一 号砲。
(前回のあらすじ)
上野での戦闘は、【Tシリーズ】のパイロット達にも深い傷を残していた。
智美は苦悩の中で、自分なりの答えを見つけようともがく。
世論、マスコミ、国会。全てが敵に回ったように、防警軍を指弾する中、
朝霞基地では少女達が力強く立ち上がった。
その時、【敵】が新たに動き始めていた。
空を埋め尽くす悪魔の群れ。
それは突然現れて、人類から空を奪った。そして、空だけでなく大地も、人々の命をも奪おうと戦いを挑んで来た。
悪魔は巨大な火の玉を降らせ、大地を焼いた。そして悪魔達は「空を飛ぶ」という忌まわしい能力を以て、地上に生きる全てを蹂躙していった。
しかし、圧倒的な情勢を跳ね返し、人類は反撃を開始した。大地を踏みしめる力を持つ人類は、悪魔達の油断に乗じて一斉蜂起し、一夜にして形勢を逆転させた。悪魔達は空の上へ撤退し、上空から人類を呪った。
この【天空より来る悪魔】の記録は神話の類ではなく、歴史である。
新暦518年6月4日22:30。
大榊航空壱尉、宮司技術壱尉、そして金富航空参尉は、朝霞分屯基地司令官である五十畑空将補の私室に集まっていた。その日総理官邸で行われた、日本防衛警備軍統合幕僚監部の会合での決定を下達するためである。今回の会合では総理大臣、防衛警備大臣、各幕僚の他に、基地司令官を任じられている将官も参集していた。
国会では未だに野党の追及が激しく、法整備は進んでいなかったが、事態は都合などお構いなしに進んでいく。政府としても打つべき手を打つ他はない。
最前線で対応している大榊、宮司の二人にも召喚の打診があったのだが、山積する実務を理由に固辞していた。上昇志向の強い金富は同行する事を期待して、召喚に応じるよう何度も進言したが、大榊は頑として聞き入れなかった。
五十畑から伝えられた決定事項をまとめると以下の通りだ。
・最優先事項は筑波基地の奪還。
・筑波奪還作戦司令本部を朝霞分屯基地に設置。総指揮権を五十畑空将補に置き、作戦立案の詳細を含め一任する。
・朝霞分屯基地への追加配備。また、必要に応じて他基地の所属部隊を作戦に組み込むことが出来る。
・政府は「光が丘及び筑波におけるテロに対する緊急措置法」の早期成立を目指す。
宮司はこの通達を聞き終わるなり、肩をすくめた。
「なるほど。権限はやるから、後は好きにやれって事ですか」
「丸投げってヤツですね、まったく……」
金富が同調してぼやいて見せると、大榊と宮司が厳しい眼を金富に向けた。
「金富ィ、勘違いするな。俺達は今回の件に関して、全権を委任されるほど信頼されているって事だ。責任重大ではあるが、自由な裁量で動けるお墨付きをいただいたんだ。
俺は責任の重みを感じこそすれ、上層部の責任逃れとはこれっぽっちも思っちゃいない」
五十畑は苦笑いするように表情をゆがめ、大榊は無言でゆっくりとうなずいた。
「これは失言でした。失礼致しました!」
金富はかかとを揃え、大仰に敬礼をしてみせる。
「当基地は筑波奪還作戦の中核を担うことになる。大榊、宮司の両壱尉には、ここまでの実績を踏まえて参佐への昇進も検討されたようだが、例の情報漏洩の件があるのでな。その件がはっきりするまでは留保という事になった。
だが、この作戦に於いては、私の裁量で実質参佐扱いの権限を与えるつもりだ」
五十畑が執務机に置いてある辞令を取り上げると、大榊と宮司はかかとを揃えた。
「宮司技術壱尉。貴官には作戦参謀と後方勤務部隊総司令を任じる。大榊航空壱尉。貴官には作戦参謀長と実戦部隊総司令を任じる。何か質問は?」
二人は同時に敬礼をし、宮司は大きな声ではっきりと、大榊は歯切れの良い口調できっぱりと、同じ言葉で同時に返答した。
「謹んで、拝命致します!」
それは、筑波奪還へ向けて、スタートの号砲が鳴った瞬間であった。
翌6月5日9:12。
大榊壱尉の執務室には宮司壱尉と金富参尉が揃っていた。5月25日の一件以来、この二人が大榊の執務室にいる事は極めて多くなっていた。宮司などはドックと大榊の執務室の往復で、ほぼ自分の執務室にいる事はない。昨夜の任命以来、大榊と宮司は寝る暇なく事務作業に追われていた。
万全の準備だけが全てを守ってくれるのだ。
軍だけではない。国だけではない。あの【Tシリーズ】のパイロット達。彼らを守るために出来ることは、どんな小さな事でも見逃さずに対処しておかなければならなかった。
「追加部隊への通信ユニット配備は、何とかなりそうだが、やはりどうしても二日三日かかるな。さらに他の基地から部隊を借りて来るとなったら、その分はちょっと諦めてもらうしかない」
宮司の報告に大榊はうなずき、続いて金富をうながすように視線を移した。
「彼らについては、状況に変化はありません。
速水君については、まだ警察が手放さない状態です。これは取調べというより、出撃させないように足止めをしているんだそうで。
倉科さんはまだ精神的に不安定な状態のようですが、トライアインのシミュレータ訓練を熱心にやっているそうです。が……あまり成績は芳しくないですね」
「あの精神状態じゃあ仕方ないだろう。むしろそこまで頑張らんでも、と思うがな。色々辛いだろうに」
宮司が神妙な面持ちになる。
「それはもちろんです。本当に頭が下がりますよ。で、真島君ですが、彼は毎日T3-1のコクピットに入り浸っていますね。自分なりに色々と調べているようです。まぁ、個人的興味によるものでしょうが。
一番安定しているのは伊藤さんですね。速水君への面会にも行っていますし、シミュレータ訓練も行っています。また、今野さんを気遣って、香川さんの看病を代わったりしてくれています」
「随分と懇意にしているようじゃないか。伊藤さんと」
宮司が冗談とも本気ともつかぬ表情を金富に向けた。
「彼女にも曹長補をサポートにつけているんだろう?」
「ええ、まぁ……。しかし、彼らの状況をより詳細に知るために……」
金富は言いかけたが、大榊の視線が厳しくなっているのに気付いて言葉を飲み込んだ。
「はっ! 必要以上の接触は控えます」
しかし、その約束は守られないのだろうな、と大榊は思っていた。さすがに勤務中の接触は控えるだろうが、勤務外の時間まで縛ることは出来ない。しかしそれで少しでも彼女が安定するのであれば黙認する他はないのかも知れない、とも思っていた。
大榊のそんな思いなど知る由もなく、金富は報告を続けた。




