十二 涙。
湖水から飛び出した二機が、四足獣の形状に合体した。
こそこそと隠れていた二機だ。こいつらが敵にとって大事な存在なんだろう。
四足獣型の機体はそのまま水中に没した。また隠れる気なのか。
彼は周囲の敵を見回した。
ボロボロになった人型機。攻撃方法を持たず逃げ回るだけの一機、そして、ザコのヘリが一機。ならば今現れた新しい敵を追うのが一番楽しいはずだ。
彼が四足獣型の敵機を追って水面に向かおうとした時、湖面から水柱が立ち、彼の巨翼を直撃した。
「まぁ一撃で貫通するようなヤワな作りじゃねえか」
トライドライのコクピットでイツキがひとりごちた。圧力制御システムであるPコンを装備するトライドライにとって、戦闘環境は最高と言える状況だ。
圧力を高めた水は武器にも防具にもなる。敵の装甲を貫くまで、何度でも攻撃すればいい。イツキはPコンを思い通りに操る術を既に身につけていた。それは、これまで彼が機体を研究し続けてきた成果であった。
ハユはイツキの背後にあるサブパイロット席で思わず声を上げそうになるのを抑えていた。さすがトライドライに合体すると性能はT3-2単体の比ではない。それまで停滞していた解析が一気に進んで行く。さらに現在目前にいる敵機の行動分析をする余裕まで生まれていた。
「大榊さん、宮司さん、もうすぐ筑波基地のシステム解析が終わりそうです。メインシステムの解析はサブシステムを止めてからになりますが、それほど時間はかからないと思います!」
ハユの声が、大榊機のコクピットに響いた。
「そういう事か……クソっ」
【悪魔ども】の意図が筑波基地奪還にあることはわかっていた。が、主力を陽動に使い、自分をひきつけた上でその隙を狙うという手に出ているとは。
こいつらさえ狩れば【悪魔ども】の青写真は崩れ去ると思っていた。しかしこいつらの役目が自分の足止めであったなら、こいつらを倒してもその時に基地が奪還されていたなら、またあの暗く重く暖かい地下世界に戻らなければならなくなる。それは彼にとって敗北以外の何物でもない。
……まずは、あいつの動きを封じるか。
彼は湖中から水柱で攻撃してくる鬱陶しい四足獣を睨んだ。
「こっちでどれくらい使えるのかはわからねえが……!」
彼は動力を補助システムからメインシステムに切り替えた。紅の翼が大きく開き、淡く光を放つ。翼の周囲にキラキラと輝く光の粒が生じた。
「全力とはいかねえが、充分だ!」
彼は思うまま機体を飛翔させた。先ほどまでとは比較にならない滑らかな動き。翼から光の粒子を流して飛ぶその姿は美しかった。
湖面すれすれを何度も何度も飛びまわるうち、彼の目論見通り湖面に異変が生じた。
「イツキさん、あれは……!」
ハユが湖面に生じた異変を告げた時、イツキは既にその異変に気付いていた。
「氷だ。あの野郎、水面を凍らせてやがる」
ハユの分析でも同じ結論だった。敵のあの翼が冷気を発しているのは間違いない。翼から流れる光の粒は、空気中の水分が冷やされて凍結した氷粒、つまりダイヤモンドダストなのだろう。
冷気を発しているというよりは、翼が周囲から熱を吸収しているようだった。周囲の熱を吸収し、それを動力として用いる。地中熱の中に生活の場を求めている地下世界ならではのシステムだ。しかし、このような用い方が出来るとは。
湖面の氷は既に分厚く、ちょっとやそっとで破れるものではなさそうだった。トライドライは完全に、水中に閉じ込められていた。
「これでお前らは、俺を止められねえ!」
彼は凱歌を上げるように叫んだ。それはTシリーズパイロット達や大榊、宮司の耳にも届いていた。
「くそ、何としてもあいつを止めなきゃ……!」
イサオは、操縦桿を握る手の汗を拭いた。敵機が有人機である事を意識するたびに、イサオは手の汗を拭っていた。
親父の問いかけが蘇ってくる。「お前は人が殺せるのか」と。そんな事を考えている余裕がないことなど百も承知だ。覚悟だって決めて来たのだ。しかし、どうしようもなく怖かった。殺される事も、そして、殺す事も。実際に目の前に起きてから初めて知る恐怖だった。
プロの軍人である大榊であっても、その恐怖と無縁ではない。訓練と覚悟、信念だけがその恐怖を克服してくれるのだ。
自分を守るためには暴力沙汰をも恐れずに生きてきたイツキはともかく、イサオ達がその恐怖に打ち克つのは、一朝一夕に出来るものではない。
が、Tシリーズパイロット達の中で、ハユだけが違った。
ハユは敵機の戦闘を分析していて、その違和感に気付いていたのだ。
「みなさん! 敵機が有人機である可能性はきわめて低いです!」
それがハユの結論だった。トライツヴァイとの初接触の時に発生した高速回転。あれに耐え、しかもその回転の中で正確に攻撃をヒットさせる事は人間には不可能だった。人間の認識力を遥かに超えた挙動を、人間の操縦で行う事はできるはずがない。
「そうか……。なら……!」
イサオは覚悟を決めるようにそうつぶやくと、飛び回る敵機の進路をふさぐように荷電粒子レーザー砲を連射した。敵機を筑波基地に行かせるわけにはいかない。
しかし、大榊機とトライツヴァイでは、敵機に振り切られるのは時間の問題だった。
私には、何ができるの……?
T1-1のコクピットで、智美は何度となく繰り返したその疑問を反芻していた。
唯一の攻撃手段であった荷電粒子レーザー砲は落された。何もできることはない。既に敵にも、味方にすら忘れられている存在。
敵を筑波基地に行かせてはいけないのに、味方は劣勢なのに、何も出来ない。
敵機の前に飛び出して進路をふさぐ事は出来るかもしれない。でもそれが何だというの?
味方機の射撃の邪魔をし、敵に一刀両断にされ、足止めにもなれないだろう。
戦線はじりじりと、しかし確実に筑波に向けて動いていた。こちらが制圧する前に、この紅翼の敵機が筑波基地に接触してしまえば、基地制圧にかかっている習志野の部隊をはじめ、多くの人命が失われてしまう。
紅翼の敵機がこちらを完全に振り切ってしまえばなす術はない。攻撃力はないが、現状、T1-1だけが機動力で対抗できる機体だった。
攻撃はできなくても。
武器はなくても。
ぶつける事なら、できる。
智美は唇をきゅっと噛み締めた。
そう、香川さんも、こんな気持ちだったはずなんだ。みんなを助けたかったんだ。私を、助けてくれたんだ。
智美は、操縦桿を力を込めて握り、紅翼の敵機に向けて倒した。
「その考え方が間違っていると教えてくれたのは、智美さん、あなたなんだよ」
コクピットに響いてきた声に、智美ははっと顔を上げた。信じられなかった。
「香川さん……!」
智美の眼から涙があふれた。聞き間違えるはずがない。その声は、香川頼造の声だった。
T1-1を追って、T1-2がすぐそこまで接近して来ていた。
【次回予告】
【Tシリーズ】は再び力を取り戻した。
チームとなったパイロット達に、
恐るべき敵が立ちはだかる。
彼らに何が起きたのか。
そして強大な敵にどう立ち向かうのか。
次回
第十話 「筑波奪還作戦・3」




