二 危機と意志。
日本防衛警備軍朝霞分屯基地内に警報が響き渡った。それは、準備から行動への切り替えを否応なく強いるものだ。朝霞基地は一気に騒然となった。これほど早く事態が動くとは誰も予想できなかった、いや予測したくなかったのだ。
「筑西からの連絡が途絶えたって本当か!」
大榊作戦参謀長兼実戦部隊総司令の執務室に飛び込んできた宮司作戦参謀兼後方勤務部隊総司令は挨拶抜きで叫んだ。
大榊は無言でうなずいた。
「まずいんじゃないか? こりゃあ」
「ええ。三箇所に設置されていた観測所全てが、ほぼ同時に音信不通になりました」
金富航空参尉が端末に目を落として言った。
「途切れる直前に送って来ていた映像を解析したところ、何者かが巨穴から上空へ通過していった事がわかりました。この映像です」
金富が端末をプロジェクタに接続して映像を再生すると、小石や砂などがぱらぱらと噴出する巨穴の映像が映し出された。
「ちょっと待て。ここしばらくは石の噴出もなかったはずだな?」
宮司が腕組みをした。
「確かに……」
金富がそう答えた時、一瞬画面上を赤黒い影がよぎった。あまりにも速すぎて、動いた方向すら認識できない。
「あ、今のところです。さらに速度を落として再生します」
映像を少し戻し、さらに速度を落として再生する。噴出していた石や砂は、ほぼ静止しているようにしか見えない。
画面下方から赤い影が現れた。金富は映像を停止してコマ送りで進め、赤い影が画面中央に来たところで止めた。
「むぅ……」
宮司が唸り声を上げた。
真紅の翼を持つ巨大な人型機動兵器。華夕がその存在を危惧していた【新兵器】だ。推定される全高は25m前後、翼の全幅は30mを越えると予測された。【トライアイン】に引けを取らない大きさだ。
新兵器に続いて、多数の八足歩行特殊車両が通り過ぎた。これは最初に巨穴より現れたものと同機種のようだった。正確な数は把握できなかったが、少なくとも20機以上が確認できる。数こそ多くないが、筑波基地奪還を狙う防警軍にとっては大きな脅威だった。
「金富、部隊を三班に再編成しろ。習志野への出動要請もだ。情報は随時送るから、具体的な動きはお任せすると伝えておけ」
大榊の表情は変わらなかったが、声の響きが変わっていた。普段から常に全力で事に当たっている大榊であったが、アフターバーナーのスイッチが入った印象だ。宮司も金富も、背骨に鉄骨を通されるような、身が引き締まる感覚を覚えていた。それは彼らにとって心地いい緊張感だ。
「了解致しました! 三班の編成ですが、各班の主任務は……」
「今すぐに出撃できる者、数時間の時間を要する者、それ以上の時間が必要な者の三班だ。全ての隊員を可能な限り早い班に入れろ。急げ!」
金富は即座に復唱し、大榊の執務室を飛び出して行った。
「そつがない男だと思ってたが、まだ甘いところもあるんだな」
金富が出ていった扉を見ながら、宮司がつぶやいた。
「石の噴出を見逃したのもそうだ。石が噴出しているという事は、あの穴のGコンが作動しているという事だ。増援部隊が出てくることは当然予測できたはずなんだが」
大榊は宮司の言葉を聞きながら黙って考えていた。
「とにかくこっちは整備を急がせる。習志野に渡せる通信ユニットも5つは確保できそうだしな。
……それにしても、華夕ちゃんの事が気になる。もちろん既に敵の増援は察知していると思うが。連絡が取れないのは歯がゆいな」
通信を使えば傍受の危険があり、それはすなわち華夕の所在を敵に知らせてしまうことになる。華夕の身を案じるからこそ何も出来ないというのは、宮司にとってはなかなか辛い事だった。
「基地攻略が始まれば連絡は取れます。増援より先に基地に到達するように行動していますから、敵が今野さんに気付いたとしても、彼らがそこへ到達する前に我々が守りを固めている事になります」
「……だといいがな」
宮司はぼそりと言った。大榊には宮司の言いたい事はわかっていた。
防警軍が基地へ先着するのは、敵の増援が現状の行軍速度を維持した場合の話だ。敵の新兵器が例の八足歩行車両の速度に合わせているだろう事は容易に想像がつく。だが、華夕の存在を知られてしまえば、新兵器は単機でそこへ急行するだろう。そうなってしまえば、防警軍が間に合う可能性は限りなく低い。よしんば間に合ったとして、防警軍の戦力で新兵器に対抗することが出来るのか。
「俺はとにかく作業を急がせる。出来るだけ第一班を増やさないとな」
宮司が出て行くと、大榊は苛立ったように立ち上がり、部屋をぐるぐると歩き回った。
どうにもならなかった。どのようにシミュレーションしてみても、状況は絶望的だった。戦略学科の試験に出せば、100人が100人「敗北」と答えるだろう。いや、そもそも問題になり得ない程、状況は明白であった。
しかしその「敗北」は、大榊には許されていなかった。
「……この国は法治国家です」
野党女性議員は静かに語り始めた。政府側の答弁中にはあれだけ騒いでいた野党議員たちは水を打ったように静かに聞いている。
「法によって守られるべき子供が、未成年が、法に則らずに徴兵され、他人を傷つけ、犯罪者になる事を強要される。こんな事があっていいのでしょうか。
こんな無法を、国家権力によって行う、こんな事が許されていいのでしょうか!
その少年は、犯罪者にされ、警察の取調べを受けながらもなお、軍の基地に幽閉されています。彼にだって言い分はあるでしょう。彼がどんなに怖かったか。どんな圧力があったのか。彼が犯罪者にまで身を落としてしまうのに、どんな経緯があったのか。
全ての市民が知りたい、暴きたいと思っている軍や政府の横暴を、未成年である彼のプライバシー保護を盾にとって隠蔽しているではありませんか。
我々がその少年への接見を求めても拒否。プライバシー保護の手を尽くした形で参考人として招致する事も拒否。どんな形であれ、その少年の言葉を白日の下に晒す事は断固拒否。
これが政府のやり方なんです。軍のやり方なんです。軍国主義岐部政権のやり方なんですよ!
少年の言葉を聞かせて下さいよ、総理。せめて接見を許可して下さいよ、御殿場大臣。さもなければこんな内閣は即刻総辞職すべきです! 少年の人権を何だと思っているんですか!」
委員会室を拍手が満たした。野党議員、傍聴席、そして参考人。野次や怒号がひとしきり続いた。
「……岐部内閣総理大臣」
委員会室のざわめきが少し治まってから、委員長が挙手をして待っていた岐部総理大臣を指名した。




