三 親たち。
「随分久しぶりな気がするな。勇夫に会うのは」
速水勇夫の父、速水勇悟は隣に座っている妻、優佳に少しだけ顔を向けて言った。
軍の基地に入るのはもちろん初めてだった。応接室と思しき部屋に通されたのが10時過ぎ。指定された10時半よりかなり早い。
「軍の人は勇夫が警察に捕まっていると言ってたけど、会わせてもらえるのかしら。勇夫は何を……」
優佳はすがるような声で勇悟に言った。この言葉も、昨夜から何度目になるだろう。心労で痛々しくやつれてしまっている。
「何もしていないにしろ、何かをしでかしたにしろ、俺達は事実を受け止めなきゃならん。ただ、それは勇夫の口から聞かないとな」
小刻みに何度もうなずき、自分を落ち着かせる優佳。
「まぁ大丈夫だ。俺達の息子だからな。本当に悪い事ってのがどんな事なのか、それだけはちゃんとわかってるはずだ」
勇悟は妻の頭を大きな手のひらでぽんぽんと撫でた。
10時を20分ほど過ぎた頃、応接室にもう一人、女性が通された。優佳はその女性に面識があった。
「倉科さん……!」
女性の名は倉科輝美。智美の母親である。母一人娘一人の家庭で、その一人娘が十日も家を空けていたのだからその心痛は並大抵の事ではなかったはずだが、彼女は平静を保っていた。職業柄というものだろう。メイクによってやつれた表情を隠し、内面を見せないその物腰は完璧と言えた。単に気丈というだけではない、芯の強さが見て取れた。
「速水さん、ご無沙汰しております」
輝美は速水夫妻に会釈をし、少し離れたソファに腰を下ろした。
空気の重さが増したようだった。同じ光桜高校の生徒が巻き込まれているのは偶然なのか。他にも巻き込まれた生徒がいるのか。もし光桜高校の生徒が二人だけだとしたら、なぜ勇夫と智美の二人なのか。
わからない事が多すぎた。何より、早く子供の顔が見たかった。三人の親は叫び出したいような想いを胸に抱いたまま、自制心を振り絞っていた。
ありきたりの事であれば、顔見知りである優佳と輝美は色々な憶測を交えて喋り、不安のはけ口としていたかも知れない。しかし今は、そんな気楽な状況ではなかった。憶測で話そうにも情報がなさすぎた。お互いがどこまで説明を受けているのかもわからないのだ。軍からの説明があるまで、子供達と話が出来るまで、不用意な発言はし難かった。
10:30。
沈黙が支配する中、応接室のドアが開いた。
五十畑空将補、そして倉科智美、大榊、宮司、金富が室内に入って来ると、親達は立ち上がって迎えた。
「智美ちゃん……」
思わず我が娘の名が口をついて出る。これほど長い期間離れていた事などなかったのだから、声が震えてしまうのは無理もなかった。
「ママ……」
智美の声はしっかりとしていた。
懐かしい母親の顔。それまで何も考えずに過ごしていた日常生活の象徴だった。
いや、それまでも何も考えていなかったわけではない。成績の事、友達の事、部活の事……、色々と悩み多き生活だったのも事実だ。が、今にして思えばそれは遠い子供の頃の話だったようにさえ感じられた。
ママがいつも助けてくれる、守ってくれる。ママさえいれば安心。そんな風に感じていた頃が懐かしかった。もちろん心の奥底にはその感覚が確固として存在し、母親の顔を見た瞬間に理屈抜きの安心感が湧き上がったが、今の智美には、それに流される事はできなかった。
「本日はお忙しい中ご足労いただきまして申し訳ございませんでした。私が、当基地の責任者、日本防衛警備軍、五十畑紘一郎空将補であります。速水勇夫君も間もなくこちらへ来られると思いますので」
五十畑は速水夫妻と倉科母娘に一礼してから名乗った。
「先日来、軍で保護させていただいているご子息、ご息女につきまして、現状を保護者の方々にもご理解賜りたく、お運びいただきました」
空将補という、軍の中でもかなり高位の人物がへりくだって話すその姿勢に、三人の保護者達は緊張と恐縮の面持ちになっていた。
「遅くなりました~」
場違いな高い声が室内に響いた。ドアを開けた下士官が挨拶をするより早く、彼を押しのけて入ってきたのは今野華江。華夕の母親だ。派手目ではあるが、下品にならない程度の節度をもった服装。30代半ばの年齢だったが、見た目には20代に見えた。どちらにしても身につけている物は年齢不相応に高価だ。
「今野華夕の、母でございます」
室内へお辞儀をして入室する。たったそれだけの事だが、何百回となく繰り返してきた動作なのだろう、慣れきった滑らかな動きであった。
「これで保護者の方は揃いましたね。今野さん、説明会はこれから始めますのでご安心下さい」
五十畑が柔和な笑顔を見せた。
「あの……、華夕は……?」
華江は部屋を見回した。華夕の姿は、ない。
「申し訳ありません。華夕さんはやる事がある、とおっしゃっておりまして。現在担当の隊員が説得をしておりますが、どうにも……」
宮司が申し訳なさそうに頭を下げた。出海が再三にわたり説得したのだが、華夕は頑として頼造の病室から出ようとしなかったのだ。華夕が頼造の様子を気遣いながら折る折鶴は750羽を越えようとしていた。
「それでは仕方がないですわね。この説明会が終わってから面会しに行くことは出来るんでしょうか?」
「それはもちろんです」
宮司は大きくうなずいて請合った。華江は笑顔でうなずくが、勇悟はそんな華江を怪訝な表情で見た。
「失礼します。速水勇夫君を連れてまいりました」
警察官二人に連れられて入ってきた勇夫を見て、優佳が声もなく涙ぐむ。勇悟は口を真一文字に結び、厳しい目で勇夫を見つめていた。




