二 山積する問題。
「香川さんですが、容態は変化なしです。脳波などに大きな異常はなく、言わば睡眠状態が長期間続いているような状況だそうです。いわゆる植物状態とも違うようで、脳と身体の連携がどこかで阻害されているのではないか、との事でした」
大榊にとって、いやこの筑波奪還作戦をはじめとする防警軍の作戦行動にとって、一番の問題点がここであった。頼造を欠くということは、トライアインを運用できないという事になる。これは戦力的に大きな損失だ。
しかしそれだけではなく、自ら死を望んでいるような頼造を、このまま死なせてはいけないという想いもあった。それはここで頼造に関わっていた全ての人間が共通して抱いている想いだっただろう。
金富に続いて、宮司が口を開いた。
「華夕ちゃんは……もう見ていられない状態だ。伊藤さんに代わってもらって30分ほどシャワー浴びに戻る以外はずっと香川さんの病室で鶴を折っている。眠るのも病室の椅子に座ったまま眠り込んでしまっているだけの状態だ。
うちの出海が色々と世話をしているが、あのままじゃ倒れるんじゃないかと心配している。その出海自体もオーバーワークで倒れちまいそうなんだがな」
宮司は、出海にも休息を命じたのだが、彼女は『華夕さんを放っておくわけにはいかない』と言い、頑として休暇を取る事を拒んだのだ。宮司はその経緯を話し、嘆息した。
「どちらにしろ、【Tシリーズ】の作戦投入は非現実的ですね」
大榊は現状を整理しながら作戦立案のための条件を確認するように言った。
「【敵】の動きが確認されてないとは言え、更なるテロへの準備を進めていることは間違いないでしょう。【敵】が【Tシリーズ】が運用可能になるまで待ってくれるとは考えられませんし、そもそも【Tシリーズ】が実戦投入できるようになるかも未知数です。ならば【敵】戦力が補強される前に叩く必要があるでしょうね」
「そうだなぁ。で? 大榊参謀長としては、いつをXデーと考えているんだ?」
万全の準備などが出来る状況ではない。が、相手に準備をさせるわけにもいかない。大榊は難しい判断を下さなければならなかった。
しかし、現状としてはXデーを先に決め、そこから逆算して作戦を立案する他はない。【作戦に必要な準備が整う日】を設定するのではなく、設定した【行動する日】から逆算し、間に合わない物は計算に入れずに作戦を立てるのだ。難しい舵取りであった。
「三日後。6月8日をXデーとします」
大榊は迷わず言い切った。宮司は納得しながらも苦笑するという複雑な表情を浮かべ、肩をすくめた。
「きつい事言うなぁ大榊ィ。二日三日かかるって言った配備をきっちり二日で終わらせろってことか」
「ご苦労をおかけします」
大榊は当たり前のように答える。
「宮司中隊には通信ユニット配備に力を尽くしていただくとして、我々としては通信を活用した戦闘の慣熟、そして何より具体的な作戦を立案しておく必要があります。三日後に間に合わせるには、今日中にまとめて申請しておかなければなりません。
金富、現在投入できる朝霞の戦力、また、今作戦に出動要請が可能な他基地所属部隊の情報をまとめておけ」
「承知いたしました。
それから例の件ですが、本日10時30分で調整がつきました。五十畑空将補にもご同席いただく事になっています」
金富が端末を見ながらそう言うと、宮司が驚いて交互に二人に視線を向けた。
「例の件? なんだそりゃ?」
「【Tシリーズ】パイロットの未成年者について、親御さんにお集まりいただくんです。色々と説明をする必要がありますから。ちょっと遅すぎましたが……。
例の特措法が成立した際にスムーズに運用できるよう、ご協力もいただかないとなりませんし」
ふうむ、と唸って宮司は考え込んだ。確かに大榊の言う事は正しいし、必要なことだ。遅きに失した感もある。が、何もこの忙しい時期に……と思わないでもなかった。
しかし筑波の奪還が終わっても状況が落ち着くと決まっているわけでもない。宮司も、最終的な決着がつくまで、戦いがさらに続く可能性は高いと踏んでいる。だとしたら今が最後のチャンスかも知れなかった。
とは言え親達がすんなり納得できる話でもなかったし、かなり厄介な事になりそうだった。
「なぁ、俺も同席させてもらって良いか? もちろん、整備中隊の作業に影響はさせない」
こんな大事な事を言わないなんて水臭いじゃないか、と宮司は思ったが、仕方ないだろうな、という気持ちもあった。
昨夜辞令が下ってからの二人には、やらなければならない事が山積していたのだ。責任を背負い、それを果たすための権限を与えられた二人には時間がいくらあっても足りなかった。そんな中、昨日の今日で、未成年パイロット達の保護者を集める調整を付けたのだ。そこには計り知れない労力が払われたはずだ。
それがわかっているからこそ大榊が自分に声をかけなかったのだろうと言う事もはっきり理解できる。だが、自分にも彼らの親と会って話がしてみたいという気持ちがあることは、大榊もわかっているはずじゃないか。
「そうしていただけると私も助かります」
宮司の気持ちを知ってか知らずか、大榊はあっさりとそう言った。
「速水君のご両親と、倉科さんのお母様、そして今野さんのお母様がお見えになります」
金富は端末に表示された家族情報に眼を落とした。
速水勇夫の両親は学生向けの定食屋を営んでおり、勇夫の姉、優美との四人家族である。姉の優美は短期大学卒業見込みで就職活動中。
倉科智美は母親と二人の母子家庭である。両親は智美が三歳の頃離婚しているが、母親が有線テレビやネット番組のナレーターとして既に地歩を固めていたので、生活レベルは高い部類だ。
今野華夕の家族構成は両親と華夕の三人だ。華夕がいくつか持つ特許料収入により家族の生活は安定している。父親はそれまで勤めていた会社を辞め、特許申請時に関わりを持った女性弁理士とともに特許事務所を開業しており、あまり家には帰っていない。
今回、多忙を理由に唯一出席を断ったのが、この父親であった。
「華夕ちゃんの父親は来ないのか。一人娘をなんだと思っているんだろうな」
宮司が腹に据えかねて思わずぼやく。
「母親に任せておけば安心という事じゃないですかね。かなりの敏腕マネージャーのようですから」
金富が皮肉を込めて言った。あまり良い感情を持っていないのは明らかだった。
政府機関や研究機関、マスコミなど、華夕と関わりのある者達の間では有名な話だった。華夕の性格と知性に比して「あれって本当に母娘なのかね」と陰で揶揄する者は多かった。
華夕の身柄を軍で保護している旨を連絡して以来、この母親からクレームまがいの問合せが続いており、対応していた金富はすっかり辟易している格好だ。
「あんないい子の親が、なんでそんなかねぇ……って、こりゃ失言だな」
宮司が盛大に苦笑いをした。
全く、気が重い話だった。




