七 圧倒的な力。
「このスピードは新型ってヤツだな、大榊ィ」
索敵モニタに表示された、こちらへ接近してくる光点の速度は異常だった。いや、その加速の仕方には見覚えがある。その敵機が、【Tシリーズ】の機体の加速性能を持っている事は間違いなかった。しかも、その加速ぶりにはためらいのようなものが感じられない。そのパイロットの差は、そのまま彼我の機動性の差として現れるだろう。
「倉科さんはもう少し後方に下がって下さい。攻撃は、こちらで……!」
大榊がそう言っている間に、敵の光点のスピードが跳ね上がった。視認できるレンジに侵入したと思った時には既に数十メートルの距離にまで詰まっている。
「きゃあぁっ!」
智美は悲鳴を上げて操縦桿を倒した。抑制の外れた横方向の加速で智美は大榊機を見失い、自分の位置すらもわからなくなる。
「大榊さんっ!」
智美の声が聞こえるが、大榊も余裕のある状況ではなかった。
接近スピードは驚異的だが、正面に回ってしまえば角速度はゼロに近くなる。機関砲で正面に弾幕を張りながら敵機の進路上で正対するのはかなり危険なチキンレースだった。だが敵機は大榊をあざ笑うかのように方向転換し、機関砲の射線に一瞬たりとも入らない。しかし大榊もその方向転換を予測した上で荷電粒子レーザー砲を打ち込み、敵機の自由度を出来る限り下げていた。
敵機が何故火器を使わないのか大榊には疑問だった。武装が同等なら圧倒的に敵機の方が有利なはずだ。だが、敵は白兵武器を使用するつもりらしい。そのこだわりの理由が、大榊には理解できなかった。
「智美ちゃん! 機体を立て直すんだ! 随分離れちまってる!」
宮司が叫ぶ。すでにT1-1は大榊機から数km離れてしまっていた。
「聞こえるか、智美ちゃん。大丈夫だ。落ち着いて! 俺達は今君の機体から南南西の方向だ。わかるか!」
宮司は智美に間断なく呼びかけながら、端末を操作していた。
「大榊ィ、こっちは準備できたぞ。イチが出るかバチが出るか……」
「宮司さん、それは吉と出るか凶と出るか、ですよ」
まだ声に恐怖が残っている智美の声が大榊機の中に響いた。モニタ上の智美機を示す光点も安定してきている。
「……知ってるよっ」
宮司はニヤリと笑って前方のモニタに集中した。敵が接近戦をご所望ならそれはそれで良い。
Tシリーズの武装が接近戦に偏っていた事から、敵の新兵器が接近戦にも長けているというのは容易に予測ができた。極度に接近戦に向かないヘリというハンデはあるが、大榊機は急造の接近戦対応武装を搭載して来ていた。
「タイミングは相当シビアだな。出来るだけ使わなくて済むようにしてくれよ」
大榊は、ヘリの回避運動を行いながら敵機への射撃を繰り返す。が、その攻撃は敵機を攻撃するものというよりは、自機を援護するような、防御的なものから脱する事ができない。彼我の戦力差は絶望的だ。敵がもしなりふり構わずこちらを撃墜しにかかったら、一分とはもたないだろう。
紅翼の敵機と大榊機の戦いは、当然のように大榊機が追い詰められていった。
徹甲弾が切れた。
敵機の動きが激しくなった。大榊機を嘲るように自由に周囲を飛び回り、なぶるように至近距離を通過する。
「くそ、こう速くちゃ……」
攻撃のタイミングが取れず、宮司が珍しく苛立っていた。
「これでは、倉科さんには撤退してもらったほうが良いでしょうね」
大榊は珍しく少し笑った。
「……だな」
宮司はその笑いの意味を理解して、ただうなずいた。
「我々は後方にいたはずなんですけどね」
「そうだな。五十畑基地司令にどやされる案件だ」
「宮司さんの場合は、垣畑壱尉にもでしょう」
「……それを思い出させんでくれ」
二人の笑い声が機内に響いた。
「こっちから行くなら、タイミングはとってみせるさ」
「頼みますよ、宮司さん」
大榊は、紅翼の敵機に機首を向けた。
「ダメですよ! 大榊さん! 宮司さん!」
智美の声が響いた。同時に、敵機と大榊機の間をビームの火線が横切る。
「ごめんなさい、私、撤退しません! 戦えるかはわかりませんけど、一緒に生き残る事はできるはずです!」
ビームを追うように、T1-1が敵機との間を突っ切った。
「智美ちゃん、だめだ! 撤退しろ!」
宮司がヘリの壁を拳で叩いて叫んだ。
敵機はすでに、T1-1を追っている。
その戦況は、霞ヶ浦湖面の華夕も把握していた。
「だめですよ、智美さんも、大榊さんも、宮司さんも……」
だが華夕にはどうする事もできない。華夕が今やらなければならない事は、筑波基地のシステムを一刻も早く解析することである。当然、基地システムも軍事用に最高度のセキュリティ対策が採られており、T3-2のリソースを全て使っても簡単に突破できるものではなかった。作戦の成否、そして投入されている軍人たちの命の全てがかかっている以上、華夕は自分の気持ちを抑えて任務を続けるしかなかった。
そして、哀しいことに華夕は自分の気持ちを抑えて冷静な判断を下すことに慣れすぎていた。
「そうだ、お前だよ! あんなクソ雑魚なんかじゃねえ」
接近しただけで逃げ出した【例のヤツ】が戦線に復帰してきた事は、彼に笑いの衝動をもたらした。それは多少でも歯ごたえのある相手と交戦できるという期待感だ。
一方、いくら火器を使わないというハンデをくれてやったとは言え、あの雑魚を落とせていないのは苛立ちの要因であった。群れていた雑魚どもすら彼はまだ一機も撃墜していない。
練度は高いという事か。そうあってくれなきゃな。
力のあるものを全力で、そして一方的になぶり殺す。それが彼の矜持だった。力のないものを虐殺してなんの楽しみがあろうか。
雑魚相手に戦果を挙げていないという苛立ちも、だからと言って簡単にけりの付く火器の使用を封じたままなのも、それが彼のプライドであった。もっとも、彼自身の中に「プライド」という語彙はなく、自分を突き動かす衝動の正体もよく理解してはいない。
だが、あれを落とせば。少しはスカッとするだろう。
彼は逃げ回るT1-1を正確に追った。スピード、加速性能は同等レベルなのだろうが、全く制御できていない。あの雑魚どもとは逆だ。ある程度の力があることはわかるのだが練度がなさすぎる。
ここまでの短い接触で、彼は正確にそこまで見抜いていた。機体の加速性能はまだ随分余力を残しているように見えるが、その十分の一も出せていない。
彼は一気にT1-1を追い抜くと、その進路上で振り返り、両手のヴァリアブル・ダガーにビームの刃を生成した。ジャマダハルのようなフォルムのその刃を、威嚇するように構えた。




