四 打ち破りたい現実。
同日14:08。
大榊の執務室のドアがノックされた。強い音ではないが、性急さを持った音。
執務室内には、お定まりの宮司、金富が詰めており、大榊に第一班の出撃報告及び第二班出撃予定の報告を行っていた。
「大榊さん、倉科です。入ってもいいですか?」
ドアの外から聞こえてきたのは智美の声だ。
大榊がうなずくのを確認して、金富がドアを開けた。
「失礼します」
気後れしているのか、おずおずといった足取りだ。
「倉科さん、どうされました?」
大榊の柔らかい声に、智美は少し安心したように顔を上げた。
「大榊さん、私も出撃させて下さい!」
智美は大榊をまっすぐに見つめ、一歩前に出てそう言った。三人にとっては、あまりにも思いがけない言葉だった。
「いや、倉科さん、それは……」
「新しい敵が出たんですよね? だから警報が鳴って、出撃していかれたんですよね? だったら……」
智美の目は真剣だった。本気だった。大榊はその目の中に、一抹の危険な光を感じとっていた。
「出撃を許可することはできません」
大榊は言った。
「理由は三つあります。
一つは、あなたが軍人ではないこと。あなた方が正式に作戦に参加できるようにする為の法整備を急いでいる現在、まだ民間人の、しかも未成年であるあなたを戦闘に参加させるわけにはいきません。
そして二つ目。【トライアイン】に合体できない状況であること。今T1-1にもしもの事があれば、香川さんが回復しても【トライアイン】を使えない事になります。それは避けるべきです。
そして三つ目。あなたのシミュレーター訓練の結果です」
智美は唇を噛んだ。返す言葉がなかった。香川頼造が倒れてから、どうしても以前のような成績が出せなかったのだ。少しずつ改善してはいるのだが、まだ以前の成績に及ぶべくもない。精神的な不安定さが足を引っ張っている自覚はあった。だが今なら安定しているはずなのだ。
「倉科さんには、法整備が整い、香川さんが回復されるまで……」
「待って下さい! それじゃあ間に合いません! 筑波基地を取り返すのは一番大事な事なんでしょう? それが出来なかったら、みんなが危険になるんでしょう? 今じゃなきゃだめなんじゃないんですか?」
智美はなおも食い下がった。
「ならせめて、華夕ちゃんを助けに行かせて下さい! 華夕ちゃんが戦いに参加していないとしたって、敵にはそんな事関係ないじゃないですか! 華夕ちゃんがやる事を終わらせるまで、私が守ります!」
「華夕ちゃんを助けに行きたいのは俺もおんなじだ。だが、それが華夕ちゃんを危険に晒す事になるんだよ」
口を挟んだのは宮司だ。
「華夕ちゃんは今、敵に察知されないように隠れて情報を集めてる。俺達が連絡しようとしたり、守りに向かったりすれば、敵に位置を知らせてしまう事になるんだ」
「だったら……!」
智美は頭をめまぐるしく働かせた。自分にだって出来る事が必ずあるはずだ。
「だったら、敵が華夕ちゃんに気付かないように、ひきつけておく必要がありますよね? 私、それを手伝います! 戦う事が許されなくても、センサーとかで手伝える事があるでしょう?」
「むぅ……」
宮司は唸った。智美を出撃させる事は気が進まないが、現状を考えると、T1-1のセンサーを利用できるのは大きい。
あとは、大榊の決断次第だった。
筑波基地の内部地図は様変わりしていた。もちろん構造レベルでの変化はないのだが、豪勢なオプションがごっそりと追加されていた。
対人用兵器。
【敵】の許可なく基地内を歩く事は、すなわち死を意味していた。
機銃、対人レーザー等が全ての通路に配置され、招かれざる客を速やかに処分する態勢が整っている。筑波基地所属の軍人達は、完全に閉じ込められている状態なのだろう。
華夕は基地内の詳細データを抽出してファイル化すると、システムへの侵入作業の進捗をチェックした。さすがにこちらはそう簡単ではなかった。
メインシステムへのアクセスが完全に遮断されているためだ。4つのサブシステムによるブロックには付け入る隙がなかった。こうなると、メインシステムを止めるためには、まずサブシステムを全て停止させた上でメインシステムに侵入し、強制停止コマンドを生成して打ち込まねばならない。基地内の殺人設備をかいくぐってコンピュータへ直接コマンドを打ち込むのは至難の業と言えたが、それ以外に基地奪還の方法はなかった。
華夕は索敵モニタ上で動いている敵を示す光点の動きを見ながら、基地情報のさらに詳細な分析を開始した。習志野から派遣される実行部隊が少しでも安全に作戦行動が取れるように。確実に日本防警軍が勝利を掴めるように。
それが、彼女が自分に課した最低限の任務だった。
「……聞こえますか? 香川さん。私、もう同じ後悔は絶対しません。だから、お願いです。頑張って下さい。元気になって下さい。お願いです」
頼造と智美以外、他に誰もいない病室。
智美は、ともすれば声が不安定に崩れそうになるのを堪えてそう言うと、ポケットから折鶴を一つ取り出して、頼造の胸の上にそっと置いた。
智美は髪を後ろにまとめた。ゴムで縛った。智美の表情が引き締まった。背筋までが伸びたようだった。
「……じゃあ、行って来ます」
決然とした表情でそう言うと、智美は病室を出た。
宮司と金富が出て行き一人になった執務室で、大榊は一つ息をついて立ち上がった。
結局智美に押し切られた形だった。実際、T1-1のセンサーを大榊隊の火器管制システムに利用出来ればかなり有利になる。むしろそれがなければ戦いにならないと言っていい。大榊としても、最後方から絶対に動かない事を条件として、許可せざるを得なかった。
宮司にT1-1のシステム調整を依頼し、金富に第二班、第三班の出撃準備を任せ、大榊も自らの出撃準備を整えていた。
筑波奪還作戦の指揮は前線で取る。
大榊が執務室を出ようとしたその時、その扉が強く、荒々しくノックされた。
それは怒りを扉にストレートにぶつけるような、激しい音だった。




