが同時に声をあげた。
「けっ、おせえんだよ、クソオヤジが」
頼造は、毒づくイツキの声にふっと笑った。
「大榊さん。私にも辞令をお願いします。作戦に、参加させてください」
「いや、香川さん、大丈夫なんですか? お体の方は……」
宮司が言いかけるが、頼造の声がそれを遮った。
「ここへ来られた事が、戦える証明です。私は、もう死ぬ気はありません」
声は小さいが、そこにこもる気迫は確固とした力を感じさせた。
「……わかりました」
大榊は意を決したようにうなずいて、辞令のファイルをT1-2へ送信した。
「香川さん……」
智美は、言葉にならない感情の奔流に飲み込まれそうになりながら、ようやくその言葉だけをつぶやいた。何を言えばいいのかわからなかった。謝罪も、感謝も、その全てが、言葉にすると軽くなってしまう。ただ、涙があふれていた。
「私は、コードネーム、ライゾウだよ、智美さん」
その声音に、ライゾウの笑顔が宿っているようだった。
智美は、背筋を伸ばして座りなおした。
流れていた涙を拭った。
コンソールに辞令を表示させ、右手を当てた。
髪を束ねていたゴムをはずし、髪をぎゅうっとまとめなおしてゴムでしばった。
「……行きますよ、ライゾウさん! 合体シークェンス! 起動!」
大きな翼が天に広がった。
「これで全部って事だな! 悪魔ども!」
あの役立たずまでが合体した。彼はむしろそれを喜びで受け止めていた。
さっきまでは一気に基地へ向かい、空き巣狙いのような雑魚をぶちのめそうと思っていたのだ。しかしまたあの重力を使う機体に引っ張られて思うように加速できないでいた。凍った湖面に着地して全力で引き寄せていやがるのか。
基地の防衛は現状全く問題がないようだ。ならば、ここでこいつらを叩いてしまえばいい。俺たちに対抗できる能力を持った機体はこれで全部のはずだ。こいつらが全部ここに集まっているのなら、基地が落とされる心配はないだろう。
彼がトライアインの合体を阻止しなかった理由は二つあった。ひとつは敵機をまとめてしまう事。一機一機落とすのは手間がかかる。その隙に一機取り逃して基地に救援に行かれるのは面白くない。
そしてもうひとつは、少しでも歯ごたえのある相手を狩りたかったからだ。
大きな翼を持つ鳥型の戦闘機。
おもしれえ。機動性の勝負ってやつか。負けるわけがねえ。
彼がヴァリアブルダガーを構えなおして敵機を睨み付けた時、その巨鳥は突然、彼の視界から消えた。




