十一 それぞれの決着。
「私、自分に言い訳をして動くことが出来なかった。もうそんなのいやなの。自分がやることをやらないで誰かを見殺しにするなんて、絶対にしたくない。
自分に出来るのかとかそういう事じゃないの。私が、この戦いを早く終わらせたいの」
智美は、戦うことの意味をそれほど深くまで考えてはいない――輝美はそう思った。しかし、自分の娘に通った芯の太さ、硬さは想像をはるかに越えていた。今考えていない問題に直面しても、その芯が折れなければ、彼女にとっての正しい道を選ぶことが出来るだろう――輝美は自分の娘の短期間の変化を改めて感じていた。
それは、午後の説明会前に見せられた【T1-1】と、そのシミュレーションプログラムを必死でこなす娘の姿でも明らかだった。
輝美は、もう泣かなかった。
「私が乗っている【トライドライ】は、情報収集と電子戦用の機体なんです」
華夕は淡々と説明していた。
「つまり、戦うにあたってこちらを有利な状況にしたり、戦う以前の段階で敵を無力化したりするためのものです。ですから、任務は最前線に出ることじゃありません」
華江はじっと聞いていた。何も考える事が出来ないと言ってもよかった。
「最前線に出て守ってくれている人たちを、後ろから守るのが私の役目です。そして私は【トライドライ】の性能を引き出すのに適していると思うんです。みんなを安全にするために、私が必要だと思うんです」
華江には、華夕の決心を変えさせる言葉は何も残っていなかった。
「じゃあ、今日のところは帰る」
その言葉を残して、両親は勇夫の部屋を出ていった。
勇夫はまだ換気扇が回っているキッチンへ入った。父が残したタバコの香りがまだうっすらと残っていた。シンク内の三角コーナーに、濡れた吸殻が二つ。
勇夫はついさっき、父親とここで交わした会話を思い出していた。
「何がどうなろうが、俺と母さんはお前が戦う事を許しはしない」
二本目のタバコに火をつけながら、勇悟は宣言した。
勇夫はうなずいたが、勇悟を見返す意思のこもった目は変わらない。
「でもな。俺がお前の立場にいたら、同じ決断をしただろうな」
勇悟は勇夫の肩をぽんと叩いて、蛇口を捻り、タバコに水をかけて消した。
「母さん。帰るぞ」
勇悟はキッチンの外に向かって、優しく声をかけた。
同日16:23。
「なかなか辛いもんだな。大榊」
宮司が珍しく神妙な面持ちで言った。
「この結果次第では、今後の作戦もしんどくなるな。まぁ、親御さんのおっしゃる事ももっともなわけだし、俺達はベストを尽くすしかないわけだが」
宮司の言葉に大榊もうなずく。
「合体の相手が不在になった場合、出撃は控えてもらった方が良いでしょうね」
大榊は、【Tシリーズ】全てが運用できなくなるところまで覚悟をしていた。T1、T2、T3の全てが、未成年と成人の組み合わせだったからだ。
「そうだなぁ。T3のどちらかには後方待機で同行してもらえるとありがたいところだが」
「頭が痛いですね」
大榊と宮司が同時にため息をついた時、大榊の執務室に金富が入って来た。
「親御さん達が帰られました」
「そうか。ご苦労だった。彼らは一緒に帰ったのか?」
金富は気をつけの姿勢を崩さずに報告した。
「速水君は先ほど、警察に同行して取調べに戻りました。倉科さんは自室にいらっしゃいます。今野さんは香川さんの病室だそうです」
「ってことは……」
宮司の顔がぱっと明るくなる。
「ええ、三人とも、残ってくれたようです、大尉」
「大尉じゃねえって大榊にも言われてるだろ? 金富ィ」
宮司は明らかに上機嫌になっていたが、大榊は手放しで喜ぶ気にはなれなかった。まだ独身の大榊には、子供を戦場へ置いて帰らなければならない親の気持ちは想像を越えている。その心中を慮ると、自分が負う責任の重さに慄然とした。
大榊は筑波の奪還作戦立案に己の才覚の全てをかけねばならない、と改めて感じていた。
頼造の現状について、専門医の見立てはこうだ。
・ほぼ休止状態だった脳が活動を始めた理由は、外的な刺激が脳に伝わったためだと考えられる。それまで断裂状態だった神経が補完されたと見られる。
・現在、五感のどの刺激に反応しているのかは不明だが、さまざまな刺激を与え続けるのは、神経の補完に効果があると思われる。
・刺激への反応が脳波にしか現れないのは、脳と運動神経の連携にまだ障害があるものと思われる。
・感覚神経の回復が見られたことから、運動神経への連携についても回復が期待できる。
もちろん全ては希望的観測ではあるが、それなりに根拠のある見立てでもあった。
頼造の病室には音楽が流され、定期的に看護兵によるマッサージが行われることになった。
華夕が頼造の病室で看護兵達の動きを観察し、マッサージの方法を学んでいると、大榊と宮司、そして金富が入ってきた。
「華夕ちゃん、すまないね。知恵を貸して欲しいんだ」
宮司が申し訳なさそうに頭を下げた。本来なら病室では静かにしなければならないところだが、今の頼造の容態としては、適度なざわめきはあった方が良い。
「あ、はい。ちょっと片づけますね」
華夕はテーブルの上の紙を束ね、折りあがっている鶴を段ボール箱に入れた。テーブルにスペースはできたものの、華夕の折り紙スペースはしっかり確保している。しかし、大榊たちとしては、タブレット端末を置くスペースさえあれば十分だ。
大榊は【敵】の戦力予測を表示させ、華夕に見せた。
「今野さんの見解はいかがですか?」
「なんとも言えないと思います。ただ……」
華夕は大榊の問いに答えかけて言葉を切った。病室のドアが開いたのだ。ドアを開けたのは五十畑空将補。そして五十畑に誘導され、岐部信太郎内閣総理大臣と御殿場輝尚防衛警備大臣が入室した。大榊たち三人は立ち上がって敬礼をする。
「突然お邪魔をして申し訳ありません。我々の事は気にせず、続けて下さい」
岐部総理は大榊たちを座らせ、頼造のベッドへ近づいた。
「香川さん、本当にご苦労をおかけしております。若い人達を守りたいという心は、私も強く持っています。
私も微力ですが、出来る限りの事をします。香川さん。あなたも、まだみんなに必要なんですよ。休むには早すぎます」
岐部は、看護兵がマッサージしていた頼造の手を取り、握り締めて語りかけた。まごう事ない本心だった。
「香川さんの事、よろしくお願いします」
岐部総理は看護兵達にそう言うと振り向いた。華夕はぴょんと立ち上がって、深くお辞儀をした。軍人達と防警大臣は、直立して敬礼をしていた。




