八 対決。
「華夕ちゃん、香川さんの様子はどう?」
伊藤瀬里奈はいつものタンクトップ姿で病室に入ってきた。ベッドに近づいて頼造の顔色を見る。
「相変わらずです……」
「そうみたいね。でも、華夕ちゃんも顔色悪いわよ? ほら、せっかくのサンドウィッチもパサパサになってるし、お茶も冷めちゃってるじゃない」
瀬里奈は出海が置いて行ったサンドウィッチを一切れ、ほおばって言った。
「そうですよ。今野さんも少しは食事や休息を摂っていただかないと」
病室の入り口で、金富丈航空参尉が言った。
「そうね。香川さんにはあたし達がついてるから、華夕ちゃんも一回部屋で休んで来なさい。眠れなかったとしても、シャワーくらいは浴びたいでしょ?」
「はい、でも……」
華夕は瀬里奈の言葉にも、渋るような気配を見せて立ち上がらなかった。やはり頼造のそばを離れがたいのだろう。
智美は何か自分に出来ることはないのか、ぐるぐると考えていた。華夕も瀬里奈も金富も、自分の存在を無視しているかのようだった。瀬里奈の言うとおり、華夕を休ませてあげたい。そう思っているのだが、素直に口に出すことが出来ないでいる自分が歯痒かった。情けなかった。これでは今までと変わらないではないか。
「華夕ちゃん、私……」
「あぁ、智美ちゃん。さっき勇夫君に面会してきたんだけど、智美ちゃんまだ会いに行ってないんだって? 行ってあげた方がいいんじゃない?」
智美の言葉にかぶせるように瀬里奈が口を挟む。
確かに瀬里奈の言うとおりだった。智美は未だ勇夫に面会していない。瀬里奈に言われるまで気付いてもいなかった自分に、智美は少し驚いていた。
一瞬、智美は瀬里奈が自分をこの病室から追い出そうとしているのではないかと勘ぐったが、瀬里奈にそんな意図はなさそうだった。智美としては華夕が作っている紙の鳥にも興味を惹かれており、それを手伝う事で華夕を休ませることが出来るのではないかと思っていたが、もう言い出す事はできなかった。
「智美さん、勇夫さんのところに行ってあげて下さい。瀬里奈さん、金富さん、少しの間、頼造おじさんの事お願いします。私、シャワー浴びてきますね」
華夕はそう言って立ち上がると、誰にともなくお辞儀をして、頼造の病室を退出した。
智美は、自分でもよくわからない敗北感に打ちのめされて、病室を出た。
自分が何をすればいいのか、何をしたいのか、まるで見当がつかなかった。
【Tシリーズ】のドックは、まさに「ごった返している」という表現が一番しっくりくる慌しさだ。追加武装取り付けに向けた詳細データの取得・分析のため、宮司中隊が駆け回っている。
智美はその喧騒の中、一人ぽつんと立ち尽くしていた。
勇夫の面会には行かなかった。何故だかわからない。頼造の病室を出てから自室に戻る気にもならず、いつの間にかここへ来てしまったのだ。もちろん勇夫の事も心配ではあるのだが、何故か会いに行くという選択肢は意識に上らなかった。
智美はT1-2へゆっくりと歩み寄った。頼造の機体だ。頼造はどんな気持ちでこの機体に乗っていたのだろう。どんな苦痛に耐えながら、この機体を操縦していたのだろう。智美には想像もつかなかった。偶然とは言え、自分をパートナーとしてサポートしてくれていた頼造がどんな考えを持つ人物なのか、智美は何も知らなかった。
「あんたみてぇなのが、何しに来たんだ?」
上から声が降ってきた。声の方に顔を向けると、真島一樹がT3-1のハッチから顔を出していた。
「あんたが一人で行動するってのも驚きだが、来るのがこことはね。追加武装に興味があるようなタイプにも見えねえしな」
智美は無言で一樹を見上げていた。一樹が投げかけてくる言葉の答えが智美自身にもわからないのだから返事のしようがなかったし、答える必要も感じられなかったのだ。
一樹はハッチから搭乗タラップに出てきた。
「何だよ、答える事も出来ないのか。ほんと一人じゃ何もできねえのな」
その言葉は智美の心に刺さった。いつもの一樹らしくない執拗さだ。
「いつも一緒の速水くぅんがいないと、行くところもねえか。
それにしても、あんたも薄情だねえ。速水くぅんが警察に捕まってんのにこんなところに来るなんてよ。あいつはどうせ警察に捕まった事なんかねえんだろうから、心細くて泣いてるかもなぁ」
タラップから見下ろして冷笑を浮かべている一樹。なぜ一樹がそのような悪意をぶつけて来るのか、智美には理解できなかった。
「つまんねえ女だな。なんか言ってみろよ。自分の意志ではなんもできねぇってのはもうわかってんだから、せめてなんか喋ってみろよ」
一樹の執拗さは度を越していた。何故ここまで言われなければならないのか。智美の中に熱い感情が沸き上がって来ていた。それは【自分の意志では何もできない】という指摘に反論すらできない、自分の不甲斐なさへの苛立ちも含んだ、怒りの感情であった。
「あなたには関係ないでしょう!」
智美の声は金切り声に近かった。一瞬、周囲の軍人たちの手が止まり、智美に注目が集まる。智美自身も驚くほどの大声だった。
「いつもいつも、自分勝手に行動して、華夕ちゃんをいつも傷つけて! 私は役に立つことは何も出来なかったけど……。出来なくて……出来ないから……こんな事に……」
智美の声が詰まり、眼に涙が滲んだ。普段の一樹の態度は許せなかったが、今自分に対して言われている事の正しさを、否定することは出来なかった。
でも、だからこそ、智美は立ち向かわなければならないのだ。それは彼女が一番わかっていた。
「あなたみたいに、わざわざ迷惑かけたり傷つけたりするよりはマシです!」
泣くもんか、と智美は歯を食いしばった。一樹の言う事の方が正しかったとしても、華夕やみんなに対する態度は許せない。負けるわけにはいかなかった。
一樹はタラップの手すりにひじをつき、面白がって智美を見下ろしていた。
「違うな。自分でもわかってんだろ?」
「えっ……?」
意外な程普通の、むしろ穏やかと言っていい一樹の口調に、一瞬智美は言葉を失う。
「どんなに役に立つ事だって、立場の違うヤツにとっては迷惑になる事もある。迷惑だと思われても、それが必要な時だってある。一番いけねえのは【動かねえ事】だ。マイナスはマイナスかけりゃあプラスになるが、ゼロは何をかけたって、どこまでいったってゼロでしかねえからな」
智美には返す言葉もなかった。
間違う事を恐れて何もしないというのは、今までと何も変わらないと言う事ではないのか。結局自分は何も変わらず、今までの自分を正当化しているだけではないのか。
「だから、今みてえに、本気で食ってかかって来りゃあいいんだよ。ばぁか」
一樹はそう言い残すとくるりと踵を返し、T3-1のコクピットへと消えていった。
智美は一樹が消えたT3-1のハッチをしばらく睨みつけていたが、意を決して自分の機体であるT1-1に向けて歩き出した。
涙は、もう乾いていた。




