十 勇夫の覚悟。
資料をめくりながら御殿場防警大臣が説明した法案の骨子は以下のようになる。
・この法律は新暦518年5月25日光が丘で起こった震災、また、筑波における震災から始まった一連のテロ事件の解決のみを目的とした特別立法である。
・本件におけるテロ組織に対抗するため、有効な兵器【Tシリーズ】を運用する。
・【Tシリーズ】を運用するにあたり、六名の民間人に、一時的に軍属の権限を与え、協力を仰ぐ事とする。
・当該六名は、軍属としての権限を有し、本事案に関する事に限り、全ての権利、権限は軍法によって保証される。
・当該六名は作戦行動に対し、拒否権を有する。
・協力の受諾は、本人及び保護者の同意を要する。また、いついかなる場合でも、受諾を取り消し、作戦行動から離脱することができる。
・辞令等、細目については、防衛警備省の省令により交付、発効する。
・この法律は、即日施行され、本事案の終結とともに失効する。失効後、協力者は退役軍人と同等の権利を有するものとする。
これは、軍人としての権利は全て認めるが、義務については拒否することができる、という、当事者としても気が引けてしまうくらい、かなり異例の法律であった。
「もちろん、実際に行われる作戦の立案には【Tシリーズ】の安全を最優先にし、万全を期します」
大榊が言うと、御殿場防警大臣が大きくうなずいた。
「こちらの大榊航空壱尉が、【Tシリーズ】の運用責任者になります。そして、宮司技術壱尉が整備等の責任者です。二人とも、よろしく頼みます」
改めて御殿場防警大臣から紹介が入る。
「しかし、その【Tシリーズ】というやつが、敵に対して有効なんだったら、最前線に行くことになりますよね。安全を図って下さるという事ですが、敵に対抗するのが難しい軍の人たちが、【Tシリーズ】を守るために多く犠牲になる。そんな事が許されますか? だとしたら【Tシリーズ】を守るなんてことが本当に行われますか?」
勇悟の問いには大榊が答えた。
「【Tシリーズ】の防衛は、もしパイロットが通常の軍人であったとしても最優先になります。なぜならば、対抗できる数少ない戦力だからです」
大榊が冷静に語る言葉は室内に静かに響いた。
「もちろん、協力者であるパイロットの方々の安全を図るのは第一義です。ですが、それは作戦の合理性とも合致しております。したがって、我々は何としても【Tシリーズ】を守ります」
「んむ……」
勇悟は小さく何度もうなずきながら聞き、小さく唸った。
「質問があればどうぞ。質問が終わりましたら、それぞれ自室で、結論を出してください」
岐部総理は穏やかに言った。この場で結論を出させないのは、他のメンバーの決断が心理的なプレッシャーになることを避けたかったためだ。軍として、政府として、できる限り個人の意思を尊重したいという気持ちの表れであった。
「あの……っ」
智美が手を上げた。室内の視線が智美に集中する。
「香川さんは……どうなるんですか……?」
その場に居ない、唯一の【Tシリーズ】パイロット。彼の現況や今後の処遇をどう考えているのか、智美にはそればかりが気にかかっていた。
「香川さんの回復には全力を尽くします」
岐部総理が答えた。
「私は、香川さんについては、回復させられるかどうか、ではなく、どれだけ早く回復していただくか、という事を考えています。回復はもう必ずしていただく、と。回復が早ければ早いほど、筋力等の衰えを防ぐ事ができますから。
そして、香川さんにつきましても、ご本人のご意思を尊重したいと思っております」
「そんな事言ったらあのおっさんは喜んで志願するだろうな。何しろ死にたがっていたから」
一樹の言葉が響くと、場の空気にぴーんという緊張感が走った。
「それを利用しようってんじゃ、ねえだろうな? 政府のお偉いさん」
御殿場防警大臣が色をなして立ち上がりかけるが、岐部総理は穏やかに、御殿場大臣を制した。
「そう取られても仕方がありませんね。いや、実際我々は、そうやってあなた方を利用しているのでしょう。言い訳のしようもありません。それも含めて、判断の材料にして下さい」
岐部総理の言葉はあくまで潔かった。
「ふぅん。さすが一国のトップだね。食えねえおっさんだ」
一樹はそう言うと立ち上がった。
「あとは自分で決めりゃあいいんだろ。じゃあ俺は一足先に失礼するわ」
唖然として見送るしかない一同を尻目に、一樹は会議室を出て行った。
「で、どうなんだ。お前は人が殺せるのか? そして、倉科さんのお嬢さんや今野さんのお嬢さんが人を殺すのを見ていられるのか?」
勇夫の部屋に戻ると、勇悟は単刀直入に聞いた。前置きはもう充分だった。
「正直わからない。今どんなに覚悟を決めていたとしても、実際その場になったら違う決断をしてしまうかもしれない」
勇夫は正直に言った。
「そんなあやふやな覚悟で、戦場に……」
「最後まで聞いてくれよ!」
勇夫は勇悟の反論を遮った。
「俺だって人を殺したくない。倉科や華夕ちゃんに人殺しをさせるなんて出来るわけがない。そして、巻き込まれて人が死ぬなんてのもまっぴらなんだ。
だから俺は、一番人が死ななくてすむ事をやる。これから何人も人を殺すような敵が出てきたら、そいつの戦う力を奪う。それでも人を殺そうとしたら、動けないようにする。それでもだめだったら……その時は、俺はそいつを、倒す」
勇夫が言った瞬間に、優佳が堪えきれず涙をこぼした。
「もちろん、そこまで出来る余裕はないかもしれない。最初から全力で倒しに行かなければこちらがやられる場合も出てくると思う。そしたら、俺は全力で戦う。最善が無理なら、次善。その時できる、一番人が死ななくてすむ方法を俺はやる。
それでもし敵を殺したりしたら、俺はその後苦しむかもしれない。でも、それでも俺はそれを背負おうと思ってる。
でも、出来るだけ人が死なない、出来るだけ人が人を殺さない、そのために俺は戦いたいんだ。俺が戦うことで、明らかに死ぬ人が減るんだったら、俺は戦うよ」
勇夫はそこまで言い切って、きゅっと口を結んだ。
泣き続ける優佳。勇悟は無言で立ち上がり、キッチンへ入った。
換気扇が作動する音が聞こえた。




