五 二つの問題。
「ん。任せておいてくれ。しかし、どうするんだ? これから。現状、軍全体はほぼ動けていない。全て朝霞が背負っている状態だ。情勢も何も、俺にはどう動くか見当もつかんのだが」
宮司は相変わらず忌憚なく疑問を投げかけた。八方塞がりとしか言いようのない現状を、大榊がどう突破するのか。宮司にとっては楽しみでもあるようだ。
「我々としても、現在すぐに動くことはできません。【敵】の動きがないことを祈る他ない状況です」
大榊の素直な、しかし弱気とも取れる言葉に、宮司は肩をすくめる。
「まぁ……仕方ないか。こんな状況じゃなぁ」
宮司は嘆息したが、大榊は表情を変えずに言葉を続けた。
「ただ、昨日の戦闘で【敵】戦力の多くを削いでいる事は間違いないと見ています。【敵】が再度攻勢に出るには時間がかかるでしょう。
我が方としては【敵】戦力が再編される前に、筑波を奪還する必要があります。当然の事ながら、現在はそれに向けての準備に傾注する時です。
すでに五十畑空将補の内諾を得ていますが、筑波奪還の作戦立案と時期選定に取り掛かっています。まだ現状分析の段階ですが……」
「なるほどな。準備の準備は抜かりないってわけだな」
宮司はまた、冗談とも本気ともつかない事を真顔で言うと、次の言葉を催促するように大榊の顔を見る。
「大きな問題が一つと、小さな問題が一つあります」
大榊は自分の考えを整理するように話し始めた。
「小さな問題というのは、筑波奪還作戦に投入する戦力の充実です。作戦立案もこれがないとできません。ですが、先ほど宮司さんから伺った話の限りでは、それほど問題が大きいとは言えないでしょう」
当然のように言う大榊の口調に宮司は苦笑を浮かべた。
「まぁ自分で言い出したんだから当然と言えば当然だが、こっちとしては責任が重いな。……で? 大きい問題の方は現状、どうなんだ?」
大きい方の問題――。もちろんそれが【Tシリーズ】の運用に関わる問題である事は言うまでもなかった。パイロットの問題、法的な問題……。ただでさえ時間が惜しい現状に、一朝一夕には解決しそうもない問題が山積していた。
「そうですね。【Tシリーズ】のパイロット二人が出撃不能な状態であること、そして国会と世論の動向。現在のところ【Tシリーズ】を戦力として計算に入れることは出来ないでしょうね」
大榊は不快な見出しの躍る新聞に目を落とした。そこには現実があった。
マスコミや世論は反戦に傾きやすい。軍はたやすく反感を買い、評価されることは稀である。だとしても、実際に攻撃を受けている情勢下において、なお軍への行動制限を強めようとする動きは理解しがたかった。
「筑波の奪還さえ出来れば、敵の攻撃を封じ込めた上で交渉するなり平和解決する術も出て来るんだがな。軍を縛る事が戦いを長引かせるんだって事、わからないんだろうなぁ」
宮司が大仰にぼやいてみせた。宮司も大榊も、軍人の大多数がそうであるように、現実的な反戦主義者である。彼らの持つ武力は、戦いを抑止するためのものであり、始まってしまった戦いを出来るだけ早く終結させるためのものだ。
武装放棄が平和ではなく侵略を呼び込む事は、人類の歴史が証明している。反戦のために軍を制限すべしという理想論的な主張が、抑止力を奪うことで戦争を呼び込む危険をはらみ、また一旦始まった戦争をいたずらに長引かせるであろう事は皮肉な事実であった。
「国会や世論の動向については、我々で何ができると言う事でもありません。総理や防警大臣、政府に任せましょう。我々としては、パイロット達個々人についての問題に突き当たってるわけですから」
「速水君については、まだ警察の取調べが継続中です。現在問われている容疑が、建造物損壊罪、過失傷害罪。
もし裁判まで行くとなると、相当長い間出撃不能と言う事になりますね。現在、保護者の方に連絡を取っていますが、今後の動向は予断を許さないところです。
野党政治家達にとっても、格好の攻撃材料でしょうしね」
金富が自分の端末に目を落として言った。
「その他のメンバーにつきましても、万全とは言いがたい状況ですね。
香川さんの容態ですが、異物の摘出、損傷した胆嚢の摘出、周辺臓器の再建ともに問題なく成功しています。ただ、まだ意識が戻っておらず、予断を許さない状況です。
また、倉科智美さんが精神的なショックにより、かなり不安定な状態。
真島君と伊藤さんに影響は見られませんが、まぁ全く平気って事はないでしょうね」
金富はそこまで報告すると、宮司の方を向いた。基本的にパイロット達は大榊中隊がサポートしているが、華夕のサポートだけは、宮司の強い要望もあり、宮司中隊の出海技術曹長補に任じられている。
「華夕ちゃんに関しては、ショックは受けているようだが、冷静に、気丈に振舞っていると報告が入ってる。本当にたいした子だよ、あの子は。
香川さんは光が丘の地下脱出の時、最初からずっと一緒だった人だ。その時の怪我が原因なんて、相当ショックなはずなのになぁ」
さすがの宮司も神妙な面持ちであった。現在彼らが置かれている状況は宮司達の目から見ても過酷としか言いようがなかった。まして、軍人としての訓練を受けているわけではない事を考えればなおさらだ。
「まずは、香川さんの早期回復を祈るしかないな。いつ頃だと診断されているんだ?」
金富は、そう問いかける宮司に、言いにくそうに口を開いた。
「それが……、すでに全身麻酔の効果は切れていて、意識の戻らない理由がわからないそうなんです。最初に意識を失ってから処置までの時間が空いた事で、呼吸や血流に障害があったとすれば酸素欠乏による脳障害の可能性もある、と」
大榊の執務室に、重苦しい空気が流れた。
「……まいったな」
大榊も全く同感だった。パイロット達への精神的影響は小さくないだろう。特に、初期対応の不備が現在の容態に悪影響を与えている可能性がある、などという事が倉科智美の耳に入れば、彼女はその精神的ショックから立ち直る事はできないだろう。
「金富、香川さんの容態については、必要最低限の事以外、彼らには伝えるな」
「了解です、大尉」
金富は真剣な面持ちで敬礼した。
全く、希望は見えなかった。




