六 「お前は人が殺せるか?」
「まず聞いておく。お前はこれからどうするつもりなんだ? 勇夫」
軍で与えられたこの部屋に父と母がいるというのは、勇夫にとって違和感しかなかった。
警察の取調べのため、この部屋に戻って来たのも数日振りだ。部屋の中には両親だけでなく、警察の担当官が一人同席していた。勇夫が取調べ中の被疑者であるためだ。
「俺は俺にしか出来ない事をちゃんとやりたい」
勇夫はゆっくりと答えた。
「【Tシリーズ】があれば、今回の戦いはずっと有利になるんだ。有利になるって事は、戦いが早く終わるって事だ。戦いが早く終わるって事は、被害が少なくてすむって事だろ?」
「でも、勇夫……」
優佳が抗議するように声をあげた。母の不安に震えた声に、勇夫の心がきゅうっと痛む。勇悟は優佳を見て大きくうなずくと、勇夫の方を向いた。
「確かにお前の言う事は正しい。そしてお前には、戦いを早く終わらせる力があるのかも知れん。
だがお前にその義務はない。権限もない。それがどういう事かわかるか?」
父の問いが勇夫に突き刺さる。今現在身を以て味わっている事だった。その権限を逸脱してしまったがために、数日にわたり警察からの取調べを受けているのだ。
「わかってるよ! 権限がないのは、俺が素人で正しい判断が出来るとは言えないからだ。軍人さんだって、全体をちゃんと見ている人の命令は聞かなきゃいけない。あの時の俺の判断が結果的に正しかったか間違ってたかじゃない。俺が判断を下した事が間違いだったんだ」
それはこの数日間、勇夫がずっと自問自答してきた結論だった。今でもあの時の判断は正しかったと思っている。だが、そもそも自分にその判断をする権限はなかったのだ。判断をしたこと自体が間違いだったのだ。
「……やっぱり、お前は何にもわかっていないな、勇夫」
勇悟はため息をついた。
「……お前は人が殺せるか?」
「え……?」
勇悟の突然の問いに勇夫は虚を突かれて答えることができない。
「戦いに行くというのは、お前の命が危険に晒されるという事だ。俺も母さんも、そんな事を許すつもりはない。だが、命が危険に晒されると言う事は、同時に、相手の命を奪いに行くという事でもあるんだ。
今までは無人機だったというが、今後もし人が乗っている敵機と戦うことになったら、お前はその敵の命を奪うのか?」
「それは……」
当然の問いだった。勇夫は今、本来なら既に答えを出しておくべき問題に直面したのである。
「敵だけじゃない。こないだのように市街地で戦って、人を巻き込んでしまう事だってある。次も怪我だけですむとは限らないんだぞ」
勇悟の追求は厳しかった。勇夫は否が応にも、戦うという事の意味をもう一度考えざるを得ない。
実際、【周囲を巻き込んでしまう事】については、勇夫もそれなりに考えていた。警察からの取調べの中で、今回の戦闘に巻き込まれて怪我をした人がいる事を知った事も大きい。
だが【敵を殺す】事が出来るのかという問題は、勇夫自身、考えるのを避けてきた部分でもあった。
しかし、もう逃げられない。むしろ、実際に人が乗っている敵に遭遇する前に決着をつけておかねばならない問題であった。さもなければ死ぬのは勇夫だ。
戦う、という決断は、それら全てに決着をつけるという意味でもあった。もちろん、戦わないという決断も可能だ。そうすれば問題は全て消滅する。両親に心配をかける事もなくなるし、両親がその決断を望んでいるのは間違いない。
だが、勇夫にその選択肢を選ぶことは出来なかった。理由は勇夫自身、はっきりとわかってはいない。使命感がある事も間違いないのだが、それだけではないと勇夫は感じでいた。
戦いは怖かったが、それ以上に、この十日余りを一緒にくぐり抜けてきた人たちとのつながりが絶たれてしまう事を恐れていたのかも知れない。
「お父さんが何と言っても、勇夫が戦うなんてダメだからね。私は許さないから」
優佳はきっぱりと、断固とした口調で宣言した。なんとしても勇夫を連れて帰りたいと言う気持ちが溢れていた。
「もちろんだ。俺だって、勇夫が戦うなんて事は許さない。勇夫もわかるよな?」
勇悟は腕組みをして勇夫を見つめた。勇夫は無言でうなずく。両親の気持ちはよくわかっていた。戦わないという選択が、勇夫にとっては最も合理的だという事も。
だが、本当にそれでいいのか。
「それじゃあ、一緒に帰ろう。警察の方も、お前が家に帰るのであれば、勾留の必要はないとおっしゃっている。それでいいな?」
勇悟が腕組みをしたまま念を押した。優佳は少しほっとしたような表情で息をつく。
「わかった。でも、結論を出すのはもう少し待ってくれないかな。もっとちゃんと考えて決断するから」
優佳の顔色がさっと変わる。勇悟は優佳の肩をぽんぽんと叩いてなだめた。
「よし。今日俺達が帰るまでに、よく考えておけ。後悔しないように」
勇悟がそうまとめると、今度は優佳が座りなおし、改まった口調で勇夫に問いかけた。
「それで。勇夫、あれは一体どういう事なの?」
「え?」
一瞬質問の意味がつかめず勇夫は聞き返す。
「あなたが倉科さんに言ってた事よ。きちんとわかるように説明しなさい」
一難去ってまた一難。こちらの件も、二人を完全に納得させるのは相当難しそうだった。




