六 火蓋は切られた。
「倉科さん、大丈夫ですか?」
第一班を追うT1-1と大榊機は鬼怒川に差し掛かっていた。鬼怒川を越え、小貝川を越えれば第一班が防衛ラインを敷いている北郷は目と鼻の先だ。
「はい、大丈夫です」
短く答える智美の声には緊張がみなぎっていた。やはりT1-1を制御しこなしている感覚が薄い。ともすれば加速しすぎ、手に余るじゃじゃ馬に振り回されているような感覚だった。
落ち着け、落ち着け智美。
智美は自分にそう言い聞かせた。自分の任務は戦う事ではない。敵をセンサーで捕捉し、味方機の火器管制システムに情報を送ることだ。また、筑西に現れた敵だけでなく、筑波基地からの出撃も考えられる。防警軍が挟撃にあわないようそちらの索敵にも気を配らなければならなかった。
第一班で筑西からの増援を叩き、第二班と習志野の部隊を中心に筑波基地を奪還する。その要となっているのが、華夕の情報と、智美の索敵なのだ。
智美の任務は、T1-1を動かすことではなく、センサーを使う事だけだ。制御し切れていない事は大きな問題ではない。智美はそう考えて気分を落ち着かせた。
出来る事しかできない。その出来る事を全力でやればいいのだ。
「我々はここから第一班を支援します」
鬼怒川と小貝川の間、吉野公園上空。智美はポニーテイルに結んだ髪を一振りして、メインモニタに索敵画面を表示させた。
戦端が開かれるのは、もう目前に迫っている。
「ザコが群れてやがる。それから……ちょっと離れたところに二匹。片方は、例のヤツか」
彼は、自分が喜んでいる事を自覚していた。自らの性能を発揮できるという解放感。自らの能力を確かめられるという期待感。
だが、それだけではなかった。何かが心に引っかかっていた。彼が高揚感に浸れないのは、その一抹の、正体不明の不快感が心の一部に居座っているせいだった。
なんなんだ、これは。
そのわずかな不快感がなぜこうも気になるのか。
彼はその疑問を抱えながら狩りに向かう事には気が乗らなかった。任務だからやる。だが、狩りは楽しむべきだ。
彼は前方に存在する【ザコの群れ】を無視して【例のヤツ】に意識を向けた。あんなザコどもは地上部隊に任せとけばいい。戦闘力がゼロに等しいあんな下級悪魔を狩ったところで益する事はない。
彼が進路を【例のヤツ】の方向へ向けたその時、火線が走った。
戦闘が始まった。しかも防警軍からの先制攻撃。その事は霞ヶ浦のT3-2でも探知していた。しかしそれは、華夕が予想していたよりもかなり早い開戦であった。荷電粒子レーザー砲そのものの有効射程は長いが、実際に有効に運用するにはその範囲をカバーするセンサーがなければならない。つまり実質、SR16パイロットの視認範囲がそのまま有効射程になるわけで、どう考えてもこちらから先制できるスペックではない。
「智美さん……?」
華夕は思わず口に出してつぶやいていた。この戦闘は、防警軍の火器管制システムに【Tシリーズ】のセンサーを利用しなければあり得ない。華夕の機体がその任務にあたれない以上、誰か他のメンバーがセンサー役を担っている事に間違いはなかった。そうなると、可能性として一番高いのは智美だと華夕は思った。
索敵モニタ上では、敵機が数機撃墜されている事が確認できた。先陣を切っている光点は健在だった。華夕はこれは新型であると踏んでいた。これについての情報を収集したかったが、現在T3-2のシステムは全力で筑波基地の強制終了コマンド生成にかかっていてその余力はない。
華夕は少し頭を振って、自分の任務に戻った。筑波基地奪還の成否が、この戦いの行方を握っている。そして筑波奪還の成否は、華夕の任務の成果にかかっているのだ。
敵の増援部隊に対しては、こちらにもT1-1がある。大榊も、多分宮司も同行しているだろう。心配はないはずだ。華夕は始まってしまった戦闘を無理矢理意識の外に締め出そうとした。
もちろん、そんな事は不可能だった。
左足をかすめたビームの他に、遥か下方に走る十数条の火線。そのうちのいくつかが、地上部隊の機体に直撃した。
「……ちっ……! 聞いてねえぞ……!」
彼は苛立っていた。油断だった。自分の足をビームがかすめた事も、仲間を数機失った事も。全く油断だった。歯噛みするような思いで【ザコの群れ】に向き直る。すでに彼らは次弾を発射していた。
地上部隊が反撃の気配も見せず、また数機が被弾した。そのはずだ。彼らのセンサーでは、まだ【ザコの群れ】は見えない距離だ。
彼を狙った火線は三つに増えていた。回避するのは容易いが苛立ちはつのる。彼はその苛立ちを振り払うように、CPLコンパチブルカノンを発射した。
被弾したザコが火を噴き、その光が前方に見える……はずだった。が、そんな気配はない。
センサーを通して見る【ザコの群れ】は断続的に回避運動を行っていた。一見ランダムに見えるが統率の取れた動き。少し観察すれば行動パターンは読めるだろう。だが。
「直接ぶった斬って落としゃあいいだろ!」
彼は【ザコの群れ】に向かって急激なGをかけた。
彼を狙うビームがさらに増えた。簡単に回避をさせないように射線を分散しているのが小賢しい。敵ビームを回避しようとすれば敵に接近する事は難しかった。さらに、地上部隊へも確実に攻撃が加えられていた。接近に時間がかかればかかるほど味方の被害は増えるだろう。彼は出端で完全に遅れを取ってしまっていた。
【ザコの群れ】の攻撃がこの距離で正確なのが不自然だった。が、彼はすぐに解答を見出していた。
【例のヤツ】だ。
ヤツのセンサーならこの一帯の戦況を全て把握できているだろう。それを通信によって共有できていたら。いや、それしかあり得ない。
ならば、ヤツを落せばいい。目を失ったザコどもがどれだけ無力か、過去三度の戦闘結果が証明している。
彼は急速に転回し、【例のヤツ】に向かって加速した。
狩りの高揚感とは無縁の苛立ちが彼を突き動かしていた。未だに正体のわからない不快感も増大し、彼の感情をささくれ立たせていた。
行く手から一本の火線が彼の右腕をかすめた。彼は敢えて避けなかった。直撃ではないとわかっていたからだ。
「今ので仕留められなかった事を、死ぬ程後悔させてやるよ……悪魔ども!」
彼はCPLコンパチブルカノンを翼の下に格納すると、両手にヴァリアブル・ダガーを装着しながら、さらにスピードを上げた。




