一 戦いの序章
(前回のあらすじ)
軍は正式に、筑波基地の奪還を決定した。
筑波奪還の任につく大榊と宮司。
法整備を急ぐ岐部内閣総理大臣。
作戦の準備はハードウェアだけではない。
【Tシリーズ】パイロットもまた、己の気持ちと向き合っていた。
戦う者の覚悟。見守る者の覚悟。
戦いの時は迫っている。
「演説なんて、ガラじゃないんだよなぁ」
緊張感のないぼやき声が豪華な執務室に響いた。
「撮りなおすとかもう無理?」
「ダメです」
トレイに淹れたてのコーヒーを載せてキッチンから出てきた女性秘書官は、にべもなく答えた。
「まぁ、そりゃそうかぁ。でもなー。なーんかイマイチだったんだよなぁ」
彼の未練がましさに秘書官は呆れ顔で、コーヒーを自分のデスクに置いた。
「何度撮り直したら気が済むんですか。積み込みがギリギリになったのは、総理のせいなんですからね? わかってます?」
「厳しいなぁ。少しは優しくしてくれてもいいんじゃないの? 俺、がんばってるじゃん」
彼の甘えた発言に、女性秘書官は少し苛立ちのこもったため息をついた。
実際、演説の撮影が遅れたせいで、全体のスケジュールにも影響が出ている。その調整に駆け回っていたのは彼女なのだ。
「総理以外の全員が、もっと頑張っています。演説を積み込んだ部隊はもう作戦行動を開始してるんです。諦めて下さい」
「でもなぁ……」
なおも言い募る彼に秘書官はとどめの言葉を放った。
「安心して下さい。これ以上撮り直したって、マシにはなりませんから」
がっくりうなだれる鷹城明総理を尻目に、女性秘書官はコーヒーの味と香りを優雅に楽しんでいた。
6月6日13:27
国会前広場には、プラカードや太鼓を抱えたデモ隊が詰め掛けていた。『岐部やめろ』『岐部は独裁者』『軍国政権ヲ打倒セヨ』等等……。
また、岐部総理大臣の写真に悪質な加工をしたプラカードや、岐部総理や御殿場防警大臣を象った人形も見える。この人形はこの後様々な迫害を受けて破壊されるのだ。
デモ参加者数は、主催者発表で3万人。国会前を埋め尽くす群集の映像が、テレビでも放映されていた。
これは、現在の軍や政府のやり方に対する、市民の不満の表れであった。
この日の防衛警備委員会では、上野における戦闘についての集中審議が行われていた。異例の事であったが、被害者団体から数人が傍聴席に陣取っている。さらに被害者代表の男性が参考人として招致され、発言の機会が与えられていた。
「いやね、あたしゃ一介の酒屋だからね。難しい事はわからねえ、いやわかりませんけどね。わけもわからず家ぶっ壊されて、怪我ァさせられちゃあたまんねえつってるんですよ」
参考人の信太義雄(56歳)は三角巾で吊った右腕を誇示するように突き出した。
「しかもね、相手は何にもしてねえのに、こっちの軍の方が、徴兵した子供を使って先に手を出したってぇじゃないですか。わざわざあたしん家のそばでドンパチやられたんじゃあね。こっちだって黙っちゃアいられませんよ。ええ」
信太が席に戻ると、野党の女性議員が手を上げ、立ち上がった。
「信太参考人、ありがとうございました。
このようにですね。今回の軍のやり方は、何の罪もない市民たちに被害をもたらしているんですよ!
今回、傍聴席にも被害者の方々の一部にいらしていただいていますが、彼らに納得して頂くことができますか?
判断力のない子供を徴兵して一般市民に被害を与えさせる。今回加害者として訴えられている少年も、岐部軍国政権の被害者ですよ!」
拳を振り上げて叫ぶ女性議員。岐部総理は引き締まった表情で、それを聞いていた。
国会前にはさらに人々が集まり始めていた。
霞ヶ浦の湖面に浮かんだT3-2のコクピットの中で、今野華夕はふぅっと息を吐いた。
ジャミングをかけているとは言え、やはり単独で筑波に近づくのは緊張を強いられたのだ。
湖の水面であれば、探知される危険はほとんどないだろう。
軍に提供された筑波基地の内部資料をもう一度見直した。システム周りについて再確認する。
筑波基地全体を制御しているメインシステムを強制停止させる事が華夕の最大の任務だ。だが、そう簡単には行きそうもなかった。
筑波基地はメインシステムをバックアップするサブシステムが4つ存在している。メインシステムに不具合が出た場合、一時的に処理を代行したり、メインシステムを早急に復旧したりするためだ。サブシステム同士もお互いにフォローしあっているため、システムを強制的に止めるには、全てのシステムを同時に止める必要があった。
もちろん、システム自体が書き換えられている事は間違いない。「円滑に途切れなく運用させるため」がメインだったセキュリティが、「外敵からシステムを保護するため」を第一に組みなおされていることは充分に考えられる。
案の定、メインシステムに直接アクセスすることはできなくなっていた。サブシステムを止めてからでないとメインシステムの強制停止コマンドを生成することはできない。だが、そのくらいは想定済みだった。
華夕はサブシステムの停止コマンドを解析させながら、基地内部の配置を探査しはじめた。
地表の穴へ向けての落上速度はぐんぐんと増して来ていた。
最初は遠くに点のように見えていた光が、今は視界の大部分を占めるほどの大きさになっている。
空。雲。光。
地上というのは、空というのはこんなにもまぶしい世界だったのか。
彼と彼の仲間達は一瞬にして地表を通り過ぎ、上空へ舞い上がった。地表にいくつか設置されているガラクタを、彼は舞い上がりざまに狙い撃ちした。最初の二つは 徹甲弾を200発も打ち込めば充分だった。最後の一つは荷電粒子レーザーの一発で仕留めた。上空に舞い上がりすぎ、機銃の有効射程から外れてしまったからだ。
「空が重くないってのは、こういう事か!」
彼は上機嫌でGコンを作動させ、地上方向に24Gの重力をかけた。彼の率いる一群の上昇速度が急激に落ち、続いて落下に入った。
地上付近まで降下したところで、彼は重力を中和させた。彼らはゆっくりと着地し、筑波基地へ向けて進軍を開始する。
「さて、お出迎えがあるかも知れないからな」
彼は少し浮き立つ心でGコンを作動させ、100m上空へ浮かんだ。
「休憩所に着くまで、油断すんじゃねえぞ?」
彼はゆっくりと地面を進んでいく仲間達を確認すると、周囲を見渡した。
そこには、明るく、広く、寒い世界が広がっていた。




