九 援軍。
「速水君か!」
宮司の声が弾む。望外と言っていい、これ以上ない援軍だ。
「遅くなりました! 俺、釈放されて……! 無罪だって……!」
そう。唯一の被害者である信太義雄が告訴を取り下げた事によって、勇夫の罪状【過失傷害罪】は消滅したのである。
「それから、例の緊急措置法、国会で成立したわよ。さすがは岐部総理、ってとこね」
瀬里奈の言葉は大榊機にも、T1-1の智美にも、そして霞ヶ浦湖面の華夕にも届いていた。
「大榊さん、五十畑さんから預かってきたファイル、転送します!」
大榊機に、瀬里奈から送られてきたファイルは、防衛警備省の省令と、六名のTシリーズパイロット達への辞令だった。
「伊藤さん、速水君、倉科さん。これから各機に辞令ファイルを転送します。辞令を受け入れる場合は右手をパネルに当てて認証を行って下さい。
なお、辞令を受けた瞬間から、私の承認のもと、あなたがたは軍属扱いになります。そこをご理解いただいた上で意思決定を行って下さい」
このような時に、いや、このような時だからこそ大榊は生真面目だった。
宮司はそんな大榊に笑みを向けると、端末を手早く操作した。
「とりあえずは伊藤さん、速水君、智美ちゃんだ。送ったぞ!」
敵機は智美機を追おうとしているようだったが、見えない何かに捕まっているように動きを止めていた。トライツヴァイの引力に捕まっているのだ。
「大榊さん、宮司さん、ありがとうございます! 俺、やります!」
勇夫はもう迷わなかった。この危険な敵を止めなければならない。倉科も、誰も傷つけさせるもんか。
コンソールに表示された辞令に、勇夫はその右手を当てた。
「速水勇夫君。こんな時だ。正式な確認は作戦終了後行う。取り急ぎ一点。今後、Tシリーズパイロットは全てコードネームで呼称する。速水勇夫、コードネームは【イサオ】だ」
モニタに表示された自分のコードネーム【イサオ】を見て、そのまんまだな、とイサオは思った。だが、人によって呼び方が違う事による混乱を防ぐ事、カタカナ表記にする事で最低限のプライバシーを保護する事を考えれば合理的ではあった。全く違う名前に変えてしまえばそれはそれで混乱を招く事になる。
大榊のモニタには、続いて瀬里奈の認証が完了した通知が届いていた。
「伊藤さんのコードネームは【セリナ】です。よろしく頼みます」
「ちょっと、ネーミング、工夫が、なさすぎる、気がしますけどっ」
セリナは三基のARコンをフル稼働させながら、大榊に答える。セリナにとっては、自分が軍属なんて冗談にもならない事のはずだった。が、悪くはない。
私がやってるんだから、うまくいかないわけがない……!
セリナはARコンで捕えた紅い敵機を見つめながら、胸が高鳴るのを感じていた。
「なんだってんだ……一体っ!」
新たな敵が二機加わったと思ったら、ドッキングした。こちらと同じ、人型の機動兵器。彼にとっては、それは狩りの期待を大きくするものだった。しかし。
地面に立って飛ぶ事もしないその機体が現れてから、彼は自分が思うように動けなくなっている事に気付いていた。
重力が大きくなっているのか。
地面に引っ張られているようだ。いや、あの機体か。あいつに引っ張られているのか。
彼はこの不自由さの元凶と思しき地上の機体と、今まで追っていた、逃げ回るだけの機体を交互に見比べた。
狩りの欲望を満たしてくれそうなのは。手応えのありそうなのは。ムカつくのは。
「……なら、てめえからだ!」
彼は狩りの目標を【地上の人型】に変更した。機体にかけたGのベクトルを180度転回させ、敵から引っ張られる力も利用して一気に加速する。
ヴァリアブル・ダガーをジャマダハルのようにビーム発振させ、一気に斬りかかった。
事態は確実に動いている。
霞ヶ浦湖面で、華夕は少し焦りを感じていた。
筑波基地の解析が未だ終わらないのだ。と言うより、解析しては組みかえられている、イタチごっこの様相だ。
四つのサブシステムを同時に解析完了させるマシンパワーが必要だった。さもなければ、システムセキュリティの組み換えパターンそのものを解析する必要があった。でなければ実際習志野の実働部隊がコンピュータルームに到達するまで解析を続け、リアルタイムでシステム停止コマンドを生成させるしかない。
不可能ではないが、かなり危険な賭けになるだろう。さらに、T3-2が解析に集中する事で、基地の外で行われる攻防戦に運用できなくなる事も不安要素だった。
イサオとセリナが戦線復帰した事は大きいが、この作戦の目的は敵の新型を倒す事ではない。
華夕は基地のシステムセキュリティ組み換えプログラムの解析に費やすリソースを増やした。
索敵モニタで確認できる戦況は、膠着していた。
「セリナさん! 右! 右手!」
急速に近づいてきた敵機。トライツヴァイの機動力では回避不能だ。
敵が振るうビームの剣に、こちらは拳で対抗するしかない。だとするならば。
セリナは右腕に内蔵されたARコンを、一気に斥力に切り替えた。
「うおおぉおおおっ!」
斥力を最大限に放出しながら放たれる拳。敵機の剣は拳に弾かれるように軌道を逸らされた。
トライツヴァイの拳が敵機の肩口にヒットした。強力な斥力にのけぞるが、吹き飛ばされはしない。トライツヴァイの胴体と左腕に内蔵されているARコンは引力を働かせているのだ。
敵機のフレームに強力なモーメントが発生し、激しいねじれと急激な回転が機体に加わった。
「味な真似をしやがる……ッ!」
敵への攻撃は空を切った。そして強烈なねじれと回転。
完全に想定外だった。
彼は紅翼をたたみ、ねじれた機体の状況を一瞬でモニタリングすると、右手のヴァリアブル・ダガーの刃を変形させた。大鉈のような肉厚の片刃剣だ。
高速回転の勢いを乗せて横殴りに大鉈を叩き付ける。トライツヴァイの左腕が肘の部分で切断され、ちぎれ飛んだ。さらに次の一撃が脇腹を裂く。その甘美な手応えに、彼は身震いするような快感を感じていた。




