七 智美と華夕。
同日10:30。
出海彩華技術曹長補が香川頼造の病室を訪れた時、今野華夕はベッドサイドの椅子に腰掛け、頼造の様子を見つめていた。昨夜の緊急手術が終わり、頼造がこの病室に収容された時から、華夕はこの病室から離れようとしなかった。一睡もせず、頼造の様子を見ていたのである。出海は華夕の事も心配であったが、華夕は自室へ戻って休む事を頑として聞き入れなかった。
「今野さん、頼まれていたもの、お持ちしました」
出海はそう声をかけて、持ってきた分厚い書類の束をサイドテーブルの上においた。書類束の上にはトレイが載せてあり、ティーポットとカップ、そしてサンドウィッチの皿が載せられていた。
「それから、サンドウィッチと紅茶を用意してきました。何か口に入れていただかないと、今野さんまで倒れてしまいます」
カップに紅茶を注ぐと、暖かい香りが広がった。
「あ、ありがとうございます」
華夕は出海に笑顔を向けた。疲れているのは出海の目にも明白だった。宮司中隊への協力、実戦、そして夜を徹しての看病。疲れを知らない若さではあるとしても、この小さい身体には荷が勝ちすぎるというものだ。
サンドウィッチには目もくれず書類の束をぱらぱらとめくっている華夕を、出海は切ないような想いで見つめた。尊敬せずにはいられないのに、放ってはおけない愛くるしさや儚さを備えているこの少女を、出海はなんとしても守ってやりたかった。どんな事でも力になりたかった。
「この書類は大丈夫なんですね?」
「はい、特に外部に漏れてはいけない内容の記載もない、廃棄済みのものです」
一体そんなものを何に使うのだろう……。出海は不思議に思いながらも、華夕が自分をねぎらうかのように見せた笑顔に、心が温かくなるのを感じていた。
「ありがとうございます! あの……ごめんなさい、だいぶ足りないと思うので、またいらない紙があったらいただけますか?」
華夕は申し訳なさそうにそう言うと、紙を一枚取り、折り目をつけて正方形に切った。
「わかりました。ですが……そんなにたくさんの紙をどうするんです?」
「昔、重い病気や怪我で入院した人を励ますのに、想いを込めて千羽鶴というのを作ったそうなんです。だから私、頼造おじさんに千羽鶴を作ってあげようと思って」
華夕はそう言いながら、正方形になった紙を器用に折って鳥の形に仕上げていく。出海は感心してそれを見つめていた。
「早く良くなって欲しいって願いを込めて一羽ずつ折るんです。それが千羽できたら、その人は元気になるって言われてて。だから、もっとたくさん紙が必要なんです」
華夕の指が丁寧に羽の部分を広げると、折鶴が完成した。白い紙に文字が印刷されている紙で作られたそれは、お世辞にもきれいな色合いとは言えなかったが、出海にはとても尊く美しいものに見えた。
出海は思わず踵を揃えて敬礼した。無意識に出た敬礼だった。
「わかりました。朝霞中の不要紙をかき集めます! 千羽と言わず、何万羽でも作れるくらいに」
明らかに高揚した声で言うと、出海はくるりと踵を返し、病室を出た。紙をかき集めたら、鶴の折り方を教わろう。そして基地の皆にも教え、たくさんの鶴で病室を埋め尽くそう。
出海は、感動していた。
出海が病室を出た後も、華夕はベッドサイドのテーブルで、二羽目、三羽目と鶴を折っていった。何かせずにはいられなかったのだ。頼造のそばを離れることなど、頭の片隅にも浮かばなかった。華夕は責任を感じていたし、頼造の事を第一に考えることが出来るのは自分だけだという想いもあった。
軍の人たちにはそれこそやらなければならない事が山積しているはずであったし、【Tシリーズ】パイロット達もそれぞれ抱えているものがあるのだろう。理解はできるのだが、どこか釈然としないものを華夕は感じていた。
華夕の折った鶴が六羽目を数えた時、病室のドアがノックされ、ゆっくりと開いた。
「失礼します……」
静かにそう言い、そっと入ってきたのは、倉科智美だった。
「智美さん……」
華夕は鶴を折る手を止めた。顔や態度には出さないが、華夕の心の中には智美へのわだかまりがあった。頼造が倒れた時、少しでも応急処置が出来ていれば、こんな事にはならなかったかも知れないのだ。もちろん智美も、華夕の中にあるわだかまりに気付いていないわけはなかった。
「香川さんは……」
「変化ありません」
智美を遮るように華夕は答えて、はっとした。とげとげしくなってしまったという自覚があった。いけないとは思うのだが、心と身体がいまひとつ自由にならない感覚に、華夕は抗うことが出来なかった。
「そう……」
智美はそう言って言葉を切った。華夕が自分を拒絶しているのははっきりしていたし、無理もない事だとわかっていた。いや、正確に言えば、華夕は理性のレベルでは智美を拒絶してはいない。ただ、感情の部分が、どうしようもなく智美を拒否しているのだ。それは智美にも納得出来ることだった。
以前の智美であれば「自分が周囲を不快にする」「迷惑をかける」と考えて引き下がっていただろう。しかしそれが「自分が動かないことに対する言い訳」にしか過ぎない事を自覚した今、智美はそれでも一歩踏み出す決意を持っていた。
智美は華夕の前のテーブルに並んでいる数羽の折鶴に目を留めた。それがなんなのかはわからないが、華夕の手作りと思われる、紙製の鳥は美しかった。書類を正方形に切った紙で作った折鶴は、一羽一羽の模様が違い、個性があるように思えた。
「きれい……」
智美が思わず声を上げ、テーブルに歩み寄ろうとした時、智美の後ろで病室のドアが開いた。




