十 露見。
トライツヴァイの左腕がちぎれ飛んだ。
智美はT1-1のコクピットでその瞬間を目撃した。それは異様な衝撃をもたらす光景だった。
T1-1は現在武装がない。イサオ達を支援したいとは思うのだが、その方法がなかった。大榊のヘリ部隊に敵機の索敵情報を送る任務で精一杯だ。
しかし、敵機が合体したTシリーズを上回る戦闘力を持っている事がわかったのだ。イサオ達を支援する方法は。
「やったな……!!」
叫んだのはセリナだ。残った右腕と胴体のARコンを最大限斥力に振り切る。敵機は回転しながら数十メートル吹き飛ばされた。
「イサオ君!」
セリナが呼びかけるより早く、イサオは敵機に照準を合わせていた。
「いけぇーっ!」
声とともに残された右腕に増設されている荷電粒子レーザー砲を発射する。
敵機は機体を、その紅い翼で包み込むように防御した。翼が紅く発光し、イサオの放ったビームを弾く。
「くそっ、当たったのにっ!」
イサオの吐き捨てるような声。トライツヴァイから距離が離れた隙を突いて、大榊機がビーム砲を発射する。ダメージは与えられなくとも、防御体制を取らせる事で攻撃を封じる作戦だ。
智美には見ていることしか出来なかった。いや、索敵情報を味方機に送る役割は果たしている。が、それでも無力感が否めなかった。
その気持ちを振り払うように、智美は敵機を観察した。弱点はないのか。弱点とまでは言えなくてもどこかに付け入る隙は。
智美はまだ辞令への認証を行っていない。意識してそうしていないのではなく、意識の外にあった、つまり忘れていたのだ。智美の中にある様々な心の不協和音が、彼女の意識から【辞令の認証】を消し去っていたのかもしれなかった。
敵機の動きに違和感が生じた。具体的な動きは現れていなかったが、集中して観察していた智美には、敵機が何かに気付いたように見えたのだ。もちろん智美には、敵が何に気付いたのか、そこまではわからなかった。
次の瞬間、智美は今まで聞いた事のない声を聞いた。
彼の苛立ちは一向に収まらなかった。トライツヴァイの打撃を受けた左肩が不具合を起こしていて、左腕が全く動かせなくなっていた。これでは左腕がついていないのも同じだ。敵が思ったよりもタフに反撃してくる。思ったように戦果があがらない。この地上に出てきてから彼が破壊したのは、無力な地上基地と、こちらの片腕と引き換えに斬り落したトライツヴァイの片腕だけだ。
だがそれは彼にとって楽しい狩りの醍醐味でしかない。彼の苛立ちは別のところにあった。彼自身にもよくわからない苛立ち。違和感。もちろん彼のセンサーや計器類には何の反応もない。だが、それらでは感知できない直感的なもの。それは彼の存在意義そのものだった。AIで動く他の仲間達とは一線を画す部分だ。
彼は苛立ちを不快に感じながらも、その感覚を大切にしていた。
敵の小賢しい荷電粒子ビームを紅翼で防ぎながら、力ずくで反撃のチャンスを作ろうとした時、彼へ天啓のように情報が届いた。
霞ヶ浦湖面に敵電子戦用機。
そうか。そういう事か。あの不快感は【誰かに見られている感覚】ってヤツだったのか。基地の内部を調査分析し、この戦況も全部を見てやがったんだ。
彼は霞ヶ浦周辺を確認した。が、該当の敵影はない。しかし一部分、霧がかかって良く見えない部分があった。よほど気にしていないかぎり「見えない」事に気付ける者はいまい。
隠れてやがるってことは。
狩らなきゃいけないって事だ。
「後生大事に隠してたんだろうがなぁ、もうバレちまったよ!」
彼は敵の通信回線に、強制的に声をねじ込んだ。
敵が一瞬怯んだ隙に、彼は空中高く舞い上がってその翼を広げた。そして、霞ヶ浦へ向けて高速で飛び去った。
「まずい! 大榊、急げ! イサオ、セリナ、智美ちゃん!」
宮司が内壁を殴りつけて怒鳴った。
「大榊さん! 俺達以外でも間に合いそうな人がいたら応援に来てもらって下さい!」
そう言いながら、既にトライツヴァイはGコンに出力を全て回し、敵機を追っている。
「華夕ちゃん、聞こえてるわよね! 敵がそっちに向かってる。逃げて!」
セリナの声は悲鳴に近い。
智美もトライツヴァイの後を追いながら、彼女にとっては認めたくなかった事実をつぶやいていた。
「有……人、機……」
それは、Tシリーズパイロット達が初めて経験する、新たな戦いだった。
状況は全て把握出来ていた。信じられない事だったが、ジャミングが破られたのだ。そもそも湖面というレーダーやセンサーに補足されづらい場所に陣取った上でジャミングをかけていた事を考えれば、ただこちらが補足されたのだとは考えづらかった。
華夕はその疑問については一旦横へ置き、まず優先しなければならない事を始めていた。
現在、T3-2のシステムほぼ全てを使って筑波基地の解析をしている。湖面に浮かぶGコンの制御、索敵モニタ、そして通信の受信、それ以外の機能は全てカットオフしていた。これでは反撃どころか、逃げる事すら不可能だ。
優先度の低い部分の解析をカットし、システムリソースを振り分ける他はなかった。しかし、優先度の低いものなどはない。華夕には選ぶ時間的余裕などなかった。索敵モニタ上の敵機のスピードは尋常ではない。数分と待たずに霞ヶ浦へ到達するだろう。T3-2のシステムそのものを再起動するのが一番早い復帰方法だが、それでは解析結果の多くが失われてしまう。
Gコンをカットし、霞ヶ浦に沈めるという手もあった。それならば少しの間時間を稼ぐことは出来るだろう。その間に、出来る限り解析した結果を大榊に渡す。それが、華夕が出した結論だった。
「華夕ちゃん! データを捨てろ! 逃げるんだ!」
宮司の声が遠くで響くように聞こえた。セリナやイサオの声も遠かった。ボリュームが小さいわけではない。華夕の意識が、心が、彼らの声から遠いところにあったのだ。
敵機が遠くに目視できた。華夕は迷わずGコンの制御をカットした。
霞ヶ浦の水位が上がっていくのがコクピットの中から見えた。T3-2が完全に水没するまで、それほど時間はかからなかった。
上空を紅い翼の敵機が通り過ぎた。
「見つけたぞ……覗き屋が!」
禍々しい声とともに、数条のビームが発射される。だが、荷電粒子ビームは水で拡散され、T3-2を傷つける事は出来ない。
「あくまで逃げるってか! なら!」
紅い敵機は一気に高度を下げて来た。ビームの効果がないなら直接攻撃すれば良い。それでもダメなら力ずくで空気中に引きずり出せばいい。そんな意思がはっきりと見て取れた。




