五 勝ったのは。
防衛警備委員会室の雰囲気は一変していた。不規則発言がほとんど聞かれなくなり、静かに議論が進む。普段の国会とは完全に異質の空気が流れていた。
「え、えぇ……と。当該少年の発言には、えぇ、響くものも、ありましたが、危険なものも感じます。これは軍事偏重の思想です。軍国主義国家にしていくための教育の成果という事ではないでしょうか。少年も言っている通り、被害にあわれた方が現にいらっしゃるんですよ。軍事的に解決しようとする事は、結局は必ず被害を出すんです。被害の多い少ないじゃないんです」
谷先議員はそこまで言って、口をつぐんだ。次の言葉が出てこなかった。普段ならこの段階で同調する野次が飛び交っていただろう。その間に考える事が出来たし、静まりかけたところで辛辣な言葉を投げかければいい。今まではそれですんでいた。しかしその野次が全くない今、彼女は自分の喋る言葉を見失ってしまっていたのだ。
「あの、被害にあわれた、信太参考人にご発言を求めたいと思います。今回の事で、大変な被害にあわれ、とてもお困りだと思います。そのあたりを。戦争に巻き込まれた事でどんな苦痛を味わわれたか、お話し下さい」
予定にない質問だったのか、信太は一瞬驚いた表情を見せた。だが委員長に指名されると立ち上がらざるを得ない。
「えぇ、まぁ、そうっすねえ。家、ぶっ壊れましたからね。でもさ、その少年ってやつ、徴兵されたんじゃなかったんだねぇ。徴兵された少年が、新兵器の威力をひけらかしたくて、街をぶっ壊して戦ったってあんた言ってたけどさ」
「信太さん、質問にだけ答えて下さい。辛い目にあわれたんですよね?」
谷先議員がたまらず口を挟む。
「なんか、話がちがわねえか? 谷先さん。あたしゃどっちが嘘ついてるのかわかんなくなってきたよ」
信太は谷先に構わず続けた。何が正しいのか、本気で知りたがっているようだった。
「委員長、参考人に注意をお願いします。参考人には質問権はないはずです。聞かれたことにのみ……」
「谷先さん、もうやめましょうや」
信太はそう言うと、右腕を吊った三角巾を外した。
「あたしが受けた苦痛? お話しますよ。ええ、確かに怪我はしました。右腕にね。あんたに紹介された病院で全治一ヶ月なんて言われたけど、そんな大層なもんじゃねえや。
被害者の連中もね、家が壊れたりした連中ばかりでね、怪我をしたのはあたしだけだ。事前に軍がきっちり避難指示してくれてたしね。あたしゃバカだから店の権利書だとかそんなん取りに行こうとしてね、自業自得で怪我をした。
戦った場所だって、上野公園っていう、一番被害が少なくて済みそうな場所だったわけだしね」
信太は、包帯の巻かれた腕を上げて見せる。
「信太さん。戦争や軍による武力行使で家を失っても保険は下りないんですよ?」
谷先は言ってしまってはっと口をつぐんだ。
「あぁ、あんたそう言ってたよなぁ。少年を訴えて、損害賠償請求しなきゃ、家の修理費をふんだくれねえって。でもね、あたしゃもういやだよ。少年は一生懸命覚悟決めて戦ってくれたんじゃねえか。軍だって出来る限りの事、してくれてんじゃねえか。
それに引き換えあんたは、いや、あたしもだなぁ。一体何をした?
人のためになるような事はなんもしねえで、足引っ張ったり、被害者面して責め立てたりしてるだけじゃねえか。
その少年だってまだ高校生だってんだろ? そんな子供が、みんなのためにって、全部背負うって腹くくってんだ。それをね、大人のあたしがこんなかすり傷なんかで陥れるなんて、お天道様に顔向けできねえよ。末代までの恥ってやつだ。
あたしゃ下りるよ谷先さん。少年を訴えるのもやめだ。怪我した被害者ってのぁあたししかいないんだから、あたしが取り下げたら少年は無罪放免って事だろ?
店を建て直すんなら、まじめに稼いだきれいな金でやりたいよ。正直しんどいけどね」
信太はそう言って席に座った。
「し、信太さん、それは……。他の被害者のみなさんの事も……」
谷先議員が言いかけた時、委員会室に拍手が起こった。傍聴席の被害者団体メンバーは、立ち上がって信太に拍手を送っていた。
「谷先みずき君。時間が来ております。まとめて下さい」
委員長に促され、谷先は力なく立ち上がった。
「私は、なんと言われようと、徴兵を復活させるこの軍国法案を廃案にすべきだと訴えまして、質問を終わらせていただきます。ありがとうございました」
谷先はそう言うと、委員会室を出て行こうとした。
「谷先さん! あんた国会議員だろ。言いたい事言ったんなら、きちんと採決で意思表明するべきなんじゃないのか?」
傍聴席から野次が飛んだ。びくっと立ち止まった谷先は、何度も逡巡した後、のろのろと空席に腰を下ろした。
「それでは各会派による賛否討論に移ります。本案は緊急性を要する法案でございますので、本委員会採決後速やかに本会議を開催致します」
委員長が宣言した。
その場にいる全員が、大勢が決した事を悟っていた。




