九 責任と覚悟。
五十畑空将補による大まかな現況報告が行われ、適宜大榊から詳細の報告が加えられた。軍機に該当する内容までが語られた。これは岐部総理大臣の意向によるものだった。報告の対象が当事者とその保護者であるのだし、これからの重大な選択をする上で、全ての情報を共有しないのは不誠実極まりないという総理の強い考えだった。とは言え、軍属ではない立場の一般人に軍機が明かされるのは異例中の異例であると言える。
もっとも、【Tシリーズ】パイロット達にとっては、それほど目新しい情報はなく、政治サイドの苦労がより深刻に把握できたといった程度のものだった。
「私としても、皆様には本当に大変に感謝をしております。そして、それ以上に、申し訳なく思っています」
岐部総理が最後に言うと、速水勇悟が無言で手を上げた。
「速水勇夫君のお父様ですね。どうぞご発言を」
岐部総理の穏やかな声。勇悟は一つ、息を吐いた。
「これから私が言う事は、個人的な、身勝手な意見です。だけど、だからこそ混じり気なしの本音です。
これまでの経緯はわかりました。国として、軍として、最善の手を尽くしてきた事もわかります。うちの息子が戦いに参加しなければもっと被害や犠牲者が増えるだろうという事も理解できます。
ですがね。それでも俺としちゃあ、自分の息子を死ぬかも知れん戦いに送り出していい理由にはならんのですよ!」
勇悟は机を叩かんばかりの強さで言った。もちろん実際に机は叩かなかったが。
「お気持ちはわかるつもりです」
岐部総理は沈痛な面持ちで言った。
「私には、残念ながら子供がおりません。ですから、親御さんの気持ちは、本当にはわからないのだと思います。もし私と妻に子供を授かることができていたなら、自分の命を引き換えにしてでも子供を守るでしょう」
岐部総理夫妻には子供がいない。長期間にわたり様々な不妊治療を試したのだが、結局子宝には恵まれなかったのだ。岐部総理の心の中には、自分がそうであるからこそ、この国の子供たちを誰よりも大切にしたいという強い思いがあった。
「ですから、お子様たちを戦いに巻き込むことは絶対に許すことができないとおっしゃるのは、よくわかります。我々のしている事は、あなた方にとって、許すことができない暴挙であることは、私自身よくわかっています」
岐部総理の眼には苦悶が浮かんでいた。
「私が申しあげられる事は、あらゆる意味で、できる限りの安全をご用意するという事だけなのです。
ですから、ご協力いただけるかどうかは、よく考えて結論を出していただきたいと思っています。また、保護者の方々には、よくお話合いいただいた上で、できれば、ご本人の決断を尊重していただきたいと考えています」
岐部総理の穏やかな口調は、それゆえに彼の苦悩を聞き手に感じさせる。
「確かに、総理や防警大臣が自ら我々の前でお話をするっていうのは、普通ないことでしょう。皆さんが本気で考えてくれているって事はわかります。だからと言って、ここにいるみなさんは、軍の方々のように訓練も、覚悟だって充分じゃない素人なんですよ。親としては許せるわけがないでしょう」
勇悟は、親の意見を代弁するように言った。
「でも!」
たまらず勇夫が声を上げた。
「戦いが長引いたり、不利な条件で戦ったりしたら被害や犠牲者が増えるんだよ! そこでもし人が亡くなったら……。その人たちにも家族がいるんだ。誰だって自分の家族が死ぬ事なんて許せるわけないんだよ」
それは、勇夫がこの数日ずっと考えていた事だった。自分の命令違反のせいで怪我をした人がいる。一つ間違えれば亡くなっていたかも知れない。もちろん、あそこで戦わなければもっとたくさんの怪我人や犠牲者が出たかも知れない。
だが、そんな事は実際に怪我をした人にとっては何の関係があるのか。「他の大勢の人を救うために犠牲になってもらう」なんて事が許されるはずがない。それも、本人の同意なしにだ。
「そんな事はわかってる。わかった上で言ってるんだ。理屈じゃない。
お前は、倉科さんのお嬢さんや今野さんのお嬢さん、そちらの女性やその若者が、他の人を守るための犠牲になっていいのか?」
「そ、それは……」
勇夫が言葉に詰まる。智美が危険な目にあう事など、理屈抜きに許すことは出来ない。もちろん巻き込んでしまった罪悪感もあったが、それだけではない。
「俺の事は数に入れなくていいぜ、おっさん」
一樹が口を開いた。
「俺には親もいねえ。ダチもいねえ。俺が死んで困るやつはいねえからな。それから何より、俺は死ぬつもりはねえ。【Tシリーズ】に乗っちゃいるが、戦う気はさらさらねえしな」
一樹はニヤニヤ笑いながら言葉を続けた。
「第一、誰も戦いに参加させろ、なんて言ってねえだろ? 本人の決断を尊重してくれと言ってるだけだ。あんたの息子が戦いたくねえって言えばそれで終わりだろ?」
「むぅ……」
今度は勇悟が言葉に詰まる番だった。一樹の言葉の正しさは認めざるを得なかった。特に「自分で決断しろ、そしてその結果を自分で受け止めろ」と常に勇夫に説いてきた勇悟には、反論する言葉がなかったのである。
「とにかく、結論を出すのは、これからの事をどうしようと思ってんのか、お偉いさん達の言い分を聞いてからでも遅くねえだろ」
一樹の言葉に、勇悟もうなずく他はなかった。
「真島君、ありがとうございます」
岐部総理は一樹に頭を下げた。
「現在、私どもは皆さんの身体、生命、そして自由と権利を守るための法案を国会に提出しております。詳細はこの後防警大臣からご説明させていただきますが、わかりづらい箇所等は丁寧に説明させていただきますので、忌憚なくご質問ください」
岐部総理が席に座ると、金富から紙の資料が配られた。表紙には【光が丘及び筑波におけるテロに対する緊急措置法】と印字されている。現在国会に提出されている法案そのものであった。




